幕間のネタバレを兼ねた余話
ヒストニア王国、王都ハイナスケイン。王宮ハイナスパレスの一室に、カタリナは実体化していた。
そこは彼女のプライベートの部屋で、数々の書棚とそれに詰め込まれた書物。執務机の端の方にも本が積み上げられていた。
窓には紫色に白枠のビロードだろうか? カーテンが掛けられていて、窓を覆っている。
そもそもここは、覗こうにも3階なのだが。
そして、部屋には入り口が無い。必要ないのだ、カタリナにとっては。
「疲れましたわ・・」
執務机に添えられた木製のアームチェアに身を沈めながら、そうつぶやくと、机の上に視線をやる。そこには紙片が置かれていて、青いインクで”魔力分解”と書かれており、二重に下線が引かれてある。
「・・どうしましょうかしら・・」
カタリナの人差し指が、”魔力分解”の文字をなぞる。
「まったく、わしの玩具に手を出しおって」
カタリナは指を止め、声の方に振り向かずに、わずかに微笑みを浮かべた。
「せーんせ、陛下の方は、もうよろしいのですか~? 」
「自分でやっておいて、よく言うのう、まったく。ドッガーズの奴はお主に任せておるの一点張りじゃ! 」
「あらあら」
この部屋に入って来ることができるのは、カタリナを除けばレイだけかもしれない。
ゲート魔法禁止の王宮内である。空間転移魔法なくして、扉の無い部屋に入る事は出来ない。
「気付いておったか」
レイの視線の先は、カタリナの執務机の上に置かれた紙片で止まっている。
「『魔力分解』は~、普通の人には持てませんよ? 余程の修練を積み、才能に恵まれた魔法使いでないと持てません~。そもそも~、このイルミタニアを卒業する鍵の一つなのですからね? 」
「判っておる」
だが、バンドーは6歳の時から『魔力分解』が発現している。それも恐らく、修練も無しに。
「スキル習得には~、複数の条件があります~。それも後天的に得られるスキルであるのならば、尚更です」
そもそもバンドーには魔力が無かった。いや、あったのかもしれないが、『魔力分解』に消されて修練どころではなかったはずだ。
「彼のスキルは~、ですから中途半端なのですね? まだ完全に『魔力分解』をものにはしていないのです~。今まで私は『魔力分解』の発動条件を調べてきました~。彼のケースは、条件を探るために非常に都合がよいのです! 恐らく複数の条件があって~、スキルを完全に得る事ができるのでしょう~」
レイは首を何度も振る。ため息すらつく。
「おぬしの、その研究熱心なところはわしも見習わねばならんの。確かに、わしが知っておる『魔力分解』は、バンドーのそれとは違う。もっと、・・」
最後まで言葉を紡ぐことなく、遠くをみるように視線を彷徨わせる。
しばしの沈黙が二人の間を漂うが、やがてカタリナは、今回の顛末をレイに報告した。
ハーフポート家の私兵を使ってバンドーを試した事、バンドーを騎士に任命した事、ガウガメラの剣を渡した事。隠す風もなく、全てを話した。
「例え、『魔力分解』の保持者だとしても~、王国に仇名す存在であるのならば~殺しちゃってたでしょう。けれど~」
「むっ? 」
「バンドーは、よい子でした! 私には判ります~、ちょっと優柔不断ですが! 」
「だがの、今後のスキル伸長次第では、手が付けられんことになるかもしれぬ」
だから手元に置いておきたかったのだと、レイは言う。彼とて、『深淵を探求する者』以上に優先されるものがある。
「レイさま~? 」
カタリナは用意していた任命書を渡す。言わずもがな、デスパレス冒険者ギルドのギルドマスター再任手続きであった。
「それで、バンドーに何をさせるつもりじゃ? 」
「取りあえず~、国境が安定しているうちにサムニウムの残りを、御片付けしてもらいます~」
やり方は任せるつもりだと、カタリナは付け加えた。任せるに足る判断力が彼にはあるからと。
「やり過ぎるなよ? アレは暴走すると手が付けられんようになる」
レイは片腕を振るうと空間転移魔法を発動させる。
「はい~、私は外交のお仕事がありますから、しばらくはいじりませんよ? 」
カタリナもまた、片手で半円形の魔方陣を編み始め、空間転移魔法の準備に入った。
閉じられた部屋の中には、誰もいなくなるのであった。




