来世に祝福を。それとも前世がお望みかしら?
ナカジマの身体が青白い炎に包まれ、やがて引く。害意のあるものではない。
(・・これは? 解毒? )
「てやぁ! 」
同時に黒い塊がナカジマの横を過ぎると、アルシャンドラに二重に蹴りを入れて後退させる。
「お前は、『星屑の光』の?」
アン・ラスティ。通称”黒猫のアン”と呼ばれているパーティ『星屑の光』所属の格闘士。
「へっへぇ。ゼノ式は効くんね。」
右の親指で鼻をこすり、舌をぺろりと出す少女は、そう言うとナカジマを左手で制した。束ねられた黒髪が揺れる。
背後から、リーダーであるティアの声がする。
「ナカジマさん、立って! バンドー? 指揮を取って。」
当たり前のように指揮を委ねられたバンドーは、臆する事も無い。
「アンの隊は、あの女を足止めしてくれ。後で俺も行く。」
聞くなりアン・ラスティは配下の3人に指示を飛ばす。いずれも普段は『星屑の光』で前衛を務める面々で、ゼノ式を中伝以上習得している。そして、今回の為にティアから魔道具を委ねられていた。
効果は魅了無効。
「ティアとヒミカは救急。『音速』の再編成を頼む。」
ティアが大回復を唱え始め、ヒミカもそれに続く。
「ジーン? 」
「何? バンドー。 」
ジーン・ケニスティ。『星屑の光』有数の魔法使いであり、デスパレス魔法ギルド長リーインシャ・コーネリアスの愛弟子。リーインシャと同じく薄緑色の髪を持つハイエルフにして、未だ17歳。そのアルト・ボイスにやられた男は数知れず、彼女が何故ティアの下におり、『星屑の光』のメンバーに名を連ねているのか、疑問視する声もあるのだが、その辺の事情は、今は置く。
「ジーンの隊は、おかしくなってるギルメンに対処してほしい。ミリア? 」
「今回だけだからね? 」
応えたのは切れ長の瞳に赤と黒の特徴的な衣装を纏った少女。背中には深紅の羽根が見える。
「生意気言うな。戻すぞ? ミリアはおかしくなった奴らの術を解け。できるか? 」
「もう! 」
それは、少し成長したミリアマリア。人の年齢として見るならば16~7歳程度に見える。
「アルを抑えといてくれるなら、やれるわ。」
「頼む。」
指示は以上だ。取りあえず、押し込まれた戦況を立て直す。『音速』を再起動させ、混乱を招いた、行方不明者だったはずのギルメンを正気に戻す。そのうえで、今回の元凶である者を封じ込める。
バンドーの頭の中で、優先順位は確定している。自らは、その順番で弱い所を補佐していけばいい。
「的確な指示だな・・。」
麻痺毒をティアに解毒してもらい、体力回復の大回復をその身に受けながら、ナカジマがつぶやく。
「知りませんでした? バンドーは『戦略眼』スキル持ちなんですよ。」
「知らなかったな・・。」
かつてティアがサムニウム族襲来時に、奇襲の為のゲートのマークをギルドから依頼され、バンドーに相談した事は記憶に新しい。バンドーが『戦略眼』スキルを習得したきっかけは、『月下桃華の峰』修行時に起こったある出来事がきっかけ。
それはティアにとってはつらい記憶でもある。
「何だ?! 何なんだ、お前達は?! 」
アルシャンドラは混乱の極にあった。希少種ヴァンパイア・サキュバスは魔法障壁により、魔法攻撃は無効。成体ともなれば、物理攻撃も無効になる。獲物から魔力を吸い取り、その体内に蓄えれば蓄えるほど成熟していくのだ。アルシャンドラは既にして成体であり、このまま成長を続ければ完全体となるのも時間の問題であった。
「くっ! 」
デスパレス迷宮奥深くに棲み、その能力はゴールドクラスの冒険者ですら歯牙にもかけない筈であった。事実、順調だったのだ。今日、この日までは。
「アリ? もう少し引いて。」
突っ込み過ぎている小隊メンバーに注意を促しつつ、アン・ラスティはゼノ式『破邪の掌底』を放つ。バンドーと違い、その攻撃には魔力も乗っていて、より遠距離からの攻撃も可能だ。
ただし、魔法攻撃は効かないが。
体感で半分程度か。
「油断はしないわ。」
気も込めるゼノ式の攻撃だからこそ、アルシャンドラに動揺を与える事もできる。ただし、バンドーから命じられているのは足止め。その意味は充分に承知している。
「又?! 」
叫んだのはアルシャンドラである。彼女には判る。今この瞬間に、彼女の可愛い子猫が呪縛から解き放たれたのだ。
その原因は、ミリアが解呪したからなのだが、そこまでは把握できない。
「おのれ~、ヘルミット!! 」
神殿の奥の床下が開くと、メイド服姿の黒髪の少女が現れた。
「お呼びですか、ご主人様? 」
「この者たちは、細切れにして構わないわ! やりなさい! 」
普段、アルシャンドラの身の回りの世話をしている、この少女がなぜ今まで戦いに参加しなかったのか。
それは、一度戦闘に加わると、敵対する相手をぐちゃぐちゃにしてしまうためであった。
相手が肉片に返るまで攻撃が止まらない、その性格は、相手から魔力を得る事を目的とするアルシャンドラには不都合。彼女の美的センスにも似つかわしくない。
それ故、普段は身の回りの世話に止めていた。
だが、この状況。アルシャンドラにとっての、この訳の分からない忌々しい状況を打破する為ならば。
「・・戦って、よろしいのですね? 」
「お前の、好きにしなさい! 」
ヘルミットはわずかに微笑み、両手の平を上に向ける。そこから、伽羅に似た香りが周囲に立ち込め始めた。
「・・いい、におい。・・えっ? 」
ヘルミットの手には、いつの間にか両端に両刃が付いた細長い槍が持たれている。それが一閃するなり、ゼノ式格闘士の一角が崩れる。
アリ・ヘルシオン。アン小隊の4人の一人。ゼノ式の使い手である彼女の左腕がずり落ちたにもかかわらず、彼女はそれを自覚していない。
痛覚が麻痺していた。
それはヘルミットの身体から発散される伽羅に似た香りが原因であり、いつ切られたのかさえ本人には自覚できない。
「嫌ぁぁぁー?! 」
本来なら、その悲鳴が発せられるのはもっと早くだったろう。続けて、右足に何かが触れたのを感じた時、彼女はバランスを崩して倒れ込む。
一瞬を置いて、切られた事を身体が初めて自覚したかのように血しぶきがほとばしる。
ヘルミットは手に持つ両端両刃の得物を背に回すと、にこやかに笑うのであった。
「来世に祝福を。それとも前世がお望みかしら? 」




