とある、おっさん整備士の独り言と、再び現れたアイツ
思ったことを、好き勝手に綴っているだけの、誰得内容です。
まさか続きを書くとは夢にも思わなかった、以前投稿した短編『何故、戻ってきた?』の続きです。
前作を読まなくても、かろうじて分かる内容にはなっていおりますが、興味のある方はお手数ではありますが、『何故、戻ってきた?』も合わせて読んでみてください。
「なんかさー、○ざま○テレビの占いって魚座と蟹座の運勢悪い率高くない?」
「うん」
「作ってる人、聖○士星○のファンなんじゃない?」
「いや、むしろ作者だよ」
「本人かよ!? ……うん、そういうことにしておこう。んじゃ行ってくるね」
「いってらっしゃい。今日燃えるゴミの日だよ」
「もう車に積んだよ。じゃあねー」
出社する前は、○ざま○テレビの占いを確認し、妻と、とりとめのない会話を交わしてから家を出るのが定例行事となっている。
とある、星座にまつわる某少年漫画では、魚座と蟹座のキャラの扱い
が不遇なのだが、何の因果か、私が魚座で妻が蟹座なのだ。○田、許せんな。
まぁ、魚座と蟹座の運勢が悪い率が高いと感じるのは、意識しているからそう錯覚しているだけとは思うんだけどね。
だいたい、あの占いアテにならない。当たった試しがないし、運勢1位の時に逆に悪いことが起こるから、態々そこを警戒しなきゃいけないってどんだけだよ……
そんな益体のないことを考えながら車を運転していると、会社に到着する。
朝晩は、そこそこ冷える季節になってきたと、肌に感じるようになったのはつい最近。
稲刈りの終わった田んぼの稲木を眺めながら、工場の裏手に設置された扉をくぐる。
ここの田んぼって、車1台通れる程度の細い道路と、幅1メートルくらいの用水路を挟んですぐ工場なので、獲れたお米は体に良くなさそうと、不謹慎な事を考えてしまうけど、思ってしまうのは仕方がない。すまんね。
いつも通りに営業前準備をしながら、今日の業務予定に考えを巡らせる。
朝1番の来店予定は、ス○キの軽自動車と、B○Wの車検整備だったか……
おそらくB○Wは私に割り当てられるだろう。
輸入車ってやり慣れた日本車と比べて、整備性に癖があるから、みんな敬遠しがちなんだよね。
「仕事を選ぶんじゃない」と、言いたいところだけど、まぁ仕方がないか。
暫くして朝礼が終わり、最初の来店を待つこととなる。
「うわ! やられた! これ見てよ」
誰に言うわけでもなく店長の声が工場内に響く。
何事かと、社員達がぞろぞろと彼の周りに集まっていき、私も向かう。
店長は本日納車予定の新車の最終チェックと、ワックス掛けをしていたのだけれど、その新車の前輪あたりを指差している。
指差す先を見るとアルミホイールにしがみつくアイツがいる。
……また君か、君達工場好きすぎやしないか?
というかまぁ、夜は冷える季節になってきたから、雨風しのげる屋内に侵入するのは分かるとして、でもそれは判断ミスだと思うよ?
それとも先日、余計な事をした私への当て付けかな?
そこにはホイールにしがみついた蟷螂がいたのだけど、産卵直後だったようで、黄色がかった白濁した体液に包まれた無数の卵が、ホイールにひっついている。その見た目はエイリアンの卵さながら。
「この野郎!」
『この野郎』が口癖の三郎くんが、とりあえずといった感じで、いつもと変わらずの台詞を発する。
この台詞を聞くたびに思うのだけれど、君が一番『この野郎』だと思う。
そう思うのには理由があって、この三郎くん、新しい仕事を教えようとすると、「僕、分からないんでやりません」とか、「僕、整備士じゃないんで(資格的に)オムライスさんがやって下さい」とか、平気で言い放つのだ。
そのくせ後輩の正英くん対して、「俺はやらないけど、お前は覚えろよ」と、偉そうな態度を取るんだよね。
無駄にコミュ力が高いので、工場長に甘やかされていて、前述の事を相談しても「ミスされても困るしな」と、庇われる始末。工場長の弱みでも握ってやがるのか?
更にサボり休みの常習犯で、嫁や子供の体調が悪いから休むという理由に始まり、親戚の爺ちゃんや婆ちゃんが亡くなったので休む。と、いう言い訳を何回聞いたことか。
いったい爺ちゃん婆ちゃんが何人いて、何人殺すのか?
サボってパチンコやっていたのが、ついにバレてクビになりかけたけど、喉元過ぎれば熱さを忘れ、飲みの席で酒に呑まれて、「本当に真っ当な理由で休んだ時に疑われると、すげームカつくんすよ」と、みんなの前で声高に暴露したのには驚いた。
どんだけ恥知らずなわけ? イソップ寓話のオオカミ少年を知らないのか?
その分厚い面の皮をサンダーで削ってやれば、少しは汐らしくなるのか? このピーナッツ野郎!
――
―――
――――
!?
すいません、少々取り乱したようです。
話を戻さないとね……
ええと、そう、卵の話だったっけ?
人間を怨む心につけこまれ、邪神に憑依された蟷螂の卵が、高速回転するホイールの遠心力で町中にばらまかれたら、どうなるかは想像に難くない。
孵化した蟷螂型魔獣が町中で人々を蹂躙し、爆発的に繁殖し、世界中に勢力を拡大していくことだろう。
このままでは、Z級モンスターパニック映画さながらの、生物災害という名の凌辱劇が巻き起こることは必至!
なんとしてでも阻止しなければいけない!
頭の悪いヒロイズムに駆られた私は、妻と子供達と、ついでに世界を守るために、邪神の卵を封印しに異世界へと旅立つのであった。
~fin~
――
―――
――――
!?!?
すいません、少々妄想が過ぎたようです。
私は悪くない、悪いのは三郎くん。
そういうことにしておきましょう。
今度こそ話を戻します。
逃げ込んだ雨風しのげる屋内で、これ幸いと、命を繋ぐために必死に卵を産んだのは分かるのだけど、よりにもよって何故そこなのか?
そこは100%無理、貴女の子孫がこの世に生を受けることは絶望的だと断言できる。
まずお客に納車する前に、撤去されるだろうし、よしんばそのまま納車されたとしても、洗車機にでも入れられば一発アウト。
更には、車軸に据え付けられたホイールは、高速回転しながら高速移動し、勿論雨風にさらされる時だってあるし、ブレーキを使えばブレーキダストで汚れ、高熱にだってなる。どう考えても無理。
あとで社長宅の家庭菜園にでも移動してあげようとは思うけど、それで生存率が上がるかどうかは分からないけどね。
あとは運次第、それ以上は知らん。すまんね。
店長に「処分しておきましょうか?」と尋ねると、ワックス掛けが終わったらやるから良い、とのことなので、今すぐではなくとも、あとでこっそり移動しておこう。
とりあえず工場長が産卵を終えた蟷螂を捕まえると、正英くんが距離を置く。
蟷螂を使っていたずらをされると思っているようだけど、工場長がそういうことをやりそうなイメージは確かにある。
でもその後、こっそり田んぼに蟷螂を逃がしている姿は意外ではあったかな。
扱いに困って、そうしただけかもしれないけど、生き物に優しくできるのなら、パワハラで辞めさせていった従業員達にも、もう少し優しくしてやれば良かったのに。
彼は気に入らない従業員には非常に厳しい男で、ターゲットを決めると、嫁をいびる姑かのごとく毎日罵詈雑言を浴びせ、精神疾患を患うまで、じわじわと人格否定していくことを、無自覚でやっている節がある。
不利な反論をされようものなら恫喝で相手を封じ込め、これまた毎日を使ってネチネチ10倍返ししていくという、逆○沢○樹のような厄介な男だ。
恫喝すればなんとかなると思っている、おめでたたさがあるものの、それがまかり通ってしまうパワーがハラスメントを加速させている(俺が言うことは正しい→思ったら通りに事が運ぶ→ほら、正しい)という、悪循環。故に非常に独善的である。
そんな彼も、飲酒運転と社内不倫が大事になりクビになりかけたのだけど、あの時許したことを私は後悔している。
懲りずに同じことを繰り返すのは分かっていたはずなのに、少しでも信じてみようと思った私が愚かだったのだ。
不倫で思い出したけど、バツ2の三郎くんは、今の嫁との出会いは前の職場で、当時の嫁にはバレずに社内不倫をしていた、と自慢していたなー。
割愛するけど、他にも私の周りでは兎に角不倫が多い。君達どんだけ不倫が好きなんだ?
社内不倫が原因でやめたアイツの相手のメンヘラ女や、工場長や、三郎くんもそうだけど、そういう連中って不倫にやたらと肯定的なのはなんでだろう?
付き合い始めの高揚感が癖になり、
付き合う→高揚感が醒める→また別の人と付き合う。
といったループに陥るという話は聞いた事があるけど、高揚感や幸福感の勢いに任せて、後ろめたさを誤魔化すために美化しすぎではないだろうか? と私は思うんだよね。
例えば、映画のタイ○ニックは、ヒロインの婚約者から主人公がヒロインを寝取るストーリーだけど、現在進行形で不倫している奴等がタイ○ニックを見たら、彼等に自分を重ねて酔ってそうで恐いんだよね。
不倫相手は自分に不都合なことは言わずに、被害者ぶって調子の良いことばかり言うだろうから、ヒロインの婚約者には不倫相手の結婚相手を当て嵌め、悪役扱い(劇中では実際、嫌な奴だったけどね)。「誰か可哀想な私を助けにきてー」ってか?
高揚感があるうちは、「俺は、彼女ために人生をかけてもいい」とか、平気で言い放ちそうだけど、実際、沈みゆく豪華客船で恋人のために命をかけられるのか? 本当に。
それができたら認めざるを得ないけど、決してそんなことはないだろうね。
そもそも一生を誓い合ったはずの相手を、平気で裏切る連中に、そんなことができるとは到底思えない。
タイ○ニックは綺麗だけど、君達は……
そこんとこ間違えないように!
例えにこの映画を持ち出すのは、不倫とは状況が全然違うし、的外れで乱暴な気もするけど、綺麗ではないことは間違ってないと思う。
ピンポンパンポーン
『車検のお客様ご来店です。お車B○Wです』
場内放送前のチャイムが鳴り、続いてお客の来店を告げるアナウンスが流れる。
さて、行きますか。
そそくさとその場を離れる私だったが、他の連中は予想した通り動く気がないようだ。ぶれないね、君達は。
因みに三郎くんは、マイナスドライバーで蟷螂の卵をツンツン突付いている。本当ぶれないね、君も。
「いらっしゃいませ、この度は当店のご利用ありがとうございます。受付中に不具合箇所が無いか簡単な点検をいたしますので、お車の移動をさせて頂きますね。お車のキーをお預かりして宜しいですか?」
「キーは車についているよ、宜しくたのむよ」
B〇Wから降りてきたお客は、身なりの良い老紳士といった出で立ちだ。柔和な笑みから、人の良さを感じる。
挨拶も早々に老紳士を受付に案内すると、車内を汚さないように、シートカバー、ハンドルカバー、マットカバーをセットし、私はリフトへ車を移動する。
まずは灯火類の点検をするのだが、輸入車は日本車と灯火スイッチの配置が逆なので、方向指示器を出そうとしてワイパーが動いてしまうのはお約束。正英くんが車外から灯火の確認がてら、期待の眼差しを私に向けているのだけど、すまんね。その期待に添えてやることはできない!
一通りの点検を終えると、お客のご用命事項を伝えに、見積り用紙を携えた受付の猫美さんがやってくる。
「特に気になる点はないって」
「うん、年式が新しいからね。でもスタッドレスタイヤが積んであるけど交換は良いのかな?」
「それは言ってなかったけど、聞いておく?」
「いや、俺が聞くから良いよ」
そう言って、受け取った見積り用紙に目を通していると、猫美さんが口を開く。
「湯浅さん(お客の苗字)、凄く感じが良かったー」
うっとりした猫美さんの様子に、少し逡巡したけど私はこう返した。
「心にゆとりがあると、態度にも現れるんだよね」
含みのある私のいい方に、猫美さんは察っしてくれたようで、「やっぱり金かー」とおどけてみせる。
一時期、メンヘラ女に苛められて病んでた時期があった猫美さんだけど、いまはすっかり元気になったのは何より。でも、ちょっと横柄になってきているのを私は知っている。工場長に口説かれていた時期もあったというのは余計な情報かな?
猫美さんは既婚者で歳もそこそこのおばちゃんなんだけど、そんなことはお構い無し、という工場長のスタンスにはある意味尊敬の念を覚えてしまう。
「まぁ真理だよね」
台無しにしてすまんね、と思いつつ、待合室に向かう私の顔には意地悪な笑みが浮かんでいたことだろう。
これは私の持論だが、高級外国車にしろ、高級国産車にしろ、財力に余裕のあるハゲ散らかしたおっさんが乗るのが格好良いのであって、型遅れの高級車を比較的安いからといって、まんまと購入して乗りまわしている若いアンちゃんは、背伸びしているのがバレバレで、滑稽に思えてしまうんだよね。
車検の時は、保安基準に適合しないような不具合箇所が当然のように沢山あるのだが、そんなことは夢にも思っていないアンちゃんが「そんなにかかるんすか?(お金が) そこをなんとか安く通してくださいよ」と、いうことをよく言われるのだけれど、それを許していては、車検制度なんて意味がないし、問題が起きたら目も当てられない。
交通事故や営業停止処分のリスクと天秤にかけるまでもなく、オブラートに包んでお引き取り願うわけだけど、まぁ現実を知ってくれ。すまんね。
湯浅さんを、代車にご案内して送りだすと、早速、B○Wの作業に取りかかる。
蟷螂の卵は先程確認したけど、まだ無事だった。
どのタイミングで逃がすか考えながら作業を続けていると、困ったような顔をした猫美さんが、再びやってくる。
「オムライスくん、1台診れるかなー?」
「飛び込み? 内容は?」
「エンジンの力が無いみたいなんだけど、早く診ろって騒いでるんだよね」
「良いけど、工場長には報告した?」
「してないけど、今日は仕事量が少ないから良いと思って」
あー、出たでた。指揮系統は工場長がトップなんだから直接私に頼むと、彼がヘソ曲げるだろうが! 一応私も役職持ちだけど、そんなものは有って無いようなものなのが切ない。
まぁ、気持ちは分からないでもない。
工場長は気分によって「診れん」と、突っぱねる時があるから言い辛いのと、英正くんはまだ経験が浅いし、三郎くんがやるわけがないし、こういう仕事は大抵を私に振られるから、結果的には同じなんだけど、態々私が気を使って工場長に報告しにいかなくてはならない。
なんというか、めんどくせぇぇぇ!
「分かった……お客さんの名前教えて」
「吉野さんだよ、じゃあお願いねー」
そう言うと、困った顔から一転、晴れ晴れとした表情で、猫美さんは事務所へ去っていった。
悪態をつきたくなる気持ちを抑え、私は吉野さんとやらが待つであろう、事務所内の待合室へ向かう。
事務所へ入ると、受付席から猫美さんがアイコンタクトで、吉野さんの座っている席を教えてくれる。
そこには先程の老紳士とは対照的な、痩せぎすのギラついた目をした初老の男性がいた。服装もラフな格好で妙に似合っている。
「吉野さま、お待たせしました。エンジンの力がないとのことですが、詳しく教えて頂けますか?」
「おう、なんかエンジンがボボボボいって、全然走っていかねぇんだ」
「かしこまりました。お車を移動して点検いたしますので、キーをお預かりしてよろしいですか?」
「ついてるよ、金がかかりすぎるようなら、女房に連絡するからすぐに調べてくれや」
これは癖のありそうなお客だね。猫美さんが困った表情だったのも頷ける。
「それは診断してみないとなんとも言えませんが、少々お時間はかかると思いますよ? 代車をお出しして、結果は電話で連絡しましょうか?」
「いや、俺も一緒に見てるからすぐに直してくれや」
見積りを出すのか、直すのかどっちやねん?
しかも、時間がかかるから代車を出すと言っているのに、話の通じないじっちゃんだな。
お客立ち会いの元、診断とかやりずれぇ。まぁ、既に予想はついているから良いけどさ。
「かしこまりました、まず診断いたしますのでお車を移動ししますね」
私は逃げるように事務所を後にすると、吉野さんのニッ○ンの軽自動車に乗り込んだ。
シートカバー等は、既に猫美さんがセットしてくれている。
作業場まで車を運転するのだが、確かにエンジンが絶不調である。ボンネットオープナーのレバーを引き、車から降りると、とぼとぼと吉野さんが近づいてくる。
「これは1発死んでますね」
「そんなこと俺に言われても分からん、俺ぁまだ生きてるぞ」
複数あるエンジンシリンダーの1つが機能していないことを、1発死ぬ、という表現をするのだけど、このじっちゃんには通用しなかったようだ。
お客に分かりやすく説明することも、仕事の内なので、上手く説明しなくてはいけないのだが、これがなかなか難しい。
ちょっと違うかもしれないけど、今回はこれでいくか。
「例えば犬って4本足で走りますよね? その1本の足を怪我しているので、上手く走れないようなものなんですよ」
このエンジンは3気筒だから数が違うけど、まぁ細かいことは良いだろう。
「よく分からんけど、足が死んでいるのか?」
「そうです。ですので、どの足が死んでいるかをこれから調べるんですよ」
そう言って私は、シリンダーの上に着いている部品を外し始める。
吉野さんは煙草を吸いに喫煙所へ向かった。
見てるんじゃないんかい!
暫くして原因が分かり、部品も最寄の取引先の部品屋に在庫があるとのことなので、見積りを吉野さんへ伝えると、修理をしても良いと、許可が降りた。
「部品が届くのに時間がかかります。代車をお出ししますので、用を足すのにお使い下さい」
「小便していいのか?」
「いいえ、違います。用事を済ませるという意味ですよ」
だんだんこのじっちゃん、分かってて私をからかっているような気がしてきたのだけど、気のせいだよな?
「用事なんてねぇ、通行止めで家にも帰れないし、どうすれば良いんだ?」
あなたの行動まで私に相談されても困るんだけど、まぁ無難に返しておくか。
「本屋にでも行って、時間を潰すのはいかがですか?」
「エロ本読んでれば良いのか?」
「エロ本でも、なろう小説でも、なんでも良いと思いますよ」
「なろう何?」
「いいえ、なんでもありません。では代車までご案内しますね」
多少強引にでも話を進めるしかない、このじっちゃんと会話していたら、それだけで日が暮れてしまうわ!
代車に荷物を移し替えたいということなので、代車をニッ○ン車の横へ着けると、吉野さんは荷物を移動し始める。
はて? 銭湯道具一式? 用事がないとか言いつつ、このじっちゃん銭湯に行く気満々じゃねえか!
手の平で踊らされていた敗北感を味わった私は、吉野さんを見送り、作業へ戻るのだった。
作業が一段落したので、そろそろ卵をリリースしに行こうと思い、ウエスを用意する。
流石に手掴みでいく勇気はなかったので、ウエスで包むようにホイールから引き剥がす予定だ。
丁度店長は、事務所で電話中で絶好のチャンスだ。
さあ、やりますか。
恐る恐る、卵に触れると意外なことが分かった。
そのグロテスクな見た目から、ネチョ~♡と、糸を引くことを想像していたのだけど、黄色がかった白濁液が接着剤のように固まり、卵をコーティングすると同時にホイールに強く固定されているのだ。
くっ……かってぇ……
でも力を入れすぎると卵が潰れてしまうので、絶妙な力加減が必要だ。
というか、仕事中になにやってんだ私は?
四苦八苦して卵を引き剥がすと、予定通り社長宅の家庭菜園の隅へ卵をそっと置く。
これがモンスターパニック映画なら、最初の犠牲者は、社長一家か。いや、すいませんね。
工場に戻り、作業を再開したのだが、店長もまた、作業を再開したようだ。
「あ! また蟷螂! 2匹もいる」
新車の屋根の上で、蟷螂がこんにちはしていたようで、また卵を産まれてはかなわんと、店長は蟷螂を追い払っている。いくらなんでも蟷螂多すぎやしませんかね?
そして、耳ざとく聞き付けた三郎くんが、また良からぬことを企んでいるようで、工場に奔る排水溝に蟷螂を追い込み何やらやっている。
さりげなく様子を見に行ってみる。
「なんか蟷螂多くね?」
そう言って私は蟷螂を逃がすために捕まえようとするのだけど
「駄目っすよ、雄と雌の蟷螂が揃ったんで、雌が雄を食うか試しているんです」
なに言ってんだ? こいつは?
もうなんつーか、マンティスという二つ名を持つ女殺し屋がいたら、殺しの依頼をしたくなってくる。
お前が食われちまえっ! ってね。
きっと依頼料は安いはず。
そんなこんながあり、本日の業務も終わりが近付き、お客達が車を取りに来る時間となった。
妙に艶々した吉野さんが私に声をかけてくる。
「いやぁ、兄ちゃん、無理言って悪かったね。車はバッチリ直ったかい?」
「ええ、試運転してみましたが、問題なく走れますよ」
取り替えた部品を見せると、「へぇ、これが死んでたんか」と、意味有り気な台詞を言いながら、怪しい笑みを向けてくる。
死ぬという表現を使ったことを根にもっているのだろうか?
「俺も、もうすぐ死んじまうだろうけどなぁ」
いや、笑ってはいけないタイプのジョークは止してください。
「いやいや、とんでもない! また何かあればご気軽にご相談ください」
「ところで兄ちゃん、名前はなんていうんだい?」
いけないことなんだけど、お客に名乗ると次から指名してくる場合があって、敢えて名乗らないようにしているのだけど、聞かれてしまっては仕方がない。ホストや美容師じゃあるまいし、仕事は会社で請けるのだから、個人指名は苦手なんだけどね。
「オムライスです」
「お、俺もオムライスっていうんだい」
「え? そうなんですか? って吉野さんじゃないですか」
「おう、そうだった、悪い悪い」
最後までからかってくるなぁ、このじっちゃんは。
――
―――
――――
さぁ、帰ろうか。
1日の業務を終え、振り返ってみるけど、占いの運勢が最下位だった割に、良くも悪くもない1日だったかな?
強いていえば『蟷螂が仲間になりたそうにこちらを見ている』といった感じの1日だったけどさ。
やっぱり占いなんてアテにならないよね。
……でも、ちょっと待て……
そういえば、ごみ出しするの忘れてた!
妻よ、すまん。
この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません。
絶対に100%関係ありません!