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第1話




キーンコーンカーンコーン


始業をしらせるチャイムが、50メートルほど先の校舎から聞こえた。


6月の梅雨の時期にしては、晴れやかな空の下、オレは目元を庇いながら学校に向かう。こんな日照りでは、紫外線カットの銀縁眼鏡もやくにたたない。


眼球が焦げて、瞼に張り付いてしまいそうだ。


校門が見えてきた。


閉まってる。


せっかく来てやったのに、こんなに早く閉める奴があるか。チャイムが鳴ったあと30分くらいは開けとけよ。


このままゲーセンにバックレようか……


しかし、この間久しぶりに登校したさいに出された課題の量を考えると、遅れてでも行った方がいいことはわかり切っている。


「ふう」


一息着いてから、オレは校門を飛び越えた。約2メートルの高さだが、吸血鬼にとってまったく問題ない。


下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。それから、三階までの精神的に長い道のりをノロノロ歩く。


教室に入ると、ちょうど朝のホームルームだった。


「ちょっと桜庭くん!?また遅刻よ!」


担任の女性教師が、ムスッとした顔で指摘する。


「すみません」


適当に謝罪して、自分の席につく。


「お昼休みに職員室に来てね」


担任はそういうと、まるでオレが空気みたいに、朝のホームルームを終わらせて出て行った。


オレは机の上に突っ伏して、居眠りを始める。


だいたいいつもと同じ学校生活の始まりだ。オレは地味に装っているため、普段だれも話しかけてこない。


そもそも人間と交流するなど、食事の時で十分だ。もしオレが普段通りに学校生活を送ったら、吸血鬼の能力に感化された連中が、オレの周りに溢れてしまう。それほど、吸血鬼の本性は人間にとってあらがいきれないものがあるのだ。


しかし、オレのこの日常を破壊する出来事が、突然起こる。


「やあ、宵人!あんたほんとすごいよなあ。俺あんたを見直したよ!!」


オレのクラスに突然やってきたソイツは、オレの席の前で、高らかに告げた。


「なんの用だ、カイ?」


それは言わずもがなだが、オレと同じ学年の吸血鬼、長峯海里だ。


「こないだのアレ、あんたが解決したんだろ?仲間内では、やっぱりあんたが最強だって話で盛り上がってんだよ」


オレは文字通り、口元をへの字に曲げた。


「あのさ、いきなりなに言ってんの?お前みたいな奴が、オレに気安く話しかけんなよ」


もちろんオレは、カイみたいな学校からの信頼も厚い優等生(吸血鬼としての能力を最大限利用するタイプとも言う)が、オレみたいな地味な生徒に話しかけんなよという意味で言った。


だが、カイはそうは受け取らなかった。


「そうだよなあ、俺みたいな一個人が、あんたに話しかけるなんて恐れ多いよなあ。だって宵人は俺たちの王になるヒトだもんなあ」


まさしく開いた口が塞がらない。


「今回の事で、あんたはやっぱり最強なんじゃないかって話になっててさ、まあ、俺は最初からあんたが次の王様だと思ってたんだけどなあ」


要するに媚を売りに来たようだ。


「ちょっと待てよ。王様だなんだ言ってるが、オレはそんなのになる気はないぞ」


「なるほどなあ。もう少し地盤を固めてから、宣言するつもりなんだな!わかった、俺が協力するよ」


じゃ!と言って、カイはオレの教室から出て行った。クラスメイトたちは呆気にとられた顔で、カイの出て行った引戸とオレの顔を見ていた。


クラスメイトたちの心情が手に取るようにわかる。


なんであんな地味なやつとスクールカースト上位の長峯が会話しているんだ?みたいな顔なのだ。


「はあ…」


オレは心からの溜息を吐き出して、またも机に突っ伏した。













「これ以上出席日数が少なくなると、進級できなくなるわよ」


職員室に呼び出されていたことを、忘れなかったことは褒めて欲しい。


でも、担任はそんなこと御構い無しに辛い現実を突きつけて来た。


「遅刻もダメよ。まさかあなたがこんなに素行不良だと思わなかったわ…入試の結果は当てにならないわね」


担任はこれ見よがしに言い放った。


入試のトップはカイだ。オレは次点。もちろんトップはクソ面倒な新入生代表挨拶があるから、あえての次点だ。


「桜庭くん一人暮らしなのよね?」


「はい」


「何か複雑な問題でもあるの?」


担任が心のこもっていない、むしろ義務感のまま言った。


「そんなことないですよ!僕、あんまり朝が得意じゃなくて…」


というか、複雑怪奇な問題だらけだが、人間に言ったってしょうがない。


「まあいいわ。これからは気をつけるように」


さっさと行きなさい、てきな態度で担任は締めくくった。ので、オレは失礼しましたーと呟きながら、職員室から出る。


「チーッス、お疲れ様っす!」


カイが廊下で待ち構えていた。


「ゲッ」


「ゲッてなんだ!?宵人と仲良くしようと思って探してたんだけど!」


「オレは別に仲良くしたくないって」


教室に帰るために歩き出したが、カイがニヤニヤしながらついてくる。もうコイツ本当に鬱陶しい。なんでオレの周りのヤツらは、付きまとってくるくせにオレの話をひとっことも聞かないんだ……ちょっとボコってもいいよな。


そのまま廊下を直進。突き当たり非常口を出る。上履きのままだけど気にしない。そのまま校舎の陰になっているところで立ち止まる。


「これはあれかな?校舎裏で悪の相談ってやつ?」


ヘラヘラ笑うカイ。


オレは振り返って、カイの顔面に渾身の右ストレートをお見舞いしてやった。


ふぅ。ちょっとスッキリ。


カイは後ろへひっくり返り、驚いた顔でオレを見上げる。いい気味だ。


「おまえいい加減にしろよ!ウザい!消えろ!死ね!」


言いたいことが多すぎると、語彙力がなくなる不思議現象だ。


「オレはなあ、王になりたいとか思ってないし言ってない。2週間前の事件だって、同族の問題は同族で処理する決まりだから動いた。それがたまたまお前らが負けたから、オレが出る羽目になった。結局相手は人間だったが…だからオレを勝手に次の王にするな!」


2週間前の事件とは、谷崎さんと解決した連続吸血殺人事件のことだ。


ある男が、結局15人もの人間を殺して潜伏していた。被害者は全員全身の血を抜かれるという猟奇的な犯行で、首筋に噛み跡があったことから、吸血鬼の仕業だと思ったオレたちは、その犯人を捕まえることに成功した。しかし、実際は犯人は人間だった。なんらかの方法で、吸血鬼化していたことがわかっているが、捕まった犯人は精神錯乱状態で、有力な情報は得られないまま事件は終わった。


だが、人間が吸血鬼化する方法がなんなのかわからないままでは、オレたちの間ではまだ解決すべき問題が残っていると言える。


そのうちどうにかしなくてはならないが、その前に。このウザいヤツの口を閉ざすのが先だ。


「いやでもさぁ、いずれはあんたが俺らのトップになるんだから、いつ宣言したっていいんじゃないか?」


カイは懲りていないようだ。


「だからオレはなりたくないんだって」


「なんで?めちゃくちゃ特権があるじゃん。俺なら喜んで王になるけどなあ」


この街の吸血鬼には王がいる。どんな吸血鬼も、この街にいる限り逆らうことはできない。そのかわり、人間や他の種族との秩序を守る役目を負う。


現王はオレの母親。


そして代々その特権は世襲されてきた。


「そんな簡単じゃないんだよ。特権っていっても、ちょっと豪華な家に住んで、メイドとか執事がいて、なに不自由ないお気楽な生活で、面倒な書類仕事が山積みだ。つまらんだろそんなん」


これがオレの本音。戦うべき相手は、秩序を乱す悪い吸血鬼じゃなくて、終わりのない書類の山なのだ。


そんなんなんにも楽しくない。


「いつでも戦闘準備しなくていいって、かなり楽だと思うけどなあ…」


カイは首をちょっと傾けて、思案顔になる。たしかに吸血鬼の戦闘狂いは深刻な問題だ。弱い奴は常に下剋上を企んでいるし、強い奴はさらに格を上げようと必死に戦う相手を探している。


王という称号があれば、誰彼構わず襲われることはまず無い。それ程に畏怖されるものなのだ。


「オレはデスクワークよりも外遊びが好きなんだ」


「でも世襲してんじゃん」


そこが一番の問題なのだ。


完全実力主義の吸血鬼だが、どうしても覆らないものが、血統だ。


世代によって多少の違いはあるが、王の直系は強い。


それでも望みはある。なにせ、


「オレの母親は、前王の直系じゃない。前王の息子を瀕死に追いやって結婚したんだ」


「そういえばそうだな。じゃあ宵人は、自分が王にならない為に、自分より強い女の吸血鬼を探さなきゃなんないなあ」


カイは皮肉たっぷりに言った。


腹が立ったので一発蹴りを入れておく。オレの洗練された蹴りは、カイの脇腹に綺麗に吸い込まれていった。


「ウグッ!?なんで蹴るの!?」


うずくまって身悶える姿に、嗜虐的な喜びを覚えつつ言う。


「しょうもねーこと言ってないでもう消えろ。おまえの顔見てるとイライラする」


オレはカイをほったらかしにして、さっさと校舎に戻った。


内心では、カイの言ったことを真剣に考えていた。


だって、オレが王にならない為には、カイの言った方法以外思い浮かばないから。


どうしたもんかなあと思っている間に、午後の授業も過ぎていった。















授業が全て終わって、今からどこどこに行こうなどと騒いでいる横を、オレはさっさと通り過ぎて教室を出ると、カイが来るよりも先に校門にたどり着くことに成功した。


昼休みに話して聞かせてやったオレの主張を、カイはそっくり忘れてしまったのか、その後も授業の合間合間に足繁くオレの前に現れては、くだらない話をして去っていくの繰り返しだった。


このままでは帰りもついてくるに違いないと思ったので、出来るだけ迅速に、気配まで消してここまで来た。


が、オレの努力は水の泡となった。


カイよりも厄介なヤツが目の前に現れたからだ。


「なにしてるの、谷崎さん」


谷崎さんは愛車の黒いセダンを、校門前に違法駐車して、運転席のドアにもたれて腕を組んで立っていた。


2週間ぶりの再会だ。見間違いかと思って、銀縁眼鏡の位置を直したが、谷崎さんに間違いない。今日は厄日だ…


「宵人くん。あなたを待ってたの」


これが美人なお姉さんで、魅力的な笑みを浮かべて言われたら、喜んで抱きしめていた。


しかし、相手は残念ながら谷崎さんである。


オレはさっと踵を返して、来た方向へ戻ろうとした。これならカイの方が百万倍ましだ!!


「ちょっ、なんで逃げるのよ!?」


谷崎さんは忍びの様に俊敏なことを忘れていた。とっさに伸ばしたであろう手が、オレの襟首を掴む。


「グェッ!!」


カエルが潰れたような声が出た。第一ボタンまで止めて、学校指定のネクタイをキッチリ締めていたことが仇になった。


「待ちなさいよ!!」


「イッ、ヤッ、ダッ!!」


途切れ途切れにしか出ない声を振り絞って抗議する。この際首が絞まったって構うものか!!


だんだん下校する生徒の数が増えてきた。何人かが立ち止まって、オレと谷崎さんの対決を見物している。


「話を!聞きなさい!」


谷崎さんが急に手を離した。そのせいで、オレは受け身も取れずに、顔面から地面にすっ転んだ。


「イッタアアアア!!」


叫ぶオレに馬乗りになる谷崎さん。両腕を後ろで捻られて、もうどうしようもなくなった。まるで犯罪者を取り押さえる刑事ドラマのような有様だ。


「あなたが逃げるから悪いのよ」


「谷崎さん怖いんだもん」


正直に言うと、今度は膝裏を蹴られた。


「で、話聞いてくれる?」


ギリギリと腕を締め上げてくる谷崎さん。断ると折られそうだ。


「わかったからもう離して!」


パッと腕が自由になる。制服についた砂を払って、飛んでいった眼鏡を探す。


いつのまにか、野次馬が周りを固めていた。


「乗って」


眼鏡を拾う。谷崎さんはすでに車の横にいた。


仕方ないなあ。


オレは後部座席のドアを開けて待っている谷崎さんに促されるまま、車に乗り込もうと身を屈めた。


「早くしてよ」


谷崎さんはオレの背中を蹴って、後部座席に押し込んだ。なんか懐かしい気分になった。


「もうオレ、学校行けない」


悲壮感たっぷりに言う。谷崎さんは車を発進させながら、


「知らないわよ」


と言い捨てた。


「谷崎さんは男を尻に敷くタイプだな」


シートに座り直しながら呟く。


「くだらない事言ってると、また痛い目にあわせるよ」


赤信号で止まると、谷崎さんが振り返ってあのスタンガンを突きつけてきた。吸血鬼をいとも簡単に昏倒させる威力を持つ、あのスタンガンだ。


なんて恐ろしい女だ…


オレは大人しく後部座席で身を縮こめて、谷崎さんとバックミラー越しに目が合うのを避け続けた。

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