霙時 6
私は公園へと歩いていた。
学校の。帰り道の。さびれた。公園。
?
いや、そうだった筈だ。
そこに行けば誰もいなくて、いや、彼がいる。彼とは何回も、何回も、話している。名前も学年も知らない、彼。
今、行かなきゃ。そうわかっていた。今日は、雪…いや、霙。足も手も頬も冷たいのに、肺だけがまるで走っているように熱い。苦しい。頭が、いたい。でも、止まれなかった。足は、勝手に進む。霙が髪や肩に落ちる。すぐに溶けていく。
ついた。
ここのベンチに。
彼が。
「やぁ」
彼は微笑んでいた。黒い髪が、黒い制服が、濡れて更に黒い。でも、彼の抱えるモノだけは純白に光っていた。
「こちょうらん…」
「うん。今日は、お別れだから。あげる。もう、会えないよ」
「どうして!?そんな、お別れなんて…」
「もう、時間がないんだ。ほら」
「何のこと…」
あぁ、頭が痛い。肺が、苦しい。あしが。続ける筈の言葉が霙と共に溶けていく。
「じゃあね」
鳴り響くような頭痛の中、私は気を失った。
「○○○○」
最後、きみは、なんて言ったの?
目が覚めると、霙みたいな灰色の天井が見えた。
病院、か。
「あぁ!起きたのね!良かった…良かった…」
ひどい金切り声をあげて、お母さんが私に抱きつく。
「わかる?覚えてる?ママよ!」
うるさい…言われなくとも、わかる。
「あなた、気を失って…」
彼女は泣きながら話す。
私は遮り、一言こう言った。
「彼は?」
「?誰の事?あなたの周りには誰も…夢じゃない?」
そんな…そんなわけない!!彼は、居る。絶対…
ほんとに?
というか…彼って、誰?
「あ…うそ…」
じゃあ。あの素晴らしい世界は、夢…?
何日も、夢を見ていたの?一つの夢だったの?
私の目から涙が溢れた。
どんどんと記憶がなくなる。
わからない。
どんな夢だったっけ。待って。忘れたく、ない。
嫌だ…
素晴らしい、夢だった気がするから。…
私は泣き崩れた。
何か、何か思い出すものは、ないか。見回すと、純白の花がいけられていた。
「胡蝶…蘭…」
「それ、知らない人からのなのよ。あまりに似ているから、兄弟と思われたらしくて…確か、鏡とかなんとか…」
胡蝶の夢。一人の一生が、実は小さな蝶の夢だった。皮肉みたい。変な人に違いない。そう思うと、私の胸に、痛みが走った。
その人は、きっと、私と本の趣味は合わない。
突然そう思って、また私は泣いてしまった。
「これで、全部…。あなたにももう会えないわね。今話したこと、あなたは忘れるでしょうけど。夢かどうかなんて、考える事が無駄よ。だって、私はあなたの鏡…いえ、鏡程完璧じゃないわね。…『ひびわれた鏡』…なのには変わらないんだもの。覚えていてなんて、言わないわ。…じゃあね」