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自殺日記  作者: Sii
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2017年1月24日の日記



彼女は寝転んでこたつに入りながら、ずっとスマートフォンの画面を見続けている。何を調べているわけでも、誰と連絡をとっているわけでもない。ただ、ひたすらに適当な記事の文字を目で追っているだけだ。画面の上部に友人からメッセージが送られてきた、という通知が出たが彼女はそれを無視した。通知をみたところで何一つ感情のわかないそれは、彼女にとって飲料会社や旅行会社が送ってくる定型文のメッセージとなんら変わりのないものだったからだ。彼女はスマートフォンの電源を切った。何度も地面に落としたせいかプツップツッと変に画面が光ったがやがて暗くなった。


全身を脱力させて目を閉じた。ずっとスマートフォンを持っていた腕の筋肉の強ばりがじんわりと解けていく感覚がして、なんとなく気だるさを感じた。



これで何回目だろうか。

まぶたの裏の暗闇に、プロジェクターで自分の人生をうつした。映像の中の私は人間だった。





私は高校に入学した。頭がよかったので圏内の高校ならどこでも余裕だと言われた。我ながら少し人とズレている中学生だったので、圏内で2番目の校舎が綺麗な高校の見学に行き、トイレが綺麗だという理由でその高校への進学を決めた。(1番目の高校は後者が古いと有名だったので見学にすら行かなかった)

今思えば本当にバカバカしい選び方だったと思う。


進学校だったので、入学前から春休みの宿題をどっさり出された。しかし受験勉強受験勉強と耳にタコができるほど言い聞かせられた身としては少しの間は勉強がしたくなく、結局その宿題は入学式がすぎても提出することが出来なかった。


入学した後も勉強する気が起きなかった。勉強が嫌いな訳では無い。ただ、勉強に必死なクラスメイト達と同じになりたくなかった。1年のうちから有名大学に合格させると意気込む先生に人生を決められたくなかった。私は誰よりも特別な人間だと思っていた。所詮、大勢に紛れるモブキャラクターのひとりのくせに。



目を開けた。


自分の図々しさに吐き気を催した。

好きだの楽しいだのポジティブな感情も、悲しいだの切ないだのネガティブな感情も、何も感じない。ただ、とにかく気持ちが悪かった。


最近、よく嘔吐を繰り返すようになった。何故なのか本当のことはわからないし知る気もないが、私は自分の体が私の存在を不要だと捉え、勝手に死のうとしているような気がした。


喉元まで嘔吐物が込み上げ、急いでトイレへ向かい便器に顔を向けた。昼に食べたものがその形を失い液状となり口から出ていった。




すこし落ち着いて深呼吸をする。脳内ではまた自分の人生を省みていた。



入学して少し経った頃だろうか、別のクラスの男子からイジメにあった。いじめの主犯は同じ中学校出身の友達だと思っていた割と友達の多い男子だった。この時人生で初めて人からの嫌いという感情を感じることを経験した。

私は気が強かったので目の前で悪口を言ってきた男子達に食ってかかった。彼らは自分のクラスに逃げていった。情けない奴らだと思った。私は中途半端に頭がいい奴らは親に弱いと知っていたので、自分の両親に話し校長先生に彼らの親に言ってもらい、直接謝罪させたことでこの件は収まった。


それからはいじめ行為はなかった。ただなんとなくクラスメイトと距離ができたように感じた。自分が人から嫌われる存在だと自覚し、いろんな人が自分の悪口を言っているような気がしてきた。本当に言っていたのかは今ではもうわからないが、あの時はただひたすら怯えていた。クラスメイトが怖かった。



今思えばそれが私の人生の破綻の始まりなのではないかと思う。あの時、人からのネガティブな感情を実感しなければ、今の私は人間として生きていられたのだろうか。内臓をしまう器"ニンゲン"として感情を持たず心臓を動かすことはなかったのだろうか。



もしかしたら、内臓を出してしまえば、ニンゲンではなく人間になれるのではと閃いた。

死ぬ間際なら、私は、人間に戻れるんじゃないか。



台所へ行き、戸棚の扉を開けて包丁を手に持った。隣の部屋ではおばあちゃんが寝ているので、バレないように静かに持ち、自分の部屋にかえった。



改めて包丁を握り直すと、ふと我に返った。


内臓を取り出すなんてやったこともないのにどうやってやるんだーーー


私はそこら辺に置いていたスマートフォンを開き、「内臓 取り出し方 素人」で検索をした。一番上にハタハタのさばき方がでてきて、どんなにスクロールしても魚のさばき方しか出てこなかったので検索ワードに「人間」を追加した。

今度はサバのさばき方がでてきたので、諦めてスマートフォンを切った。充電が13%だったのでスマートフォンを充電器にさした。



こうなったら自己流だ。


どう切って取り出せばいいのかを考えた。魚の場合は腹を切って取り出すのだから、ニンゲンだって同じに違いない。



包丁を腹に当てがった。

これまで何をしても何も感じなかったのに、急に胸が高鳴り始めた。

思い出した、これが、ワクワクするって気持ちだ!!!

ひとつ、人間に近付いたのが嬉しかった!



ぐっと刃物を腹に沈める。プツッと皮膚が途切れる感覚がしたような気がした後に妙な音が聞こえた。ぶわあっと赤黒い血が吹き出す。


この調子だ!!!



一気に下まで刃を押し下げて腹から包丁を抜いた。


意識が朦朧になってきてくらくらする。ここで気を失ってしまってはもったいない!折角人間に戻れるのに!


手で切り目を開いてみるどす黒い液体が吹き出し、何が何だかわからない。ただとにかく、ニンゲンをやめるためには、これを出さなければならない!


私は必死で腹の中のものを外に掻き出した。私がニンゲンじゃなくなっていくのがたまらなく嬉しかった。そうか、これが嬉しいという気持ちか!

やっと人間になれる!やっと人間に戻れる!おかえりなさい!人間の私!



全ての臓器を出し終わった。とても体が軽い!これが新しい人生だ!嬉しい!


とりあえずはやく片付けなきゃお母さんに怒られちゃう、と散らばった臓器をかき集めている時に気づいた。左手に持っている心臓がなぜかまだ動いている。どうして?私は死んだのに。




目の前が真っ暗になった。





女は目覚めた。全部、夢だったのだ。彼女はニンゲンをやめられなかった。


女は深いため息をついた。再び手に入れたはずのわくわくと嬉しいは、目が覚めるとそこにはなかった。夢なのだから実在しないのは当然なのだけれど。




しかし彼女の過去は夢ではない。



自殺はまだまだ続いていく。



いつになったら死ねるのだろう?





自殺する人の中には今の自分と変わりたいから死ぬ人もたくさんいるのだと私は思う。言わばアプリゲームのリセマラ。つまり自殺はアプリ削除。今度はいいのが引けるといいね。あなたもわたしも。チュートリアルは手短にお願いします。

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