軽い運動
イルミタニアにも季節はある。
灼熱の夏や極冠の冬というようなものではなく、季節は緩やかに移り変わり、冬は寒くはあるが豪雪にはならず、夏は暑くはあるがそれなりである。
「なかなか、筋がいい! 」
金属と金属がぶつかる音が響き、二人の男が剣を合わせている。
「くっ、思うようにいかねぇもんだな! 」
言うなりバンドーは鍔迫り合いを演じた相手を蹴とばし離れる。
「おっと、これは……」
蹴とばされて後方に退いた男はサムニウム族のオンゴロであった。本来、彼こそ王国に捕らわれてもおかしくない身なのだが、身分を偽って今ではバンドー邸の食客となっている。無論、そんな勝手な事は通らないので、一応カタリナに許可はもらっている。
「ちょうどよかったです~、サムニウムに伝手があるのなら先々、役に立つ事でしょう~」
嫌な予感しかしないが、カタリナはそう言っていた。
「申し訳ないが、使わせていただく! 」
オンゴロは慌てず態勢を立て直し、上段から二連撃、
「……『双撃』! 」
バンドーは、基本的には武技を使えない。魔力持ちではなかったから発動に魔力が必要な技を習得する事が出来なかったのだ。まあ、事実は違うのだが。
「くっ、『硬化』! 『飛足月華』! 」
カウンター気味に飛足で下から潜り込み、膝を浮かせて蹴り上げながら半回転、今度は手持ちの両手剣『血濡れのテュルフィング』をオンゴロに向かって斜めに振り下ろした。
ガキン!と音がする。左腕の外側にさらに剣を添えて受けきったオンゴロは満足げにうなずいた
「いいでしょう、ここまでにしませんか? 」
バンドーは肩で息をしている。
「バンドーさん、おつかれさまです~」
カスミがタオルを持ってきて、代わりに両手剣『血濡れのテュルフィング』を受け取ると納屋の方に駆けて行く。手慣れたようにみえるが、何処か危うい。
(さて、どうするか)
バンドーは一息つき、青空を眺めながら考えに及ぶ。サムニウム族のオンゴロからは、次のように言われていた。
「助けて欲しい」
カンタナ高原で部族の秘宝『ゴルツの鏡』が割れ、イルミダ姫を失ったサムニウム族は四分五烈してしまったらしい。サムニウムの主要部族サカエ・ハルハ・モーラータ・ガルツケルプ・クズリュウは統制を失い、悲惨な状況にあるとか。
中でも、魔法スキルを得た者達への差別がひどく、部族ではなくサムニウムの教えを守った者と破った者に分かれて相争っているらしい。
最初、オンゴロは姿を現わすなりイルミダに跪き彼女に帰還を乞うたのだが、すげなく断られた。
「嫌よ、祭り上げられるのはまっぴら御免だわ。あなた達で何とかしなさい。それに第一、魔法を覚えた私が部族に戻って、部族がまとまるかしら? 」
それはオンゴロにも正直判らなかった。ただ、イルミダは類まれなる統率力を持っている、すくなくともオンゴロはそう信じていた。
「それに、今の私はバンドー様に仕える身。勝手な事は出来ないわ」
ならばとオンゴロはバンドーに、にじり寄ってきたわけである。
「めんどくせぇ! 」
思わず言ってしまったが、オンゴロはあきらめる事なくバンドー邸に居つき、今に至っている。
「姫、マキホ様の事もあります」
イルミダが唯一、動揺をみせたのは、オンゴロからその名前を出された時だった。5歳年下の妹であるマキホが惣領を継ぐことになる。
「……そう、仕方ないわね」
イルミダに両親はいない。そもそもいるのなら、戦争指揮の真似事などせずに済んでいただろう。
夜、イルミダはバンドーの部屋を訪ねる。
「どうした? 」
「わたし、どうしたらいいか判らないの……」
妹の事は心配だ、けれど部族が相争っている中に魔法スキル持ちの自分が出かけてどうなるだろう。ましてや今はバンドーに依存している。
「ふーん」
バンドーの反応は冷たい。
イルミダにしても、助けてくれとは言えない。そもそも敵同士だったのだ、イルミダはデスパレスの封印を目的として戦った。けれど言わずにはいられない。
「助けて……」
そのまま、ベッドに腰かけるバンドーに抱きつくとしなだれかかっていく。顔と顔が近付き、イルミダはバンドーの首筋に顔を埋めた。
「守ってやるよ……だから、」
泣かなくていいと続けようとしたのだが、そこでイルミダに唇を奪われ言葉は出ない。
バンドーは体を入れ替え、顔を放すと下になったイルミダの顔を見る。
「泣かなくていい」




