霙時 2
本は、良い。私を何処にでも連れて行ってくれる。月下の砂漠、桜の木の幹の中…ええ、何処にでも!私は、私じゃなくなる。その時から、素晴らしくなるんだ。人の一生を、こんな一冊で知れる。本は、素晴らしい。
ここで本を読むのが、日課だった。
いや…日課というか、なんでも無い日を作りたくなくて。か。
「消えてしまいたい…」
この主人公は、そう言った。私だった。
こんな人生に、何の意味があるのか。
そっと首に手をやる。
ふと顔を上げると、見知らぬ男の人が居た。
「ひっ」
思わずベンチからずり落ちる。
「あの、ごめんなさい…これ…いつ話しかけたらいいか、あんまり楽しそうだから、わからなくて…」
綺麗な声、綺麗な顔立ち。私の学校の制服。差し出されたのは、私の栞だった。
いつのまにか、落としていたらしい。
「あ、ありがとう…って、もしかして、ずっといたの?」
彼はいつ話しかけていいかわからなかったと言った。つまり、困るほど最初から居たのだ。
「あ、うん…ごめん」
「ごめん…」
二人の間に沈黙が走る。
私は彼を観察した。少しはみ出た人種は、はみ出た同士見つけるのが上手い。何だか、色で見えるのだ。
困った様な作り笑顔は…深い、紫。
綺麗な色だった。
「あ、あの!」
二人同時に声が出る。相手も、私を観察していたのか。
「あ、ごめん…どうぞ」
「ごめん…どうぞ」
また沈黙。
「あの…明日も、ここにいるの?」
口を開いたのは彼だった。
名前も、学年も、何も聞かない。そんな所もまた、秘密でいいと思った。
「うん…きっと」
明日も、今日と同じになるなら。
そう付け足した。彼は微笑んだ。
それから、素晴らしい日々が始まった。