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第5話




廃工場についた頃には、すっかり夜になってしまっていた。


吸血鬼だから夜型、と思われがちだがそれは正しくない。日光に弱いものは必然、夜にしか活動しないのであって、オレやカイのように日光が平気な吸血鬼は、24時間バッチリ戦闘態勢を整えることができる。


夜の闇がオレに力をくれる!!


……なんて二次元な設定もない。


「なかなか広いな」


外から見た感じ、高校の体育館の4倍くらいの建物が二つ。その周りに半分くらいの倉庫が二つ。敷地内には錆びたり潰れたりした自動車の残骸が、無造作に積み上げられている。


「自動車解体業をしていたらしいわ」


谷崎さんが真剣な顔であたりを警戒しながら言った。手には拳銃が握られている。


「うわ、いつのまに!?」


「そんなに驚くこと?わたしこれでも刑事よ」


谷崎さんはオレの視線に文句を言いながら、拳銃のセイフティを外した。余談だが、美人な女性と拳銃という組み合わせは至高だと思う。


オレには現代的な武器はないので(拳銃は手に入れることは出来るが、生命力の高い吸血鬼相手には、ちまちま弾を撃ち込むよりもナイフで首を跳ねるほうが効率がいい)刃渡りがちょうど自分の上腕と同じくらいのボウイナイフを構える。片刃が狩猟用に特化した愛用のナイフだ。


「まるであなたが殺人犯ね」


谷崎さんが呆れた声で言った。


「ヒドイな…」


適当に愛想笑いしておいた。犯罪者は谷崎さんのほうじゃないかと思ったけど、口には出さないでおいた。


「広いわね」


「そうだな…」


たしかにこの範囲を2人で捜索するのは大変だ。ただ、オレにはすでに、捜索すべき場所がわかっていた。


「二手にわかれよう。オレは右手の二つを見て来るから、谷崎さんは左手を見てきて」


右手には大きな建物が二つ、左手には小さな建物が二つ。


谷崎さんが疑り深い眼差しを向けてきた。


「オレは人間より感覚器官がいいから、大きい方に行く方が効率がいいだろ?」


何に疑いを持っているかは定かじゃないが、我ながら最もな意見だと思う。


「わかった。気をつけてね」


谷崎さんはなんにも疑っていない顔で、というか、こっちに見向きもしないで、左側の建物に向かっていった。


ちょっと意外だった。谷崎さんなら、なぜわたしが左手に、と疑問を提示してきそうなものだ。


「よし」


オレは疑問を頭の隅に追いやって、右手側の大きな建物に向かって、舗装されていない敷地内を歩き出した。


遠くの方に月明かりに照らされた水面が見える。これだけ海に近いので、周りにはほかに建物はなく、あるといえばコンテナくらいだ。


大きな音を出しても大丈夫そうだな、なんて考えていると、工場の入り口についた。搬入用の大きな入り口には、シャッターが降りているが、しゃがめば入れる分だけの隙間がある。


やっぱりなあ、と思いながら、建物の中へ身をかがめて侵入した。


この建物へ向かったのには、谷崎さんに説明した以上の理由がある。


オレの感覚器官、というか聴覚は、敷地内に入った瞬間から何者かの存在を知覚していた。その数はひとつ。さらに言えば、心拍数、呼吸数が尋常ではない勢いの人間だ。


「ここか。わざわざ来てやったぜ!出てきたらどうだ?」


建物の中には、用途不明の機械が整然と並んでいた。その奥に、小さな窓から入る月明かりをものともしない、暗いシミが立ち上がるのが見えた。


「オレ、初めてやられたんだよねぇ。この街で、まさかオレより強い奴がいるなんて思ってなかったわ」


ソイツに語りかけているようで、これはただのグチだ。誰にもいえない、ただのグチ。


「オレの親の権力のせいで、オレがどんだけ酷い目にあってるか。オレ自身まあまあ強いぜ。でもさあ、お陰でみんなオレを警戒して、今までどんだけ命狙われたか。まあ、アンタに言ったって仕方ないかもしれないが」


オレはここに来て、自分の考えが当たっていたことを確信した。


「アンタにわかるわけないよなあ、オレの苦労なんて……だってアンタ人間だもんなあ」


ソイツは月明かりだけでわかるような、凄惨な笑みを口元に浮かべた。両目が赤く光る。


「アンタが純正の吸血鬼じゃないことは、出会ったときからわかってたんだぜ」


吸血鬼の感覚器官は人間よりも遥かにすぐれている。


そしてオレたちは、そういう感覚を最大限に発揮して、同族か、それから、自分よりも格上かを判断する。


よって一目でも会えば、ソイツがどんなやつかを見極めることができる。


「グガアアア」


「なんだよ。喋れないのか?」


人間が吸血鬼になる、なんてのは迷信だ。血を吸ったからって吸血鬼になるわけじゃない。むしろそんな恐ろしい事が起きたら、この世はすでに吸血鬼だらけになっているはずだ。


「こんな面倒なヤツ、さっさと片付けてしまいたいが…」


吸血鬼の気配と能力を持つ人間という情報を黙っていたカイに、心底腹が立った。カイやシュンたちなら、わかったはずだ。返り討ちにあっただけでなく、こんな面倒ごとを押し付けやがって。


「ウガアアアッ!!」


突然雄叫びをあげ、その吸血鬼もどきが飛びかかって来た。15メートルほどの距離を、人間には不可能な速さで詰めてくる。


オレは余裕を持ってナイフを構え、接近してくるソイツに横薙ぎにナイフを振るう。ソイツそれを身をかがめて避け、オレの腹に突っ込んで来た。


「うわっ」


間一髪で後方に大きく飛んで避ける。攻撃を加えるというより、掴みかかろうとしているような動きだ。


ソイツは両腕を伸ばして、またもオレを捕まえようと距離を詰めてくる。


できれば捕らえて色々調べたいところだ。少しずつ弱らせて、出来るだけ損傷させずに捕らよう。


迫って来たソイツを蹴り飛ばす。鳩尾に綺麗に決まった。どれだけ丈夫かわからないから、一応手加減したつもりだったが、ソイツは大きく吹っ飛び、派手な音を立てて壁に激突した。


溜まったホコリがモウモウと宙を舞っているせいで見えないが、死んでないよな?


と、ちょっとだけ油断したせいで、煙幕から飛び出して来たソイツに気付くのが遅れてしまった。


慌てて身を捻って避けるが、なんとソイツは、すれ違いざまにオレの肩を鷲掴みにする。衝撃でナイフを落としてしまった。


もんどりうって転がったオレの背中に、ソイツが馬のりになる。衝撃で、掴まれていた右腕の肩がボキッと鈍い音を立てて折れた。


最近色々ありすぎて(サイコパス女に監禁されたり)、満足に食事ができていないせいで反応が鈍っている。と言い訳をしておく。


ともかく、簡単に背後を取られてしまって、しかも、意外に強い力で押さえつけられているため、仕込みナイフも出せない。


ピンチだ。


「グウウウ…」


ソイツは気味の悪い吐息を吐きながら、あろうことか、このオレの首筋に噛みつきやがった!!


「マジか…」


生臭い血の匂いが鼻孔に届く。ゴクッと言う音が聞こえる。他人に血を吸われるなんて初めての経験だ…


「このっ、離せ!!」


ジタバタと足掻いて見るが、ソイツはさらに抑える力を強める。折れた肩が本当に痛い。


「クソ!!」


なんて惨めなオレ。このオレが、人間には吸血されて失血死なんて笑えない。笑えないが、このままでは死ぬ。だんだん視界がぼやけてきた……


「宵人くん!?」


その時、谷崎さんが工場に入ってきた。ダンッと銃声が一つ聞こえると同時に、オレを抑えていた力が消えた。


「大丈夫?」


オレは身を起こすと、谷崎さんが銃口を挙げたままコッチを見ていた。


「大丈夫だ…」


本当は大丈夫ではない。危なかった……


「グアアアア!!」


邪魔をされて怒ったのか、ソイツが谷崎さんに向かって駆け出した。口元がオレの血で真っ赤だ。


谷崎さんは冷静に拳銃を構え、狙いを定めて撃つ。


だが、3発放った弾丸も、上手くかわされてしまって当たらない。


谷崎さんの顔が引きつった。


オレは力を振り絞って走り出す。今出せる最速でソイツに迫り、後ろからタックルする。同時に、仕込みナイフを取り出して振り下ろす。致命傷には程遠いが、ソイツの狙いが谷崎さんからオレに変わる。


再び揉みくちゃになりながらの戦闘になる。オレは右腕が使えないため、左手でナイフを投げたり切りつけたりするが、ソイツも巧みに避ける。圧倒的に手数が足りない。


オレは谷崎さんに応援を頼むことにした。


「谷崎さん!!オレがコイツの動きを止めるから、トドメをさしてくれ!!」


「わかったわ!」


谷崎さんが答えると同時に、オレはソイツの首を左腕で締めにかかる。ソイツはオレの腕を引き剥がそうと暴れる。


「今だ!」


オレが叫ぶと、銃声が2発、工場内に響いた。


「ガハッ」


着弾の衝撃で、オレは地面に膝をついた。気道に溢れた熱い液体を吐き出す。


「な、なんで?」


撃たれたのはオレの方だった。


谷崎さんはいつのまにか思ったよりも近くに立っていた。その右手には拳銃、左手にはあの強烈な電流を流すスタンガン。銃口はオレに向いていて、スタンガンは吸血鬼もどきに押し当てられていた。


「だって、このままじゃあなたはこの人を殺してしまうでしょう?」


何を言っているのかわからない。


「前にも言ったけど、わたしは殺人犯を捕まえたいの。それだけよ」


つまり、オレがソイツを殺す前に捕まえたかった。だからオレを撃った。


「ゲホッ、谷崎さんって…本当に狂ってる…」


谷崎さんが撃った2発は、オレの背中から肺を突き破った。至近距離からの発砲だったため、幸い弾は貫通したようだ。


「狂っててもなんでもいいわ。犯人を捕まえられたらね」


オレは谷崎さんの冷たい目に見つめられながら、辛うじて残る意識を保ちつつ立ち上がる。肺に血がたまって呼吸とともに、口から溢れてくる。


「はは、とんでもねぇな…」


「そんなこと言ってないで、あなたも逃げた方がいいわ。ここにくる前に応援を呼んだから」


遠くの方から、パトカーのサイレンが聞こえてきた。かなりの数で、こちらへ向かっているようだ。


「……わかったよ」


血も涙もない谷崎さんの冷たい目から逃れるように、オレは重い足を引きずって歩き出した。


この状態でどこまで行けるかわからないが、あまり痕跡を残さない方がいいだろう。


オレは出来るだけ暗がりを選びながら、そそくさと工場の敷地を後にした。














「宵人様、まだ動いてはだめです。また傷が開きますよ」


オレはいつものゲームセンターに、いつもの格闘ゲームをしに来ている。高校に行くつもりもないのに、高校の制服を着て、銀縁眼鏡を掛け、その上に黒い前髪がかかるという、いつものインキャな格好だ。


違いがあるとすれば、全身に巻かれた包帯。制服から出ている部分には、皮膚じゃなくて包帯が見える。ミイラが制服を着ている状態といえば、想像しやすいだろうか。


「ああでも、本当にお顔が無事で良かったですね。わたくし、宵人様のお顔に傷がついてしまったら、きっと生きていけなくなりますわ。こんなにも美しいお顔に傷をつけたやつがいたら、滅多刺しのぐちゃぐちゃにしてやりますわ」


そんなアホみたいな事を言っている背後の女は、オレの両親が派遣したメイドだ。いかにもな黒いメイド服に白いエプロン姿は、さっきから浮きまくっている。しかも、話している内容がどうしようもなく救えない。


「宵人様の世界一美しい顔を狙うとは、とんだ命知らずなヤツ!!見つけ次第、わたくしが始末してやりますわ!!」


「ああもーうるさい!!なんだよ、おまえ!?オレの顔だけが大事か!?つか何度も何度も言ってるけど、オレべつに顔を狙われたんじゃないんだけど!!」


ちょっと我慢できなくなってしまった。ついつい大きな声を出してしまったため、周りにいた人たちがこちらを向く。


「だいたいさ、何しに来たんだ?おまえはオレの世話に来たんじゃなくて、オレの顔を見に来たのか!?」


「もちろんお顔を見に来たのです!!宵人様の顔さえ無事ならそれでいいのです!!」


「あああああ!!もー黙れ!顔顔うるせぇよ!!」


このメイドは、昔からこうなのだ。出会った時は2人ともまだ子どもで、オレの専属メイドとして教育されていた時から、なにかとオレの顔に執着してくる。


「このリリス、宵人様のお顔をお守りするために存在しているのです!!そのお顔に、黙れと罵られるなんてわたくしの至上の喜びでございます!!」


リリスの長い髪やまつ毛は白く、瞳は明るい朱色だ。アルビノという体質の持ち主だ。黙っていれば、無条件で人々を魅了する美しい少女だ。


そんなこの世のものとは思えない美少女が。


捻じ曲がった感性でもって、罵られることに喜びを感じている。現に今リリスの顔は、真っ赤にとろけているのだ。


「もういいです…」


周りの好奇の目が耐えられなくなって、オレは格闘ゲームに視線を戻した。画面越しに、リリスがオレを見つめている。


「そんな事よりも宵人様。今日の夕飯は何がよろしいですか?わたくし、和洋中なんでもリクエストしてくださいませ」


「はぁ」


地味なオタク高校生と美少女メイドという組み合わせは、人々の興味を誘うようで、どんどん周りに人だかりができてきた。そういった空気などガン無視なリリスは、さらに、


「宵人様のためならわたくし、腕によりを掛けてお作りしますわ。なんなら、わたくしを食べていただいてもよろしいのですよ」


危うく格闘ゲームの機械をぶっ壊しそうになった。


「おまえさっきから何言ってんの!?」


「わたくしの宵人様に対するお気持ちの全てです!!」


この子バカなの!?と思ったけど、口には出さなかった。さっきからコスプレ少女趣味と思われる男どもが、オレを睨みつけていたからだ。


「もうわかったから帰るぞ」


ため息混じりそう言って、オレはゲーム機から離れる。リリスはオレの後ろにピッタリと張り付くようについてくる。


現代の街中で、ザ・メイドを連れ歩く。とんでもなく恥ずかしい。


しかしいつ見ても、リリスのメイド姿は可愛い。黒いメイド服は、リリスのアルビノという特徴を見事に引き立てている。リリスは小柄な割に(オレより頭一つ分小さい)、しっかり女性の体型をしているので、本当にそういった趣味で作られたフィギアのようだ。


「はあ」


なのに。なのに!


どうしてこうも性格が歪んでしまったのか…


残念で仕方がない。


ゲームセンターを出たところで、オレは今1番会いたくない人物にブチ当たった。


「イテッ!!」


怪我人にブチ当るとはいい度胸だと顔を見てみれば、


谷崎さんだった。


「痛いのはこっちも同じよ!!」


怒られた。


「谷崎さん、久しぶり…」


若干引き攣った笑顔なのは許してほしい。


なにせこの女、人間でありながら弱っていたとはいえ吸血鬼であるこのオレを、なんと10日も自宅に監禁したうえ、殺人犯を捉えたところを背後から平気で(しかも2発!!)撃ちやがった。


そして満身創痍、虫の息(は、ちょっと大袈裟か)のオレを、早く逃げないとヤバイよと脅した。オレは必死であの工場を出たが、途中でリリスが来てくれなければヤバかった。本当にヤバかったのだ!!


自然に顔が引き攣るのも当然だろう?


「何かようか?」


谷崎さんはこのゲームセンターに入ろうとしていた。ので聞いてみた。


「宵人くんを探してたのよ。あなたのアパートに行ったらいないし、そういえばあなたが最初に補導された場所がこの辺りだったから。あなたくらいの歳の子は、ゲームセンターにいると思ったのよ」


なるほど。しかし、一つ間違いがある。


「谷崎さんはオレを何歳だと思ってるんだ?」


聞いてみると、谷崎さんは怪訝な顔をした。


「何歳って、学生証は高校一年生だったでしょ」


ここでオレは、ニヤリと笑い、腰に手を当てて胸を張った。


「フン、オレを人間と同じ枠にはめるなよ。オレは1868年産まれだ!」


谷崎さんは驚いてひっくり返った!!というのを、オレは期待していた。


「ああ、そうなの」


実際はそれだけだった。


「ちょっと場所をかえましょう」


谷崎さんはそう言うと、オレの反応も待たずに歩き出した。なんという敗北感。


「もうちょいなんか反応してくれてもいいだろ…」


渋々ついて行きながら言うと、


「なに?もう吸血鬼だって言うんだからそれで十分よ」


軽く流されてしまった。


谷崎さんは通り沿いのお洒落なカフェへ入った。オレとリリスもついては入り、4人がけのテーブル席に腰を落ち着けた。


オレと谷崎さんが向かいあって座ると、リリスはオレの腕にピッタリ寄り添って座った。


「リリス、近い」


抗議の声をあげるも、


「これは宵人様をより近くでお守りするためです」


と言って谷崎さんを睨んだ。


「この女が宵人様を撃った張本人ですよね?」


リリスの言いたいこともわかる。でも、カフェ中の視線を感じて、とっても居心地が悪い。


「あの時は悪かったわ」


珍しく谷崎さんが謝った。


「でもアレが思いつく中で一番穏便な方法だったの。あなたはあの工場に着いた瞬間から、犯人の場所がわかるだろうし、あなたが犯人を殺す前に捕まえたかったから」


今初めて知った。谷崎さんは最初から、オレを囮にしようとしていたのだ。どんだけ計画的犯行なんだ。


「まあ、それはもういい。で、オレに何の用?」


「これを返すためともうひとつ」


テーブルに置かれたサイフとスマホは、谷崎さんが預かったままだったオレのものだ。別になくても困らないので、そのままにしていた。


「もうひとつって?」


それらをポケットにしまいながら聞く。


「あの犯人のことよ」


なるほど気になる。


「犯人は佐藤辰巳32歳。普通のサラリーマンとして働いていたそうよ。一ヶ月前に捜索願が出されていて、行方不明扱いになっていたわ」


「やっぱり人間か」


そこでウェイターが注文を取りに来たので、話は一旦中断。


谷崎さんが奢ってくれるというので、オレはショートケーキを全種類(といっても6種類しかないが、どれもそこそこの値段だった)を頼んだ。谷崎さんは冷たい視線で攻撃してくるが無視してやった。谷崎さんはブラックコーヒー、リリスはなにも頼まなかった。


「やっぱりってことは分かってたのね」


ウェイターが下がってから、谷崎さんが言った。


「まあな」


「これはあの工場跡の写真よ。なにかわかるものはない?」


テーブルに並べられた写真には、オレと佐藤が戦闘中に破壊したあとが複数枚写されていた。ただ一枚だけ、気になるものがある。


「注射器?」


工場の一画の写真に、大量の注射器が写っていた。全て同じ形で、中身は押し込まれた後だ。


「なにかの薬物摂取に使用されたと思われているけど、不思議なことに、薬物反応が出なかったのよ」


ウェイターがケーキを運んできて、テーブルに並べていく。それを眺めながら考える。


そしてどう考えても、その注射器が吸血鬼化の原因だ。


「吸血鬼化を起こす薬品か何かが入っていたと、わたしは思っているわ」


「オレもそう思う」


チョコレートケーキにフォークを挿しながら答える。横でリリスが、物欲しげに眺めていたので、一口目はリリスの口に突っ込んでやった。


「そういうわけで、事件は迷宮入りよ。佐藤は精神錯乱状態で話が聞けそうにないし」


それはそれで、こっちにとっては都合がいい。吸血鬼の存在がバレたら面倒だ。


オレはチョコレートケーキを片付けて、フルーツタルトへ移る。一口大に切ってフォークを突き刺すと、隣のリリスが物欲しげにオレの顔を見ているのに気付いたので、また口に突っ込んでやった。


「じゃあこれで失礼するわ。まだやることが山積みだし」


谷崎さんは素早く写真をカバンにしまうと、会計伝票を持って行ってしまった。


「宵人様、この事件はまだ終わりじゃないですね」


リリスが、とっても幸せそうにケーキを頬張りながら言った。


「そうだな。吸血鬼化がある以上、オレらの事件でもある」


「わたくしも協力しますわ。宵人様の名を挙げるチャンスです」


「なに言ってんのおまえ」


リリスが腹黒い笑みを浮かべている。なんてメイドだ……


「奥様は宵人様が真の王になることを望んでいるのです。ここはパーっと片付けて、宵人様権力を知らしめてください!!」


「……なに言ってんの、おまえ」


コイツの相手は本当に疲れる……


ともかく、連続吸血殺人犯は無事捕まったのだ。


しばらくは身体を休めることに専念しようと思う。


しかしオレは、この後に起こる事件にまた巻き込まれるなど、まったく考えていなかった。


それは本当に小さな綻びだった。


これからどんな事が起こるか分かっていたならば、オレは今すぐこの街を出ただろう。


今となっては、過去の後悔の一つに過ぎないが……

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