レイの記憶
アーハイト・アーハイト、アーハイト。
それが指す意味は彼にとって忘れがたい。何者にも換えがたい。
”稀代の道化師”というスキルを得た時から彼は悲しみを置き去りにしてしまったかのように研究に没頭した。人としてのレイは死んだのかと、自問自答した事もある。幾度となく。
あれは何年前だったか、迷宮『デスパレス』の奥深く、今も最深度記録に残る深部75階層。
そこは黒と光に彩られた別世界だった。
戦士エナ・ゼノア
稀代の魔術師レイ
双子の巫女アルミリアとアーハイト
この4人パーティが辿り着いた先、そこに広がる『デスパレス』75階層は天井も壁も磨き上げられた黒曜石に覆われ、唯一存在する建物はこれも黒光りのする三角錐。そしてそれを囲む深い谷とそこにかかる一本の道。
三角錐の建物の頭上とがった先には赤黒い珠があり、時折り強烈な光を発している。
ここが迷宮の行きつく先であろうか。ようやく『デスパレス』の終点に辿り着いたのかと、パーティメンバーの誰もが思い浮かべた、その時。
4人は無理矢理、迎え入れられた。谷にかかる道の先を見た瞬間、道程が圧縮されたかと思うと建物の中に引き込まれたのである。
引き込まれると同時に4人は転移させられていた。淡い光が充満する一室に。
「ようこそ、ご客人!」
声の主は濃い碧色のショールカラーカーディガンを纏い、黒光りのする皮ズボンを身に付けた青年だった。髪は灰色と黒が混ざり短め、知的な瞳に整った顔立ちではあるが、何処か東洋人を思わせるのは肌の色か。ここがダンジョン奥深くであるにもかかわらず、小麦色の肌をしている。つま先は90度に開かれており、やがて片腕が胸に当てられた。
「さて、誰を所望しようか」
その言葉に4人は臨戦態勢をとるが、青年が片手をあげると同時にパーティ人数分の豪華なソファがそれぞれの背後に用意され、後ろから押すようにして無理矢理、席につかされた。
「まあ待ちたまえ、時間は惜しくない。ここは私の安全地帯、これより先は我が棲み処となる。」
「あ、あなたは誰? 何者? 」
最初に声を発したのは双子の巫女の一人、アルミリア・プリム・アーハイト。レイの許嫁でもある彼女は魔力支援系クラスを修めている巫女。バックアップ補正の強い職業ではあったが性格は勝気そのもの。
「ふっ、はっはっはっはっ! 」
彼女の声を聞くなり青年は額に片手をあてて高笑いした。
「いや、これは失礼。久しく来訪者がなかったもので、礼を忘れていたようだね。私はそう、ヴァルケラススともヴァラケルススとも呼ばれているな。まあ、……」
「……魔神」
つぶやいたのはもう一人の巫女、名はアーハイト・プリム・アーハイトという。姓と名が同じなのはアーハイトの家系では珍しい事ではない。
「まあ、卒業スキル持ちと言えば判りやすいか? 」
「レイ?! 」
アルミリアがレイを振り返る、
「魔力分解・魔力組成・魔力融合、揃ってる…」
「理解が早くて助かる、とは言え私も万能ではない。でなければここに閉じ籠もってなどいないからね」
一方的に、魔神は語り続けた。聞いていてもいなくても関係ないかのように。今まで、語るものがいなかった裏返しなのか。はたまた、何かを示唆しているのか。
「サードステージ”シャンドラ”はつまらないところだよ。あれに近づくにつれ、生物は生存権スキルを失っていく。肉体への執着も、快感も。私は偉大なる先達に向いてないんだね、きっと。”イルミタニア”に帰ってきてしまったのだから」
魔神は立ち上がると、ゆっくりと4人の方に近付いてくる。
「ところが、いったんシャンドラに上がった私には普通の男女関係ができなくなってしまったのさ。あちらは意志の力でなんでもできるからね。肉体も、ほぼいらない……」
立ち止まり、4人を見回した末にレイで視線を止める。
「ふむ、君は”深淵を探求する者”持ちなんだね、なるほど。ではチャンスを与えよう、なに簡単な質問だ。判らなければヒントを与えてもいい……」
その言葉はレイに向けられている。メンバーの視線も自然、レイに向けられる。チャンス? チャンスとはいったい何のチャンスなのか。
「魔力とは? 」
極めて簡単な質問だった。言葉がさらに続くのかと思い、思わずレイが答えるのをためらうくらいに。
「このイルミタニアにおいて魔力とは何だと思う? 」
この問いへの答えは恐らくパーティメンバーの運命に関わる。無条件で、そう思える。考えろ、魔神は何故この問いを発した?
レイの思考は目まぐるしく動く。話の流れを思い出し、遡る。レイのスキルは”深淵を探求する者”これはイルミタニアの成り立ちに興味を示し、研究を尽くしたものにまれに与えられる。そこには鑑定スキルも含まれるが故に、魔神の保有スキルを看破もした。
魔力分解・魔力組成・魔力融合。これら3つのスキルは卒業スキルと呼ばれ、常人には持てない。何故なら、持った人間はさらにステージを上げて上の世界にいくからと言われている。
「……魔力とは、意志による力の発現であり、イルミタニア固有のエネルギーだ」
魔神の口角が上がる。
「半分正解ではあるが、弱いな。それでは約束通り、ヒントを与えよう」
そう言うなり魔神はアルミリアに近づく、止めようとしても身体が動かない。アルミリアの顔に下から手を当て、そして消し去った、文字通り塵となって消えた。
「な……んだと? 」
「お前は、何だぁ?! 」
動いたのはエナであった。戦闘スキル物理反抗発動、白色に輝いた両手剣からの上段攻撃が魔神に吸い込まれる。
吸い込まれて、両手剣は半分が消えた。
「素晴らしい! これもヒントになるぞ? 」
一同、次の行動に移る事も出来ない。
「だが、報いは受けねばな」
魔神はいうなり、となりのアーハイト・プリム・アーハイトの傍らによる。
「やめろ! やめてくれ! 」
アーハイトの、アルミリアと同じく形の良いあごに手を触れる。
「いや…、」
震えが伝わってくる。
「ふっ、安心するがよい。後で使ってやる」
今度はアーハイトが塵となって崩れ去ると消えた。
今際の際の言葉を言う暇もなく。
もう二人しかいない。
「答えられんか? 最愛のものを失ってもスキルの発現もないようだしな……」
怒りと恐怖と絶望が入り混じるとは、この事か。レイも、エナも抗う術を思いつかない。
当の魔神は、小首を傾げると小さく息を吐きだした。
「正解は、……全てだ! 」
なんだそれは?
「このイルミタニアに存在するもの全てが魔力でできている」
なんだと?
「故に、魔力とは、この世界全てを指す」
エナが、腰が抜けたように後ろに座り込んだ。レイも大きく口を開けたまま、しゃべる術を知らない。
「であればこそ、卒業スキルを揃えれば、このような事もできる」
魔神の右手が複雑な円文様を描き切った後、上に掲げられる。左手がそれを支えるように更に上下に振るわれると、何かが形作られていく。
「ば、かな……」
魔神が目の前に形作ったものは、先に消されたアルミリアだった。寸分違う事もなく、それを現出させると掲げていた右手をはらう。
「くく、余興よ」
現れたアルミリアであったが、何か言葉を発しようとした瞬間に二つに分けられらた。裂かれたのではない、分裂した。二人になったそれはアルミリアとアーハイトのようであったが、両方アルミリアであった。
「まあ、これでは芸がないか? 」
さらに、片方のアルミリアの髪の毛の色が薄赤く染まる。
「これで見わけも付こうというもの、さて」
まだいたのかと、いうような目でにらまれたエナとレイであったが、一体何をしろというのか。
「お前達は不合格だが、半分正解であった事だし地上に帰るがよい、駄賃だ」
魔神は指から指輪を抜くと、後ろに倒れ込んでいるエナに放ってよこす。
「もらい受けたものには見返りを返さんとな」
転移魔法が発動し、視界がゆがむ。
「精進せよ、そして……」
魔神が何か言っているが、最後の方を聞き取る事は出来なかった。
そして二人は地上に返された。




