第4話
「それで、連続殺人吸血鬼は見つかった?」
ソファに座って寛いでいると思われる谷崎さんに聞いてみた。
こうして監禁されて、10日たった。
たまに谷崎さんが付けるテレビの音で、なんとなく曜日の感覚はわかる。
「それが全然わからないのよね」
そりゃそうだろ、と思ったけど言わなかった。
「なあ、オレ、一応高校生なんだけど」
「大丈夫よ。学校には風邪をこじらせて寝込んでるって言ってあるから」
なんて用意周到なことだろう。谷崎さんは警察で働くより、犯罪者の方が向いてる気がする。
「でもほら、友達から連絡来てたら、返さないと変に思われる」
「あら?宵人くん、友達いるの?あなたのスマホ、うんともすんとも言わないけど」
ぐ、痛いとこつかれた。
「提案なんだけど」
切り口を変えてみた。
「その吸血鬼、捕まえるのに協力するから、いい加減に解放してくれない?」
「信じられない」
そう言われると、もうどうしようもない。
「どうすれば信じる?このままオレをここに繋いでいたら、谷崎さんは絶対後悔する。というか、最悪殺される」
「どういうこと?」
谷崎さんは興味を持ったのか多分こっちを向いた。多分というのは、谷崎さんの場所から、オレの姿は見えないから、こっちを向いた気配がするだけだ。
「最初に会った時に、オレの両親と連絡とろうとしたけど、繋がらなかっただろ?」
オレは不自然な位置で固定された右手を、握ったり開いたりした。頭の横あたりに挙げたままの右手は、血が通ってないかのように青白くなっている。動かせるけど、反応が鈍く、自分の腕じゃないみたいな感じがした。
ちなみに、いつのまにか手錠からピアノ線にランクアップしていた。
「それがどうしたの?」
「オレの親は放任主義で、年に何度も連絡を取ったりしないんだけど、怒らせるとマジでヤバい」
谷崎さんは黙ったままだ。
「吸血鬼の格の話したよな?」
「うん」
「この街の今のトップがだれかわかる?」
やっと話の流れを理解したようで、谷崎さんはスッと息を飲んだ。それから、オレのところへ歩いて来て、冷たい目で見下ろした。
「つまり、あなたの親は、あなたの世界での権力者で、その息子であるあなたに手を出せば、わたしは消されるという言う意味ね」
だいたいそうだ。
「今解放してくれたら、この事は誰にも言わない。オレが吸血鬼だと世間にバレるのも困るから、谷崎さんが黙っててくれるなら、オレは谷崎さんに協力する」
「協力?」
「オレの同族はオレに従う。その力を使って、谷崎さんの事件解決を手伝う。オレはとっても長生きだから、谷崎さんが死ぬまで協力してもいい」
谷崎さんの目が、疑心のこもったものに変わる。
「あなたがわたしを殺さない保証はないわ」
「まあそれはそうだけど、オレは血をもらった相手を殺さない主義だから…信じてほしいとしか言えない」
それに、と言うと、谷崎さんは首を傾げた。
「できれば、人間に10日も監禁されたなんて他の吸血鬼に知られたら、オレはこの街で生きていけない」
吸血鬼はプライドが高い。それに、完全な実力社会だ。
「格上と認識した相手には逆らえないが、一度格下に認識されたら、本気で殺しにかかる。オレには両親の名があるから挑んでくる奴はいないが、人間に負けた桜庭宵人には勝てるかもと思う奴が出てくる」
生きている間狙われ続けるなんてごめんだ。これはまぎれもない本音だった。そして、桜庭家の体面に関わる場合、他の吸血鬼に殺される前に、両親に殺される確率が高い。そうなると、オレは勝てないと思う。
「ということで、お互い保身のために助け合わないとってことだ」
「……わかったわ」
谷崎さんは溜息をついて、リビングへ行くと、ハサミを持って戻ってきた。
「吸血鬼って面倒なのね」
ピアノ線を切りながら、谷崎さんは同情してくれた。
「まあな」
久しぶりに自由に動けるようになると、身体的な開放感よりも、精神的な開放感の方が強く感じた。
「さて、悪い吸血鬼を捕まえに行こうか」
うーんと伸びをしながら言う。
「待って」
やる気満々のオレに、谷崎さんが水を差す。そして、オレの腕を引っ張ってリビングを出ると、そのまま向かいの扉を開けて押し込まれた。谷崎さんとオレは、だいたい同じくらいの身長で、女性にしては力が強い。
「シャワー浴びてきて。着替え用意しておくから」
なるほど、言われてみると、しばらく身体を洗ってないどころか、左腕に噛み付いたときに流れた血が、衣服についたままでパリパリになっている。吸血鬼はあまり代謝しないけど、だからと言って風呂に入らないわけにもいかない。
オレは言われた通りにシャワーを浴びて、サッパリした。浴室から出ると、脱衣所に新しい着替えが置いてあった。またしても黒いスウェットパンツに、黒いTシャツ。新品のパンツは男性ものでホッとした。
服を着てリビングへ行くと、谷崎さんがオレを睨みつけてからソファに強制着席させ、脱衣所からドライヤーを持ってきた。ドライヤーは、敏感な聴覚にはうるさ過ぎるので嫌いだが、口を開く前にまたも睨みつけられた。
「谷崎さんは黒が好きなのか?」
どうでもいいけど、聞いてみる。
「べつに。無難だから」
それで会話が途切れてしまい、オレは黙ってされるがままだ。
「できた」
男なのにキレイな髪なんて…と呟きながら、谷崎さんがリビングを出て行った。
谷崎さんが戻って来るまでのの間に、テレビを付けてみた。そこで初めて気付いたが、連続殺人吸血鬼によると思われる被害者が2人増えていた。
オレがやられたことで、ほかの吸血鬼たちは、今度こそ本当に手が出せなくなっただろう。
「はあ」
思わず溜息が出た。
「宵人くん、体調は大丈夫?」
戻ってきた谷崎さんは、いつものスーツ姿だ。まるでバトルスーツだと思った。スーツを着た谷崎さんはよりいっそう厳しい顔になる。
「まあまあかなあ」
適当に返事をすると、谷崎さんはオレの横に座って、おもむろに腕を差し出して袖を肘の所まで捲った。
「顔色が良くない。お腹空いてるの?」
その勢いに押されて、言葉に詰まっていると、
「あなたはわたしの兵隊でしょう。兵の面倒をみるのも、大将の義務でしょ」
「谷崎さんって変な人間だよね」
普通は吸血鬼に自分の血を飲ませようと思わないだろ。
「いらないならいいわ」
ソファから立ち上がろうとする谷崎さんの腕を掴んで引き止める。
貰えるものは貰っておこうと思った。
「じゃあ遠慮なくいただきます」
いただきます、が気に障ったのか、ものすごく嫌悪の滲む表情を浮かべている。
「少しだけよ。もし何かしたら、容赦しないから」
そう言う谷崎さんの手には、あの強烈なスタンガンが握られていた。
オレは苦笑いを浮かべてスタンガンから目をそらす。アレは本当に痛かった。
「ちょっと我慢してください」
断ってから、谷崎さんの白い腕にパクッと噛み付いた。出来るだけ優しく。そんなオレを、谷崎さんが凝視していて居心地が悪い。
満足には程遠いけど、強烈なスタンガンがいつ襲って来るかわからないので、早々に飲むのをやめた。最後に、オレが開けた二つの穴をペロッと舐める。
「え、なんで…」
谷崎さんが自分の腕を見て呟いた。目の前で噛み跡が消えたからだ。
「普通はそうやって消してしまうんだ。じゃないと噛まれた人間がビックリするだろ」
「そうね…」
不思議そうな顔で自分の腕を見つめる。そういう時の顔は可愛いのに、もったいない。
「さて、困った同族をさっさとなんとかしないとな」
オレたちは揃って家を出た。谷崎さんがパーカーを貸してくれた。少し大きめで買ったんだけど、と言って渡してくれたそれは、オレにも少し大きかった…
住宅街を歩いていると、谷崎さんが
「宵人くん、そんなに深くフード被ってると怪しいわ。というか、警官からすればすぐに職質するわ」
「眩しい…目玉が焦げる…」
久しぶりの直射日光は、オレの眼をジリジリ焼いていく。
普段掛けている眼鏡は、度が入っていない紫外線カット機能付きのものだ。
「これからどこに行くの?」
後ろを歩く谷崎さんが聞いてきた。
「どうしようかなあ。暗くならないとあっちも出てこないと思うから、それまでにちょっと寄りたいところがある」
「ハナ」
大きな通りより少し奥まった場所にある馴染みのビルについて、二階のショップに入るなり声を掛ける。
ハナは陳列された衣服を整えながら、ユージと世間話をしていた。
「お!宵人ジャーン!今ちょうどキミの話をしてたとこだよー」
「どうせいい事じゃないんだろ」
一瞬、ハナとユージの表情が消えて、刺すような視線でこっちを見た。それも本当に一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻る。自分が値踏みされているとわかった。
「そうだねぇ、宵人がやられて行方不明だねっていう話だったんだけど」
「なんだ、元気そうじゃねーか」
ユージの声には、残念そうな響きが含まれている。冗談か本気かわかったもんじゃない。
「残念だけど、そんな簡単には死にません」
「それもそうだよなぁ!」
一通り冗談を言い合ってから、本題に入る。
「オレが取り逃がした奴だけど、どこ行ったかわかる?」
ハナとユージが顔を見合わした。
「さあねぇ?」
「最近聞かねえなあ?」
2人はわざとらしく首を傾げている。
「そっか、わかった。ありがと!」
そう言って店を出る。オレの後ろにピッタリくっついて、谷崎さんも店を出た。
しばらく歩いて大通りに出る。谷崎さんが何か言いたそうだ。
「どうした?」
オレは谷崎さんの横へ行って歩調を合わせて聞いてみた。
「さっきの2人も吸血鬼?」
「そうだ」
谷崎さんはなぜか怒っていた。
「わたしが人間だから、品定めされたのかと思った。でも違う。あの冷たい目は、宵人を見てた」
早口で、でもしっかり確かめるような声だ。
「あなたの言っていたことが理解できたわ。あなたが弱みを見せたら、あの2人も敵になるってことね」
谷崎さんの憤りがなんなのかわかった。
「違う」
谷崎さんがこっちを見た。
「最初から仲間でも友達でもないから、敵でもない。ただ顔と名前を知っているだけの他人だ」
「だから2人とも、何も教えてくれなかったの?」
「そうだと思う。もしかしたら連続殺人吸血鬼が、オレを殺してくれるかもって感じだろ」
いつもこんな感じの吸血鬼だから、今更なんとも思わないけど、谷崎さんは憤りを感じているようで、なんとも言えない怖い顔をして前を見つめている。
なんだか気不味い。
ゴホン、とわざとらしく咳払いをして、
「あのさ、一回自分のアパートに行っていいか?」
「なんで?」
ギロリと睨む谷崎さん。なんでって、自分の家に帰るって普通の事だろ?と思ったけど、そんなこと言ったら余計に怖いので、
「オレ今手ブラなの、わかる?」
拳を構えて、ファインディングポーズをとってみた。伝わるか?
「ああ、そういうこと。武器を取りに行きたいのね」
伝わった。けど、あえて皆まで言わないようにした意味がなかった。この人間は自分が警官ってこと、忘れてないか。
「まあそういうこと」
「わたしも行くわ」
どうしたって眼を離すつもりは無いらしい。
「いいけど、逃げたりしないって…」
「どうだか」
それに、
「仕事はいいのか?今も捜査中なんだろ?」
これはずっと気になっていたことだ。警察署の仕事って、もっと忙しいと思っていた。
「わたしは仲間はずれなのよ。人手がいる時には連絡が来るから。あなたといたって、結局追っている犯人は同じわけだし」
言葉の端々がものすごく刺々しい。深く聞かない方がいいと判断して、
「ああ、そう」
とだけ言っておいた。
オレたちは一言も話さずに黙々と歩いた。谷崎さんの家とは反対の方向で、汚い雑居ビルが増えてきた寂れた区画。そこからさらに奥まった所に、オレのアパートはある。
谷崎さんはアパートを見て、ネズミが出そう、とだけ言った。
二階の奥、自室の前でふと気付いた。
「あ、鍵がないんだった」
谷崎さんが呆れて、ゴミを見るような目でオレを見る。悔しいがどんな言い訳も思いつかない。
「ちょっと待っててくれ」
オレは廊下の手摺に飛び乗って、アパートの屋根の方を向いた。それから雨樋を掴んで、屋根の上に飛び乗る。そのとき谷崎さんが、サルみたい、と呟いたが、聞き逃してやった。
玄関の反対側の壁には大きな窓がある。夜出歩くときは、窓から出て、建物の屋根を行くので、窓の鍵はほとんど閉めない。取られるものは現金くらいしかないし。
ベランダに飛び降りてすぐ異変に気付いた。
カーテンが開け放たれ、そこから見える室内は、見るも無惨に荒らされていたのだ。
「マジかよ…」
思わず声が出た。
とりあえず室内に入る。もともとあまり物はないが、衣類や本などが床に散らばっている。
「宵人くん!?」
痺れを切らした谷崎さんさんが、発狂する前に玄関へ向かう。
「ごめん、ちょっと散らかってるんだが…」
ワンルームなので、玄関を開けただけで、部屋の状況が丸見えになる。思った通り、谷崎さんは何が起こったのか理解したようで、眼を見開いて動きを止めた。
「普段はもう少しマシなんだけど」
「なにか無くなったものは?」
警察官の顔になった谷崎さんが、部屋に入って来ると同時に聞いてきた。
オレは部屋を見回して、無くなったものがないか探した。無くなったものは部屋にないわけだから、探せるはずもないけど。
試しにテレビ台の下の引き出しを開けてみた。中には、帯が付いたままの札束が1つ入っている。ちょっと帯が緩いのは、ここから数枚ずつ抜いていってるから。それらは最近では、ゲームセンターへ消えている。
後ろから谷崎さんが覗き込んできた。ハッと息を吸う音が聞こえたので、何か言われる前に、仕送りですと言って引き出しを閉めた。
その後、谷崎さんが玄関横のキッチンの扉を開けて、珍しく、キャア、と悲鳴を上げた。そこには愛用のナイフが入っているはずだ。
「なんだよ」
「こんな所にしまってるなんて思わないでしょ!!」
なぜか怒られた。
「とりあえず、何もなくなってないと思う」
一通り見て回ったが、部屋は荒らされただけのようだった。ベランダで脱いだ靴を玄関に移動しながら言う。
「現金が残されてるってことは、狙いは宵人くん自身の可能性が高いわ」
「じゃあ多分アイツだな」
「だとしたら、その吸血鬼の狙いは、宵人くんということになる。そうなると、あなたを逃してしまったから追いかけてきた…?それとも…」
顎に手を当ててブツブツ言っている谷崎さんを放っておいて、自分の準備に専念する事にする。
借りていたパーカーとズボンを脱いで(一応女性の前なので気を使って脱衣所に移動した)、濃い色のデニムに変え、厚手のブルゾンを羽織った。このブルゾンは特殊な作りになっていて、ありとあらゆる所に、ありとあらゆる形状のナイフを仕込む事ができる。実家に頼めば何着でも送ってくれる。
本来ならコンロを置くはずの空間に、愛用のナイフを並べていると、
「わたし、警察署に勤めて2年目だけど、そんなにナイフを持っている人に会ったことないわ」
衣服の定位置にナイフをしまう。
「オレだって普段からこんなに持ち歩いているわけじゃない。今回は特別だ」
「そういえば、どうしてあんなに料理が得意なの?」
唐突な質問だ。オレは手を止めて谷崎さんを見た。谷崎さんは不思議そうな顔で、
「調理器具どころか、コンロも冷蔵庫もない」
と言った。
「自分の為にするわけじゃないからな」
そこで、ニヤッと笑って、
「谷崎さんは金銭を渡す男より、料理とか家事労働してくれる男の方が好きそうだと思った」
そう言うと、谷崎さんは顔を真っ赤にして、オレの背中を思いっきり蹴った。そのせいで持っていたナイフを、自分の腹に収納しそうになった。
「そう言う事ね。そうやって女の子に取り入って、惑わせて、こっそり血を飲むのね。残念だけど、わたしはそんな手には引っかからないから」
「ヒドイな。等価交換のつもりなんだけど」
谷崎さんはまたあのゴミでも見るような目をオレに向けていて、それ以上なにも話してくれない。
仕方ない。谷崎さんみたいな女の人もいるということで、この話はお終いにしよう。
装備を整えた後、オレたちはアパートを出た。先にも言ったように、取られて困るものは特にないので、玄関から外に出ると、さて行き先は、という話になった。
「警察無線とか聞けないのか?死体が見つかれば、その周辺を探せば案外近くに潜んでたりするかも」
現にその吸血鬼に遭遇した時、ソイツは死体を持っていた。
「そうね…」
考え込むように、谷崎さんは顎に手を当てた。そうしていると、美人な女性警官に見えるのに、中身はなかなかのサイコパスだ。
「あ、宵人じゃん」
そのとき、背後から近づいて来た人影に名前を呼ばれた。
「カイか。どうした?」
オレと同じ高校の制服を来た吸血鬼カイ(本名は長峯海里)が、こっちに向かって手を振った。
「おまえ最近なにしてんの?全然学校来ねーじゃん」
カイは同じ高校の同級生だ。オレと違って、自分の吸血鬼としての特性をとことんまで利用して生きるタイプ。要するに、学校では文武両道容姿端麗優等生のモテモテタイプだ。だからあまり好きではない。
「取り込み中だ」
「なに、新しい彼女?束縛強すぎて学校来れないみたいな?あ、でも今までのアンタのタイプじゃねえよな?」
こういうところが、はっきり言って嫌いだ。ものすごく嫌いだ。ほら、案の定谷崎さんが不快感も露わにオレを見ている。
「そういう関係じゃない」
「なるほど。人には言えない系の感じか」
カイは谷崎さんを無遠慮に眺める。コイツは背も高く綺麗な茶髪にモデル体型という羨ましいことこの上ないが、その容姿を凌駕するほどに性格が悪い。そして人の話を聞かない。
「あのなあ、オレはおまえの尻拭いに動いてんだよ。カイが負けなければオレは今も平和に生きてたさ」
「……ああ、なるほど」
冷静を装っていることが丸わかりだ。吸血鬼は、誰それに負けたなんだと言われるのがとことん嫌いだ。
「オレが自ら尻拭いしてやるんだ。たまにはそこに跪いて、礼でもしたらどうだ?」
オレはカイ嫌いなので、ちょっと意地悪してやる事にした。いつになく嫌らしい笑みを浮かべているであろうオレは、カイに一歩近付いた。
「あ、あー、その、なんかゴメン!協力するから許して!」
オレが近付いた分後ずさったカイが、両手を上げて降参のポーズをした。顔が引きつっている。かなりの実力がある吸血鬼のクセに、小者感が拭えない。
「あの野郎の潜伏場所でいいか?教えるからそれ以上近付かないでくれ!」
ちょっと脅しただけなのに。こういうところが、本当に小者だ。
「潜伏場所?そんな話初めて聞くんだが」
もう一歩近づくと、カイはみっともなく尻餅をついた。
「それはさ、俺ら4人がかりで倒せない相手の居場所なんて、ほかのヤツに言えるわけないじゃん的な…」
「おまえが負けたヤツを、ほかの吸血鬼が倒しちゃったら大変だもんなあ」
そう言うとカイは、悔しそうに唇をかんだ。
「アンタになら言っても問題ない。どうせ俺はアンタに勝てないし…と言うか、そろそろアイツなんとかしてくれないと、まともに食事もできない」
「で、どこなんだ?」
「海沿いの廃工場だよ」
海沿いの廃工場といえば、去年業務中に火災が起き、もともと赤字運営していた企業は立て直しを図る前に倒産した。その建物がそのまま放置され、立入禁止となっている。
「メルたちとたまにそこで情報交換してるんだけど、しばらく行かない間に、アイツが寝床にしててさ。だから俺ら4人で追い出してやろうとしたんだけどさ…」
言いながら思い出したのか、だんだんと表情が険しくなっていく。
「わかったよ。じゃあな」
こうも簡単に居場所がわかると、ありがたくもあるがつまらない。まあでも、早く谷崎さんから解放されたいので、オレは軽くカイに手を振って谷崎さんの方へ、
「そういうことらしい。谷崎さんも来る?」
と言った。
「当たり前よ!」
ちょっと怖い顔をしながら、谷崎さんは言い切った。
そしてオレと谷崎さんは、カイをほったらかして歩き出した。