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第2話




「で、あなたは5人を返り討ちにしたの?」


「した」


「1人で?」


「1人で」


「それからあの遺体を発見した?」


「した」


「それまで気付いてなかったの?」


「なかった」


というやりとりは、もう何回目か数えるのもやめた。それくらいの無限ループ。


警察署に連行されたオレは、遺体発見の重要参考人とかなんとか言われて、警察署の一階の奥の個室に閉じ込められた。時計もない白い部屋で、廊下に面した壁がガラス張りになっていて、小さなテーブルと椅子2脚だけの殺風景な場所だ。唯一ドアにだけ、麻薬の危険性を訴えるバカでかいポスターが貼ってある。ガラスの向こう側を、時折非行少年少女が制服警官に引っ張られていくのが見えた。


「そもそもこんな時間まで何をしていたの?」


また最初の質問に戻る。目の前の女性警官は、いかにも神経質さが見て取れる、パリッとしたスーツに身を包んでいる。なかなかしつこい。なんども同じ事を聞いては、納得のいかない目でオレを睨みつけている。


「ゲーセンで遊んでたんですって。それで、帰りにチンピラに捕まって、金を出せって脅されて、持ってませんというと、今度はスマホを取られて。ボクはそれなりに護身術を習ってるので、なんとか振り切ろうとしたんですが、なかなかしつこいので、やむなく気絶させることにしたんです。ほら、護身術にあるじゃないですか?そういう技が」


「で、それであなたよりもふた回りも大きな男を5人気絶させて、そのあと冷静になって辺りを見回すと、死体があることに気付いたの?」


この女性警官は護身術を疑っているのか。暗にオレがチビだと言いたいのか。それともオレがサラリーマンも殺したと思っているのか。


「そうなんです!連れ込まれた時は、ボクも慌てているわけだし、それから何発か殴られて、自分の事で精一杯だったんですよ!」


女性警官は、心底呆れたような顔だ。その顔をそっくりそのまま返してやりたい。


「じゃあ、本当になにも知らないわけね」


ため息混じりにそう言われても、ただの高校生のオレが知るわけないだろ。


内心では毒突きながら、オレはあくまでも良い子を演じながら言う。


「知りませんよ。ボクだってあんな血が抜かれた死体初めて見てビビったんですから」


そこで、女性警官の表情が呆れから、疑惑と、ちょっとだけ好奇心の混じったものに変わったことに気付いた。


あ、ヤバ。


が、言ってしまったものはもう遅い。


「なんで血が抜かれてるってわかったの?」


「あー、それはですねぇ。首筋に2つ傷があったからですよ。ほら、これくらいの」


オレが右手の人差し指と親指で、4センチくらいの幅を作って見せた。


「それがどうしたの?」


女性警官がオレの作った指の隙間を凝視する。


「よく本に出てくるじゃないですか。吸血鬼殺人。あれっぽいなあと思ったんですよ。そうすると、死体は全身の血が抜かれてるってのが、セオリーですよね」


ははは、と微妙なオレの笑い声が、他人の笑い声のように聞こえた。


「あなた本気で言ってるの?」


「というか、お姉さんが言わせたんでしょ」


睨まれた。


その時、外からノックの音がして、制服の女性警官が入ってきた。息苦しい部屋に、廊下の新鮮な空気が入ってきた気がして、オレは背筋を伸ばして新鮮な空気を吸おうとした。


「失礼します。先程から桜庭宵人くんのご家族の方に連絡しているんですけど、どうもお留守のようで…」


どうしましょう?というように、その警官が首を傾げた。


「まったく、自分の子どもが事件に巻き込まれてケガまでしてるのに」


目の前の女性警官が呆れた声で呟く。


「まあ、ボクのうちはいつもそうですから。離れて住んでますし、両親共海外出張ということも昔からよくあるんですよ」


とか言っておけば、あまり詮索はされないだろう。


「じゃあ、今日のところはわたしが家まで送るわ」


というのも予想していた。警官がこんな夜中に、未成年を1人で帰すわけないだろうと思ったからだ。それでもこの女性警官が送るとは、意外だった。


「文香さんももう帰宅していいそうですよ」


制服警官はそういうと部屋を出て行った。


「ほら、送るから急いで」


相変わらずツンツンした冷たい声でオレを促し、さっさと部屋を出て行く警官に、


「まってくださいよ、文香さん!」


と言うと、物凄い不機嫌な顔で振り返った彼女が、


「なんであなたに名前を呼ばれなきゃならないのよ!谷崎よ!谷崎さんと呼びなさい!」


オレは思った通りの反応に内心笑いながら、表面ではニコリと笑って付いていった。












次の朝は最悪の目覚めだった。


昨日チンピラに蹴られた肋が、火で炙られたかのようなジリジリした痛みを訴えている。


折れた、と思う。


確認したところでどうしようもないので、昨日はろくに見ずにシャワーを浴びて寝てしまった。


「アイタタタ」


声を出すと痛みが増した。


傷や打撲くらいなら、一晩寝れば治るが、骨折はもうどうしようもない。治るのは治るが、1週間程かかる。よって、今日は学校を休むことにする。


明日はもう少しマシかな。


とりあえず着替えて、ゲーセンにでも行こうか。なんて考えてる時点で、骨折が痛いというよりもただただ学校をサボりたいというのが本音だ。


適当に身支度をしたオレは、黒いデニムに黒いパーカー、挙句に黒いキャップという、犯罪者みたいな格好で家を出た。制服じゃない時はいつも黒。眼鏡も黒縁に変える。たんに黒が好き。それだけ。


オレは二階建てのアパートの二階の角部屋に1人で住んでいる。


普段は高校生で、学校では地味で目立たないただの生徒のひとり。真面目でもないし(昼間に制服でゲーセンに行くような生徒だ)、めちゃくちゃ不良でもない。


そして人間でもない。


どんなに強い人間がどれだけ襲ってこようがオレには勝てないし、どんな怪我でも多分治る。多分というのは、そこまで酷い怪我をしたことがないからわからないということだ。


ゲーセンに向かう途中、昨日遺体が見つかった路地の前を通った。まだ黄色いテープが貼ってあり、パトカーやその他よくわからん車両、警官がウヨウヨしている。


そこでふと気になった事を思い出した。


昨日の死体は明らかに同族の仕業だった。


でも、オレたちはあんな所に、残飯を放置したりしない。


オレたちが隠せば、人間は絶対に気付かない。


そして、そもそも殺してしまうほど必要ない。


殺すなら、オレたちがやったなんて気付かせない。


じゃあ、あんな事したやつは何がもくてきなんだ?


考えれば考えるほど興味が湧いてくる。好奇心はなんとやら、だが、同族の不始末は、同族が処理しなければならない。これはオレたちのルールだ。


オレはゲーセンに行くのをやめて、一人調査に乗り出した。












「や!」


最初に声をかけたのは、ハナという、ショップ店員だ。


彼女の働くちっちゃいビルの二階にあって、店は、まあ、そこまで大きくはないが、一階と地下がライブハウスになっているので、そこそこ儲かっているようだ。


「宵人!どしたのー?」


ハナは小柄で大きな眼にバッチリ化粧をしている(濃いまつげが眼をボサボサにしている)いつもの顔でオレに満面の笑みを向けてくる。


人懐こくて憎めないやつだ。ちょっと頭は悪いが。


「昨日、ちょっと事件に巻き込まれてさ。死体見つけてさ。どうもオレらの同族の仕業みたいなんだよな。なんか知らねえ?」


率直に聞いてみる。


「あらま。そりゃヤバイね」


ハナは首を傾げながら、左手の人差し指を顎に当てて、考えてます!というようなポーズをとった。


「なんだっけな、ユージがなんだか言ってたような気がする。聞いてみ?」


と言った。


オレの質問に答えているのか答えていないのかはもうわからんが、とりあえずなにも知らないようだ。


「わかった。ありがと」


さっさと踵を返すオレに、


「宵人!来たんならなんか買ってけよ!」


ハナが叫ぶが、オレは無視して店を出る。それから、下の階のさらに下、地下へと続く階段を降りる。


床も壁も天井も黒い通路を抜けて、ライブハウスに入った。


正面奥にステージ、左手にバーカウンターがある、変わったライブハウスだ。2階分の空間をくり抜いているので、そこそこ広い。


ユージはバーカウンターで、昼間っからウイスキーを飲んでいた。オレは、よ!と言ってユージの隣に座った。


「お、宵人!上からお前の声がしてっから、来ると思ったぜ」


オレたちは人間よりもはるかに優れた感覚を持っている。たとえ防音設備が整っていようが、空気が通る隙間があるところなら、聴こえなくはない。


「ユージ、知っている事を話せ」


挨拶もしないオレに、ユージは顔をしかめた。顔面がピアスだらけで、真っ赤な髪をウルフカットにし、襟足と前髪が異常に長い。なんとも言えぬビジュアル系ルックだ。


「まあいいや。あれだろ?吸血鬼連続殺人事件」


こんどはオレが顔をしかめた。ユージの言い方では、吸血鬼が起こしたのか、吸血鬼が殺されたのかわからん。


「お前が動くんなら心配いらねえな」


「どういうことだ?」


ユージは肩をすくめて言った。


「2週間前から誰かが人間を捕食しまくって、後始末もしねえ。で、ほかの連中が食事ができないから、その犯人をやっちまおうってことで、探したんだよ」


「それで?」


「返り討ちにあった」


ほう。なかなか手強い相手らしい。


「誰が行ったんだ?」


それがさ!とユージがニヤリとして言った。


「メルと侑李とカイとシュンなんだよ」


はあ。ちょっと呆れた声が出てしまった。


「アイツらが4人で組むなんて珍しいだろ?で、返り討ちにあった。これも珍しいだろ?」


その4人は、この街の同族の中でも、ダントツで力のある奴らだ。


長命だが行き難いこの世の中で、もう長いこと四強と言われている。


「なるほど」


そんな4人が返り討ちにあったということは、ほかの連中が動けないのもうなずける。


だけど、どうしてオレは気付かなかったんだ?


「はー、しかしこれで安心だな。お前がゲーセン行きだした途端に起きた事だったし、どうしようかみんな悩んでたんだぜ」


そういうことか。納得。


「言いに来れば良かっただろ?」


オレの言葉に、ユージが声を上げて笑った。


「こっちから言えるわけないだろーよ!お前から声をかけられたら万歳、かけられなければお前と一生話もしないやつなんか沢山いるんだぜ」


「そんなもんか」


「そんなもんだよ」


オレは礼を言って、ライブハウスを出た。


それから日がだいぶ傾くまで、オレは街中を回って同族に話を聞いた。同族の被害はユージから聞いた4人だけで、人間の被害は12人。そのうち6人は同族が見つけて処理したが、オレが昨日見つけた1人を含む6人は警察に回収された。昨日、やけにパトカーが多かったのは、まさにこの事件のせいだったのだ。そのせいで、同族たちは、まともに食事ができないでいるそうだ。


ふむ。と、それなりに高いビルの屋上に座り込んで頭を整理する。


もうそろそろ完全に日が沈む。空が青色ではなく、藍色に変わり、遠くに少しだけオレンジ色が見えるようになったので、オレは地面を歩くのをやめた。ビルや民家や電柱を跳び回るほうが速い。


そして黒い服は隠密行動に最適だ。髪も瞳も漆黒なのも、オレのお気に入りポイントだ。ただ、皮膚が白過ぎるので、顔だけは隠せない。さらに人間は、オレの顔を見て、簡単には目を反らせないし忘れない。


オレたちはそういう生き物だ。


そこでオレは、背後に気配を感じて振り向いた。


そこには、赤い眼をギラギラさせて、獲物の首筋を持った奴がこっちを見ていた。ボロボロのマントのようなものを纏ったソイツは、今まさに食事を終えたのか、口元から真っ赤な血を滴らせている。


「なるほど」


これは確かに、なかなかヤバい奴だ。特に、眼がヤバい。ホラー映画でよく見るあの感じだ。


「アンタ、それ止めてくれよ。同族だろ?オレらにはルールがあるよなあ?」


それでもオレは立ち向かわなければならない。なんて考えてる場合じゃなかった。ソイツが突然動いたかと思うと、持っていた死体を無造作に投げた。すごい速さだ。膨よかな女性の死体は、それなりに重いはずだが。


オレはヒョイっと軽々避けた。それくらい当然だ。死体は、オレが立っていた場所を通って、飛んで行った。


しばらくすると、下の通りからガシャアアアンとけたたましい音がした。同時に、車の防犯ブザーが鳴り響く。


下を見ると、思った通りの光景が広がっていた。


「アンタ容赦ねえな。あんまり派手にやられると困るんだよね」


ソイツはなにも言わなかった。なにも言わず、ただ唐突に、オレに向かって突っ込んできた。


「うわあああ」


まるでホラー映画。テレビから出てくる奴みたいな動きで、しかもそれが何倍も速い。


オレはビルのヘリを全力で逃げる。


と見せかけて、途中で後方に大きくジャンプし、相手の背後を取った。そのまま右脚で回し蹴りを放つ。


ガシッと鋭い音がして、ソイツは後ろ手に、オレの足を掴んでいた。


ちょっと驚いた。でもほんの少しだ。次の攻撃のために、空中で身体を捻ろうとした、が、ソイツはオレの脚を掴んだままの変な体勢から、オレを思いっきり投げやがった。


掴まれた右足の膝が変な音がすると同時に吹っ飛び、死体が落ちたのとは反対の路地に投げ出された。


そこそこ高いビルといっても、5階くらいのもので良かったのかもしれないが、オレは辛うじて受け身を取ると、落下の衝撃に備えた。


右脚の膝が変な方向に向いたままなので、着地は無理だと思った。


そんなオレに、さらなる不運が。


落下予定地はどうやら飲食店の裏口にあたるらしい。ビール瓶が詰まったケースが、まさに真下に積まれているではないか。


「あ、死ぬ」


オレは凄まじい破壊音とともに地面にうつ伏せに転がった。


見事にガッシャーンと大量の酒瓶を破壊したのだ。衝撃で、ちょっとだけ意識が飛んだ気がする。


ともかく、ここから動かなければ、さっきのヤツが追いかけて来る。それに派手な音がしたから、誰かが様子を見に来るかも。


地面に掌をついて力を込める。掌にガラスが刺さるが、全身が痛いのであまり気にならない。使える左脚が両手と協力し合って、なんとか立ち上がる。


「ゲホッ」


喉に詰まった何かが口から飛び出した。それは赤黒い塊だった。


一息付いて屋上の方を見上げると、アイツはもういなかった。そのかわりに見上げた顔に、ポツポツと雨が降ってきて、みるみる土砂降りになる。


滴った雨水が足元に真っ赤な水溜りを作っていく。


立ち止まっていたら誰かに見つかる。といってもすでに遅かった。


「止まりなさい!」


止まりなさいと言われても、正直動けないから止まるしかない。


「誰!?」


詰問する声の主は、夜眼がきくオレにはわかった。しかし、向こうからはわからないらしい。


「そこでなにをしているの!?」


警察官が携帯する銃口がこっちを向いている。今撃たれたら避けられる自信がない。


「文香さん」


名前を呼んでみた。思ったより酷いガラガラした声が出た。


「誰?」


少しだけ、声音が柔らかくなった。


「もう忘れたか?」


瀕死の状態で皮肉が言える自分に、なんだかゾッとする。


谷崎文香がこちらにソロソロと近づいて来て、それと共に、銃口が地面に向いかって、最後は彼女の右手に力なくぶら下がった。


「桜庭宵人!?」


やっと当ててもらえた。


「文香さん、ちょっと、助けて」


ヘヘッと笑ったつもりが、ため息みたいな空気が出ただけだった。


谷崎文香はなんとも言えない眼をしてこっちをみていた。もっと何か言うことがあるだろうに。


「わかった。交換条件だ。ゲホッ、ゲホッ…ちょっと助けてくれたら、昨日の死体と、そっちの通りに、転がってる死体のこと説明する…」


話しながらも、雨がオレの血液を奪い、血液が生命力を連れていくのがわかる。


「助けなかったら?」


葛藤しているような声だ。


「んー、なんとかアンタを倒して、逃げようかな」


言い終わると同時に、口からドバッと血が飛び出した。いよいよヤバい。笑える。


谷崎文香は拳銃をホルスターに戻して、こっちへ駆け寄る。着ていたスーツのジャケットをオレにかけると、肩を貸してくれた。女物のジャケットがジャストフィットしそうなのが悔しかった。


谷崎文香はなにも言わず、オレをはんば引きずるように歩いて、怪我人にしてはなかなかの距離で止まり、オレをほったらかしてどこかへ消える。


壁に背中を預けて座りたかったけど、生憎右膝が反対向いたままだ。これでは座れない。


ギャギャギャ、と雨のアスファルトを滑るタイヤの音がして、目の前に一台のセダンが停まる。


「ちょっとできるだけちっちゃくなってて」


そう言い終わるや、谷崎文香はオレを引っ張って、セダンの後部座席に突っ込んだ。そのおかげで、右膝が元の方向を向いた。


「ッッッッッ!!」


声にならない何かが漏れた。情けない。でも本当に痛かった!!


御構い無しに谷崎文香は運転席に乗り込み、ギュルギュルタイヤを滑らして、あくまで法定速度で走り出した。

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