不意打ち
季節は巡りつつある。ここネクストステージ・イルミタニアにおいても。
少々肌寒いながら、バンドーは早朝、庭先で井戸水を身体に浴びる。他の連中はどうしたろうか?
いまだ応接室で夢の中かもしれない。
(きっついね)
思いながら、尚もバケツで地下水を汲み上げると、頭からかぶる。上半身は裸、季節は肌寒くなりつつある。
ふと、背後に人の気配を感じて動きを止めた。
「・・ティアか? 」
答えはない。だが、その推測は的を得ていた。
再び、頭から水をかぶり、ひとしきり上半身をふるい立たせると振り返る。
「よお・・」
ティアは答えない。ふっと視線を何処かにやり、バンドーの方を見ずに言葉を紡ぐ。
「静かね・・」
「そうか? 」
10年以上前から、ティアとは付き合いがある。だけれども、ここ最近は彼女を間近に見た事が少なかったかもしれない。けれども気にする風もなく、バンドーは声を掛けた。
「こんな早くからどうした? 」
「別に・・、ただケイン君を見かけたから・・。」
庭先の小鳥の声も意味を成さない。何となれば、何を問いかければいいのか迷う二人にとって、周辺の音は雑音に過ぎない。
「ねえ・・」
「おう? 」
古い腐れ縁だけに、当たり前の問いかけでは物足りない事もある。だと言うのに、いったん離れてしまえば、言葉につまづく。例えば、親しいからこそ自由行動を許したというのに。
「『星屑の光』、いつのまにか連隊に昇格してんのな。お山から、新規増えたのか? 」
「アンの下の娘達が何人か入ったわ。アリとかミーシアとか。」
そう言えば、アルシャンドラとやり会った時に何人か知った顔を見たなと、バンドーは思い出しながら上半身を布で拭く。
「あなたには感謝してるのよ。ゼノ式を捨てた私に・・ 」
不意にティアは、言葉を止めた。
「ん? 」
バンドーも首をかしげる。
気配感知に引っかかるものがある。
「また、話しましょ。ギルドハウスででも」
念押しはしないが、ティアの瞳が、そう言っている。うなづくバンドーに視線をやりながら、片手を軽く振って、屋敷の方に姿を消した。
「邪魔しちゃったわね‥? 」
いつの間に近くに来たのか、カタリナ姫が側にいた。
相変わらずのピンクのフリル付きドレス。口元を隠す孔雀色の扇、かたや上半身裸のバンドーである。
似つかわしくない事、この上ない。
バンドーは気持ちを切り替え、昨夜から、調子を狂わされっぱなしの、この闖入者に備えて精神を切り替える。
「そう、構えなくていいですよ~? 」
このほわほわ感の裏側には、緻密な計算が隠れ潜んでいる気がしてならない。でなければ、王国副宰相の地位にいられる訳もないのだし。
「ふふ~、冒険者バンドー、昨夜は私、ちょっとふわふわしてて、言い忘れた事があるのです~」
なんだ? 悪い予感しかしない。だが、カタリナ姫が、そう言った瞬間、バンドーは全身の筋肉を臨戦状態においた。
(なんだよ、これ?! )
カタリナ姫が扇を口元から放し、バンドーの方に向けている。それ以外は、特に見た目の違和感は感じられない。けれども。
(・・逆らえねぇ?! )
「さすがですねぇ。ますます、お気にになっちゃいました~。」
こいつは一体、何を言ってるんだ? 殺気ではない。これは何だ?
「冒険者、バンドー。ここに跪きなさい。」
バンドーはほんの一瞬、逡巡するが、次の瞬間にはカタリナ姫の前で片膝をついて、恭順の意を示していた。誰に教わったのでもない。騎士のたしなみというか、昔の記憶。
「よろしいですか~? 」
カタリナ姫は、持ち上げた扇をやおらバンドーの肩に置く。
「ヒストニア王国、カタリナ・マリア・バルヴィオーネの名において任命する。汝ケイン・ジューダス・コモロを王国騎士に任ず。汝、それに報いて謙虚たれ誠実に報いて礼節を守り我が王族を裏切る事なく忠誠を誓うべし。弱者には常に報い強者には常に勇ましく当たるべし。己の品位を高め気取らず、王国臣民の敵を討つ刃と成り、民を守る盾となるべし。汝、その誓いを忘るるべからず。いわんをや? 」
悟った。全身を雷で撃たれたごとく、理解する。
(王国騎士誓いの儀じゃねーか? )
昔、このような情景を聞いた事があるような気がする。それは転生前のケインの記憶かもしれない。
「あなたの事は調べましたよ? バンドー」
身じろぎせずに固まっているバンドーをほぐすように、カタリナ姫はたたみかける。
「ケイン・ジューダス・コモロ、ジューダス領ガウガメラ卿の一子にして嫡男。」
バンドーとカタリナの視線が交錯する。
「幼少時より、魔法を受け付けぬ身体を持ち、神聖神殿から異端認定。」
バンドーは静かに目を閉じた。唇をかみしめる。自然とあごがさがる。
「それを逃れてエナ・アーハイト・ゼノアのもと、ゼノ式『月下桃華の峰』にて修行すること10年、12歳にして免許皆伝の腕を持ちながら、魔力皆無の為に据え置かれ、神聖神殿との争いに・・」
そこまで言って、カタリナは言葉を止めた。バンドーの様子が落ち着いたように見えたからでもある。
本当にそうだろうか?
「受けるよ、・・」
バンドーは自らの肩に置かれた扇に手をやると、口元に持っていき、口付けをする。
他に誰もいない、バンドー邸の庭先で、騎士叙勲の儀式はしめやかに行われた。




