第35話 あいのり難民
睡眠欲に勝てる気がしねえよ
「なあ、みんな将来の夢ってある?」
高橋が休み時間にこんなこと聞いてきた。
俺たちは高校二年生だ。さすがにこの年になると嫌でも将来について考えるようになってしまう。考えなければならなくなってしまう。
嫌なことだ。こんなこと考えるぐらいなら中学生に戻りたいと思ってしまう。
俺には将来の夢などないのだ。全くないんだ。漠然としたものもないんだ。
だから俺と同い年で将来の夢がある奴が不思議でたまらない。
何でそんなものがあるんだ?自分にそう決意させるための特別な出来事でもあったのか?
“私、小さい頃体が弱くてよく入院とかしてたの。それでいつもやさしくしてくれる看護婦さんを見て思ったんだ。・・・あんなふうになりたいって・・・・だから私の夢は看護婦さんですっ!”
みたいなベタなことでもあったのか?
“稼ぎがいいから・職が安定してるから”
こんなクソつまんねえ理由で将来の夢決めてアホみたいに勉強する奴もいるが気が知れない。
ということで俺もみんながどんな夢をもってるか気になる。
「中沢はどうなんだ?」
中沢は我がクラス代表のブス専の男。眼球が腐ってるんじゃないかな。って、マジで俺は思ってる。
「一応あるよ」
「なんですか?」
「言うの恥ずかしいな・・・・俺、青山テルマと結婚したい」
テルマ!!
やべぇ!出たテルマ!
そばにいてほしくない歌手第一位!
「彼女を見た瞬間かつて一度も味わったことのない最大級の衝撃が俺のハートを貫いた!」
だめだこいつ。完全にイっちまってる。
「ここにいるよ。って言ってあげたい」
照れながら言うんじゃねえよ。
「ちゃんとメシ食ってるか聞きたい」
コイツはマジやべぇな。取り返しのつかないことになっちまってる。
「そうなんだ。頑張れよ、テルマもこんなに愛されててうれしいと思うよ」
テキトーに言っとくか。
「気やすくテルマって呼び捨てするなよ!」
怒られたよ。
「田中くんはある?」
田中くんはまともな人だ。ぜひ参考になるようなことを聞きたい。
「僕の将来の夢はね、過疎化の進んでる村に行くことなんだ」
さすが田中くんだ、なんか素敵だ。
「なんで?」
「そこでこけし作りとか和紙作りとか伝統工芸を学ぶんだ。若者が少ないから大事にされそうでしょ?そんでその村一番の美人の娘さんと結婚することになるはずなんだ。村全体が祝福してさ、美人の妻と一緒に伝統工芸作って一生幸せに暮らすんだ」
・・・・なんかすっげえ素敵だ。
でもアホだ。どうしたんだ田中くん!具体的にアホなこと考えすぎだろ!
「肉木は?」
「ハンバーグ」
「そうか、頑張れ」
だめだ、コイツ会話できねえや。
「水野は?」
「俺は将来な〜〜、主夫がいい。年収一千万の女と結婚して頑張って働いてもらう。俺は家事を頑張る」
「働く気ねえのか?」
「ない」
水野はすばらしきダメ人間だな・・・
「でもそんな優秀な女はお前みたいなダメ人間にはひっかからんだろ。そんな女捕まえるためにはお前もそれなりにいい大学行っていい企業入ったりしんといかんやろ」
高橋が冷ややかなツッコミを入れた。
「そーゆーつまんねぇこと言うんじゃねえよ。今はそーゆーこと言うトキじゃねえだろ。空気読めやカスが」
「なんでそんなに野田に言われないかんのだ!しかも今はそーゆーこと言う場だろ!将来について話してんだろ!?」
「はいはい」
・・・・・
まともに将来について考えてる奴なんていなかったな。
安心した、まだ焦らなくていいみたいだ。
しかも素敵な夢ばっかりだったな。
でも俺も負けてねえぜ。
「俺はあいのりに出る。そんで何十年も彼女を作ろうとしないで世界旅行を続ける!いわゆるあいのり難民ってやつになりたいんだ!これで働く必要がなくなるってことだ!あいのりのシステムを逆手に取った完璧な計画だ!パクんなよ!」
どうだ?
「天才だ!」
「その手があったか!」
「グレートだぜ」
「やれやれだぜ」
「貴方が神か・・・!」
さすが俺、高評価じゃないか。承太郎と杖助にも誉められたぞ!
「本当にバカだな。ぜってーにやんねーよ」またこいつは・・・やれやれだぜ。
「そーゆー高橋はどうなんだよ!」
「俺はな、しっかりあるんだよ。学校の先生になって歴史教えたいんだ」
つまんねー!ありえねー!コイツまじめなこと言いやがった!気は確かか?
「俺も学校の先生になりたいぞ!そんで保険体育教えるんだ。公務員という国の力を借りて合法的に小中学生に触りまくるんだ!」
「加藤は黙ってろ!俺の夢を汚すんじゃねええええええ!」
さすが加藤だな。見事にサイテーだ。
せっかくだから楽しい夢を・・・・どうせ叶わないんだから