出張ってヤツは・・・だいたい突然決まる物ですよね? 39
カナタが語っている為政者の話はあくまでもカナタの考えです。m(__)m
第一章 三五話
語り終えたマルグリット。しかしその思いの全てを吐き出せた様には見えない、堅い表情を崩さず僕の方を真っ直ぐ見据えていた。
「...貴女方の事情は分かりました。お気持ちはお察しします...しかしながら貴女方がした事はどんな大義名分を用いても犯罪です。今すぐ貴女方を帝国に突き出す様な事はしません...が、貴女や計画に関わった人達には責任を取って頂きます」
先程からヴィルヘルムが何かと発言したがっている様子なので音声を繋げる。
「何か言いたい事でもお有りですか?」
急に会話が可能になって若干戸惑った様だがすぐに...
「...色々と言いたい事はあるが殿下が納得されている以上、我が口を出すべき事ではない。だがな、我らが大公領解放を諦める事は無い。絶対にな...」
「ふん、お好きになされば宜しいでしょう。先程も申し上げましたが、こちらに迷惑を掛けず今までの事をきちんと賠償して頂きさえすれば、私は貴女方の事など興味ありません。まあ、僕にも立場が有りますので依頼主に事の顛末は報告します。その後、依頼主がどういった対応を取るかは私の預かり知らぬ事ですが...」
カナタの言葉を聞いたマルグリットは...悲しみを湛えた瞳で押し黙ったままだ。ヴィルヘルムとハンスの前で取り乱さないのは、領主としての矜持と“まだ大公領の解放が完全に潰えた訳では無い”というか細い希望のおかげだろうか...
一方、僕の一層突き放した言葉を聞いたヴィルヘルムとハンスは、自らの不甲斐無さに一言も発す事が出来ないでいる様だ。
実はこの時の僕の心情は...無関心を取り繕った態度とは裏腹に、腹立たしい気持ちで一杯だった。
「大きなお世話だと解った上で一つだけ...マルグリット殿下、貴女に降りかかった醜い悪意がもたらした結果には同情します。しかしながら貴女は、いえ貴女方全員が一つ勘違いされておられるのではないかと思います」
マルグリットはほんの少しだけ険しくなった視線を返して、問い質して来る。
「どの様な事をでしょうか?」
こんな事を言うのは自分らしくないと思いつつ、だが言わずには居られなかった。
「貴女の責任感と慈悲の心には感銘を受けます。しかし領民達は貴女の所有物ではありません」
全員イマイチ意味が飲み込めない顔をしているが無視して話を進める。
「マルグリット殿下。簡単に言えば、貴女は昔日の戦場にて一番大勢の敵を平らげた人間の子孫に過ぎない」
ヴィルヘルムとハンスがまたしても気色ばんだ視線を向けて来たが無視して話す。
「そして...領民達を不幸にしたのは他者の悪意を受けた運命ではありません。それを跳ね退ける力を備えないまま、先達の威光で領民や国を導いて来た為政者の力量不足、そして力不足である自らの主を見抜けず唯々諾々と従っていた領民達自身。この二つが全ての不幸の元です」
僕の言葉を聞いて、マルグリットは戸惑いの表情を浮かべる。それも当然かしれない。恐らく彼女は...さぞ“他者の悪意に晒される自分の運命”を呪って来た事だろう。だが、それは本質的な問題ではない。
世界が善意で出来ていない以上は、力のない為政者に、為政者たる資格は無いのだ。
そして...誤解を恐れずに言えば、多かれ少なかれ、どんな時代でも為政者の大半は大量殺人者本人やその子孫なのだ。
“激烈な悪意に晒される”のが有る意味当たり前であり、それを跳ね退ける力のない者には為政者の資格は無い。
「貴女はきっと優しく慈悲深い方なのでしょう。僕自身はそれらが代え難い美徳だと理解していますし、好ましい資質だと心底思います。ですが...そのような人物が領主となるのは領主と領民の双方にとって不幸です。為政者とは...もっと冷酷で、自分勝手で、ずる賢く、ドライで、合理的で、そして『それを人に悟らせない』...そんな自分を“肯定出来る人物”以外はするべきではありません」
...敢えて必要ないほどの強い否定を彼女に与えた。責任感で雁字搦めになっている彼女には必要だったと思う。
「・・・かっ・・こ・・・ないで・・・」
マルグリットが何か呟いている。
「言いたい事がお有りならもう少し大きな声でお願いします」
「勝手な事を言わないでと言ったのよ!私は10歳で分けも解らず家族を奪われ、親友の命と領民達の運命を背負わされたのよ!でも運命はその後も私に平穏を許さなかった!義父を奪われ、私以上に苦境に晒される者達から助けを求められて、でも私にはどうする事も出来なくて...何度となく全てを放り出して逃げ出したいと思ったわ。でも出来なかった、ねえ教えて!私はどうすれば良かったというの?ねえ...」
...やっと本当の気持ちを吐き出したマルグリットを見てヴィルヘルムもハンスも、呻き声一つ出せずに沈黙している。
「やっと少し本音が聞けましたね。そして甚だ無責任では有りますが私はその答えを持ち合わせていません。敢えて言うなら10歳の時点で全てを放棄する位でしょうか...」
今度はマルグリットも唖然として固まる。
「そんな...無責任な...」
「はは!そもそも僕には責任など有りませんから好きな事を言えるのですよ。だが実際問題としてクーデターは止めた方がいい。貴女が王族だとおっしゃるなら特にです。不幸な領民達を救う為に新たに不幸な領民を生産するなど正に愚の骨頂です。それに...ヴィルヘルムさんでしたね。貴方はマルグリット殿下の側近の中でも一、二を争う凄腕だと思いますが如何です?」
「...そう自負している。」
ヴィルヘルムがしぶしぶ答える。
「彼程の人材でもたまたま現れた何処の誰とも知れない僕に敗れてしまいました。帝国や神聖国に僕以上の人材がいない保証はあるのですか?」
ヴィルヘルムが黙り込んだ。そもそもカナタの存在などヴィルヘルムにとっては正に青天の霹靂だった。
噂すら聞いた事がない(と、本人は思っている。メッテルニヒ子爵との情報交換で出てきた人物とは気付いていない。)カナタが出てきたという事は、新たに同じ様な存在が出て来ないとは限らない。
「それに領地が割譲されて既に八年近くが経過しています。つまり領民に対して統治の責任を負うべきは神聖国であって貴女ではないでしょう。いつまでも全ての領民が貴女達親子を慕って頼ってくれるなどと言うのは思い上がりが過ぎるのでは?」
マルグリットは僕の返答が予想外過ぎたのか声もない。更に僕はたたみかける。
「そうですね。せめて貴女達が領民と共に、割譲された領地に赴いていれば貴女達を仲間だと思ってくれたかもしれません。確かに圧政は重くのしかかっているのでしょうが、また外から来た誰かが戦乱の後に領主になるだけでは、領民は何時までも餌を求めるだけの雛と変わらないでしょうね」
「そんな...じゃあ私達が今までして来た事はいったい何だったの...?」
僕の余りに救いのない物言いに彼女は頭を抱えてしまった。
マズいな...少し言い過ぎてしまったかもしれない...
更新ペース遅くなって申し訳ありません。
リアルタイムが忙しいのと、これからもう少し物語を推敲して書き上げたいと思いますので何卒ご容赦よろしくお願いします。