第31話 殴られたほうがましだ
この話を書かないと先に進めません。めずらしく書くことを決めてから書き始めた話です。
覚悟はできた。
悲しい覚悟だ。
何事にもケジメというのは付けなければならない。
これは避けては通れないことだ。死地に向かっているようなものでも逃げてはならないんだ。
いや、本当は避けることができる事象なのかもしれない。
でも男というのは不器用な生物なんだよ。男は男なりのやり方というものがあるんだ。
全ての男に“逃げる”という選択肢は無い。
俺もその例から漏れる事無く真っ正面から挑むつもりだ。
新しい生き方をするには過去を払拭しなければならない。
悲しい覚悟はできた。
不思議とその地へ向かう足は軽やかだった。
今から死にに行くのに変かと思われるだろうが気持ちのいい緊張感だった。
俺は男・・・いや、漢だ。
部室のドアを開けた。
「お前等と俺の関係にカタをつけにきた」
入り口で奴らに俺の用件を伝えた。
「やっと来たか、野田ァ。とりあえず椅子にすわれやァ」
リーダー格の男、加藤に椅子に座るよう言われた。椅子は俺が来ることがわかっていたかのように部屋の真ん中に置いてあった。
危険だ。
しかしこの空間で俺に拒否権はない。下手したら人権さえないかもしれない。
おとなしく椅子に座った。
「よし、お前等やれっ」
加藤の声で俺の両サイドにいた男が動いた。
二人は手際良く縄で俺を椅子に拘束し、両手を後ろで手錠にかけ、目隠しをした。
「ごくろう、縄師。さがってよいぞ」
加藤の声で二人の男が俺から離れるのがわかった。
縄師?なんだそれは。役職なのか?
「うちの縄師は優秀でねぇ。どうだい?全く動けないだろう?」
加藤が俺に語り掛ける。
うちの?ということは縄師というのは沢山いるのか?縄で縛るのを仕事とする人?どんな変態だ!
それに加藤が言ったとおり身動き一つ取れねえ。
「さあ、準備は整った!これより脱会リンチをはじめる!」
わかっていた。所属してた部活を勝手に辞め、部を創ったのだ(しかも彼女と一緒に)。奴らの怒りは相当だろう。
辞めるためにはしっかりオトシマエをつけ、怒りを沈めなければならない。
「やれよ、どんな罰だって受ける」
ボコボコに殴られたってかまわない。
来いよ。受け切ってやる。
「それなりに覚悟をしてきたようですね。わかりました。蟲師、やりなさい」
すっ
加藤に蟲師と呼ばれた男が俺の前に来たのを感じる。「やあ、今からゲームをしよう。ルールは簡単。僕は今、両手に一つづつあるものを持っている。一つはお菓子のカール。もう一つはカブトムシの幼虫だ」
カブトムシの幼虫!?・・・・・奴が蟲師と呼ばれる所以がわかったぜ。そして今からやろうとしてることも。
「イヤだ!そんなことやりたくない!」
「黙れ!君に拒否権は無い!どうやら僕がやろうとしてるゲームがわかったようだね。そうだ、君は右か左かを選ぶ、そして選んだものを食べてもらう。これを三回続けてやる。三回連続でカールを当てたら君の勝ちだ。確率はそう低くない。簡単なゲームだろ?」
蟲師、なんて恐ろしい男なんだ!
「ほう、カールとカブトムシの幼虫か。見た目もよく似てて見ても区別がつかないな」
加藤は黙ってろ!てか見れば違いなんてわかるだろ!お前の目はどんだけ節穴なんだよ!
「さあ、右か左か言え」
恐すぎる!イヤだ!絶対カブトムシの幼虫なんてイヤだ!
恐すぎる!
「・・・・右だ!」
「右かぁ、口を開けろ」
口を開けようとした瞬間あることに気付いた。
「ちょっと待ってくれ!俺は目隠ししてるんだ、お前はイカサマし放題じゃないか!フェアじゃない!」
「なめるな!僕は蟲師という仕事に誇りを持っている!そんなチンケなことはやらない!そんなこと言うようなら問答無用でカブトムシの幼虫食わせるぞ!」
やはりこいつは恐ろしい男だ。こんなことを仕事と言い、しかも誇りに感じてるなんて・・・とんでもない変態だ。しかし嘘は言ってないように感じた。
「すまない」
「わかればいい。口を開けろ」
次こそ本当に口を開けた。恐くてたまらない恐くてたまらない恐くてたまらない恐くてたまらない!体中から一気に汗が吹き出した。
口に何か入った。
・・・・カールだ!
よかった・・・
「ラッキーだったな。しかしまだ二回残ってる。選べ」
「・・・・もう一度右だ!」
そう言って口を開けた。
・・・・圧倒的な恐怖が俺を襲う。
恐い。呼吸をするのもしんどくなってきた。
口に入ったのは
・・・・カールだ!
「君は運がいいようだね。最後だ。選べ」
心理戦だ。相手は裏をついてくるかもしれない裏の裏かもしれない。
・・・・やっぱ運だ。
「右だ!」
口を開けた。
待つ時間が永遠のように感じる。いや、カブトムシの幼虫を食わされるぐらいなら実際、永遠に続いてほしいとも思う。
口に入ったのは・・・・・・・カールだ!
よかった・・・本当によかった。マジで涙があふれた。
恐かった、恐かった!
「君はすばらしいよ!君の勝ちだ!」
勝った・・・・まだ体中の震えが止まらない。
てか脱会リンチは勝つとか負けるとかじゃないだろ。趣旨変わってんじゃん。
・・・体中の震えが止まらない。
「またやろうな!」
「イヤです!やめてください!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
・・・体中の震えが止まらない。
「さて、次はどうするかな〜」
加藤の声だ。
そうだ!こいつがまだ残っていやがった!
頭んなかお花畑のコイツがまだ手を下してなかった・・・・!
恐怖はまだ続く。
蟲師というマンガから名前だけ使いました。蟲師に失礼すぎる!大好きなマンガなのに!とりあえずあのゲームを気のあう仲間とやってみよう!