マユミ
師走でリアルでも忘年会と飲みが入って、更新が滞っていました。すいません。
鳥がこつこつと窓を叩いていた。朝だ、バンドーが半身を起こすと鳥は鳴き声をあげながら飛び立っていった。
(っ・・、ここは? )
薄暗い室内、自分が今何処にいるのか一瞬、迷う。
(・・そうだ、あれからティアの”星屑の光”のゲストハウスに移ったんだっけ? )
自分はどうやらベッドの上で寝てはいるようだが、となりに何故かカトルがいる。そして足元、膝の上にはカスミが丸くなって眠ったいた。
(こいつ・・。)
バンドーは、眠っているカスミの髪の毛を軽くなでる。
「・・お母さん・・? 」
(お母さんか・・。)
バンドーはカスミの身体から足を抜くと、ベッドの下に転がっていたサンダルを履く。音を立てないように扉を抜け、木造の階段を静かに降りると1階の食堂に向かう。
「何処だっけ・・? 」
食堂の奥の台所らしき所に確か、水飲み場があった気がする。
ティアのパーティ、まあパーティというには大人数になってしまい、今は半分、連隊化しているらしいが、『星屑の光』のゲストハウスには過去1度位しかお邪魔した事が無い。
理由は『星屑の光』が女性オンリーだから、近付かないようにしていたのだが。
(まさか、ここで泥酔してベッドで寝る羽目になるとは、情けねぇ。)
「あら、起きたのね・・。」
水飲み場で喉を潤していると、ティアの声がした。上から下までつながっている肌着姿だが、生憎薄暗い。
「よお、ティア。後でいいからよ、本山へのゲート開いてもらってもいいかな? 」
ティアが片手を頭にやり、髪の毛に手を通しながら右目をしかめる。
「”月下桃華の峰”に? 珍しい事もあるのね。あれほど、戻りたくないと言っていたケイン君が。どういう風の吹きまわしかしら? 」
「・・ちょっと、母上に会ってくる。」
一瞬、沈黙が場を支配する。ティアは頭に当てていた手を下ろし、バンドーに近寄ると耳元でささやいた。
「判ったわ。準備ができたら言ってちょうだい。・・でも、私は行かないわよ? 」
「ひとりで行って来るよ。帰りは・・、まあ何とかなるだろ・・? 」
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”月下桃華の峰”、言わずと知れたゼノ式の総本山であり、今も200人ほどの門弟がゼノ式の修行に勤しんでいるはずだ。バンドーは陽が高くなるとティアに開いてもらったゲートで移動し、本山の山道を駆け上がる。程なく目印となる鐘楼が見えてきて、その奥にある大門に至る。大門前を警固する修行者に、懐から取り出したヒナゲシを象った銅細工を見せると問題なく抜ける事が出来た。
ちなみに大門前の鐘楼は、ゼノ式の創始者エナの妻であったアーハイトを偲んで建てられたものだとか。ヒナゲシはゼノ式の紋章で、創始時に王から頂いたものと聞いている。
修行場である『愛染堂』や『御影堂』、『孔雀堂』は素通りして、本殿に入ると大声で人を呼ぶ。
「よお! 珍しいな。じじいに会いにきたのか? 」
出てきたのは2メートルはある長身の男、鈴懸と呼ばれる上下のつながった白い服に、胸には結袈裟と呼ばれる金と黒の文様。
「お久しぶりです、師兄アサジ。 ちょっと、母上の顔を見に来たんだ。」
バンドーにアサジと呼ばれた男。本名をアッサジ・エルノワクと言う。バンドーと同じくゼノ式の免許皆伝持ちで34歳。バンドーよりも早く皆伝に至ったので兄弟子と呼ぶのが正しいのかもしれないが、歳が離れているのとバンドーが皆伝に至るまでに教えを乞うた期間が長かったので、あえて師兄と呼んでいる。
「ほうほう、暴れん坊小僧のケインも母上が恋しいと見える。マユミ殿は奥の院にいるな。」
「ありがとう師兄。」
揶揄された事にあえて反応せず、素直に礼を言うとサンダルを脱いで揃えて置き、バンドーは本殿に上がり込んだ。奥の院まではつながっているので、そのまま行ける。
「ケイン?! 後でエナ様にも、きちんと挨拶するのだぞ?! 」
「判ってるよ! 」
小走りに本殿の薄暗い通路を歩む。ここには、修行者以外に未亡人も多くかくまわれている。エナは女癖が悪いなどと、レイに揶揄される所以であるが、実際は違う。戦災孤児を引き取って、その面倒を見させているのだ。大勢のお母さんが大勢の子供を育てるこの試みには王国も支援金を出していた。
「ここ、だよな? 」
今まで小走りに歩いてきたバンドーであったが、ここに来てぴたりと止まる。奥の院のさらに奥、さすがにここまで来る人間は滅多にいない。木で出来た床を踏み鳴らす音も聞こえず、辺りは静まり返っている。
バンドーは大きく深呼吸し、扉に手をかけると中に足を踏み入れ、静かに閉める。
「あら、バンドーじゃない。久しぶりね・・? 」
母上が、いた。一見、何も変わっていない、見た目は。この人には歳をとるという概念がないのだろうか。そう思わずにはいられないが、バンドーは、そこはあえて無視をする事に決めていた。
「・・母上。」
「寂しかったわ、バンドー。今まで私を置いて何処に行っていたの? 」
「母上、ケインです。ただ今、戻りました・・。」
あははははははははははははははは
マユミは、不意に大声で笑いだすと涙をふきながらバンドーに顔を向ける。
「何を言っているの? ケインは病気で死んだのよ? あなたが殺したんだっけ? あらやだ、それって子殺しになるじゃない? 」
「・・・・・・・・。」
この人の怖い所は、正気と狂気が混じり合っているところだ。嘘と真実が絶妙にバランスを取り合って、見た目はあたかも、何事もないかのように見えるところだ。それも、自分以外の人の前では。
「・・・くっ、マユミ! 」
耐え切れず、バンドーは素で問いかける。
「あら、・・まあやだ、母に向かってマユミだなんて、あなたはやっぱりいけない子ね? 」
駄目だ、やっぱり耐え切れない。俺はこの人の前に、いられない。
バンドーは踵を返すと扉を抜けて部屋を出る。背後で音を立てて扉が閉まる事も気にせず、本殿に逃げる。
(同じだ、やっぱり同じだ。帰って来るんじゃなかった! )
カスミの様をみて、ふと母上の顔をみたくなった自分が間違いだったと、そう思いながらバンドーは床を踏み鳴らし、歩く。
「何じゃ、騒々しい! 」
通路の脇の戸が開いて、エナが姿を現した。
「んむぅ? ケインの坊主ではないか。なんじゃ貴様、魂が揺らいでおるぞ? こっち来よ。」
気が付けば、そこは奥の院の拝殿だった。エナに引きずり込まれ、拝殿の前に座らされた。
「結跏趺坐でもせい。」
「あっ・・。」
拝殿を見上げると、鎮座する鬼の形相が見える。ここは昔から心を落ち着かせる場所。気を練る場所でもある。
バンドーは不意に思い出し、自然と結跏趺坐に足を組むと両手を水平に動かして側面に置いた。
「ふん、前世とイルミタニアの間で揺れおって。後で相手してやるわい、まずは心を落ち着かせるがよい。」
エナがバンドーの背中に片手の平を置く。じんわりと気が入ってくるのが判った。懐かしい感覚、それは本当の親よりも懐かしいかもしれないと、彼はそう思っていた。




