戦いの終わりは新たなる始まり
ティアが兵士を追って神殿を後にし、街道を森の方に向かっている途中の事である。
「・・あれは、ゼフィリヌス様・・? 」
前から、農民に肩を借りるようにしてゼフィリヌスがやってきた。
「ど、どうされたのです・・? 」
自分を閉じ込めたのがこの男だという事も忘れ、思わずティアは聞いてしまう。
「おお、ティアか。由々しき事態じゃ! コモロの坊主が逃げた! 公国の冒険者じゃ、しかもあれは・・。」
「えっ、・・? 」
ゼフィリヌスの言う事にしばらくは耳を傾けていたティアであったが、この聡明な少女は徐々に事態を把握していく。
「ゼフィリヌス様、つまりあなたは王国の兵士達を引きつれ、コモロの家に押し入って召喚者の娘を連れ去った、という事なのですね? 」
「王国の内務省から連絡があったのだ。今後、そうなると・・」
「あなたは! 」
ティアの身体中から金色の気が立ち昇る。ゼフィリヌスに寄り添っていた農民が、それを見て慌てて手を放した。
「あなたは! 」
ティアはいきなり、ゼフィリヌスの袖口をつかむと手を巻き込むように引き込み、足を蹴って投げを打った。
「ぎゃひぃ! 」
あっという間にゼフィリヌスは地面に転がされる。その背に、ティアは気の込もった足を踏み降ろし、立てぬようにする。
「あなたを許す事を到底出来そうもありません! 言いなさい! カササギちゃんは、女の子は今何処にいるのですか?! 」
ティアは気付いてもいた。そう、全て自分が悪いのだ。この男がコモロの家をよく思っていなかった事に気付いていたというのに、自分はぺらぺらとコモロの家の事情を話してしまった。
「ひいいっ」
私のせいだ、私がこの男にしゃべったから!
「しゃべらないと、二度と魔法を唱える事が出来ないようにしますよ?! 」
ティアはゼフィリヌスから足を放し、背に馬乗りになると背後から喉に両手を当てて、そう言う。
「やめて! やめてください! 」
ゼフィリヌスは恥も外聞も捨てて、足をばたばたさせる。
「早く、言いなさい! 」
ゼフィリヌスが、森の広場の駐屯地の事をしゃべったのは言うまでもない。
そこからは早かった。ティアは即座にゼノ式の飛足を発動させると森の広場を探し当て、そして今、ここにいる。
「 『飛足月華天昇』 」
全身に気を纏い、ゼノ式を発動させると飛足から側宙蹴りから地を這うような体勢からの斜め上に向けての掌底。それに更に魔力を乗せる。半月状の気の塊と魔力が二重になって、巨大なゴーレムにぶち当たった。
ゴーレムは何事かをうめき、反対方向に音を立てて倒れ込む。さらに破邪の掌底から側宙蹴りから破邪の掌底。金色の気の塊に更に魔力が上乗せされ、今度は3発乱れ飛んでゴーレムにぶち当たる。
「ゴッグッゴッ・・」
ゴーレムが何事かうめき、嵌め込まれた魔石の光がエラーを起こしたかのように点いたり消えたりする。
「私は、怒っています! あなた方を絶対許しません! 」
ティアは人差し指でエイリー伯と兵士達を指差し、仁王立ちである。修道服のフードが取れて、薄赤色の髪の毛が逆立っていた。
「すげぇー、何あれ? って言うか負けてらんねーな。『猛虎破砕』フルバースト! 」
カザフィが負けじと自らが持つ最大の武技を放つ。大上段に振りかぶられた両手剣から赤黒い獣の形をした衝撃波が飛び出し、残りのゴーレムにぶち当たるとゴーレムの半身を吹き飛ばした。
散発的に魔法が飛んでくるが、リアクティブアーマーに弾かれ、後はバンドーが霧散させた。
「双方、そこまでじゃ!! 」
風魔法の力を借り、森全体に響き渡るような大音声が聞こえた。
「ぐっ、この声は・・? 」
「まじい、レイのおっさんか?」
やがて、凄まじい音と共に現れた金色の渦がゴーレムを巻き上げたかと思うと、粉々に砕いてしまう。
飛んで来た方に皆が視線をやると、二人の男が立っていた。
「お祖父様・?! 」
金色の渦を放ったのはティアの祖父であり、ゼノ式創始者でもある男。傍らにいるのは紫の魔法帽子がよく似合う白髭の老人。
「双方、引け。ここは宮廷魔術師筆頭のわし、レイ・クリサリス・バーサクに預けんか?」
エイリー伯も呆然としている。
「レ、レイ様?! まさか、このような辺境にいらっしゃるとは。しかし聞けませんぞ? 私の行動は内務省の命。内政は内務省の管轄であり、公国の冒険者ごときの跳梁を許すなど・・」
「黙らっしゃい! お主、状況を判っておるのか?この男、ただの公国冒険者ではないわい! カザフィ・アストレーア・ヴァン・バルナックじゃぞ? 」
「はっ?!」
エイリーは目を白黒させると、レイに言われた言葉の意味を必死で理解しようとする。
レイは言葉を一旦置き、カザフィの元に向き直る。
「カザフィ、お主もお主じゃ! 大公就任間近じゃというのに、一体何をやっとる?! 」
カザフィも顔を引きつらせている。肩に両手剣をおき、
「いやー、ちょっとエレイラの顔でも見よーかな? なんて・・」
「たわけが! 王宮出入り禁止にされたいか?! 」
カザフィは目をつぶって両肩をすくませた。この男、カザフィ・アストレーア・ヴァン・バルナックは次期レニオール公国大公に就任する予定。王国国王ドッガーズの妃、エレイラの兄に当たる。
「いやー、参ったなー。もうばればれ、まじ勘弁。」
「勘弁してほしいのは、こっちの方じゃ! 旧友が娘に会いに行くというので辺境まで付いてきてみれば、何じゃこれは?! エイリー、説明せい! 」
「は? はっ。内務省では召喚者の奴隷化推進を決定し、手始めに辺境での召喚者狩りを、その・・。」
「ほう、決定とな? それはつまり、この事をわしがドッガーズに報告しても、全く問題ないのじゃな? 」
「・・! 」
「悪い事は言わん。今なら黙っててやるぞい? 無論、狩り集めた召喚者は置いていくがよい。」
「大将、分が悪すぎるぜ。ゴーレムぶっ壊したあっちのもう一人の男、俺の師匠だわ。」
逡巡するエイリー伯にささやくのは、配下の小隊長の一人であるリノだった。ティアの顔なじみだった男である。
「ゼノ式の? まさか・・」
「ゼノ式の総帥っす。ちなみにゴーレムを転がしたのは、その孫娘。俺もちょっと隠れたいっすよ。まさかお嬢と敵対するなんて、師匠に顔向けできないっす。」
「・・くっ、クシエル撤退! 準備せよ! 」
途端にクシエル達は散開し、撤退の準備に入る。
「ティアよ、何をやっとるお前は。」
「お祖父様ぁー。」
ティアに抱きつかれ、頭に手をやる初老の男。エナ・アーハイト・ゼノア、御年60過ぎ。ゼノ式を創始した男であり、王国からゼノ式を武闘流派と認められ、今は『月下桃華の峰』を総本山に定めて門弟を育てている。
「でもでも、お祖父様。どうしてここが判ったのですか? 」
「あれじゃ。」
エナは上空を指し示す。空高くに、鳥が舞っていた。
「あっ、ビューロー? 」
ティアは小笛を取り出すと吹き鳴らし、ビューローを呼ぶ。程なく、フクロウのビューローが舞い降りてきて、ティアの腕にとまった。
「お前が、この場所を教えてくれたのね? ビューロー。おまえは偉いわ。大好きよ! 」
「ティアよ、神殿守護様をぼこぼこにしたそうじゃの? 」
今度はティアが顔を引きつらせる番だった。
「ここに来る途中にゼフィリヌス殿に会ったぞ。んっ? 」
「だ、だってカササギちゃんを奴隷にするだなんて、私許せなくて! 」
そこにレイが割って入る。
「よいではないか、エナよ。いい娘じゃ。ティアよ、回復魔法ぐらいわしが教えてやるぞい。」
「だめじゃ! お主は女癖が悪いからの。ティアは山に戻すのじゃ! 」
何やらレイとエナが言い争いを始める。ティアはきょろきょろと周囲を見回し、ケインを見つけると駆け寄る。
「ケイン君も来ていたのですね? 大丈夫ですか? 」
「ああ、お前もかっこよかったぜ。あれなんだよ? 魔法か? 」
「ああ、えーっと、そうだ! ケイン君とカササギちゃんとマユミ様はこれからどうするつもりですか? 」
バンドーは、それを聞いて改めて気が付いた。ゼフィリヌスは、自分が騎士になれないような事を言っていた。騎士になれないのならどうすればよいのだろう? 畑でも耕すのか? 商売でもするのか? そこそこの力を持つ以外、取り得が無い自分に何ができるのか思いつかない。しかも神殿からは異端視されている。マユミは自分に輪をかけて何もできなさそうだし、ましてカササギを育てていくにはどうすれば?何も思いつかなかった。
「お主、ちょっとこっちに来んか? 」
バンドーは不意に声をかけられる。見ると白い立派な髭を持った男がそこにいる。
「お主は何じゃ? 召喚者か? むう? 」
「ケイン君はジューダスの生まれですよ? 」
ティアが付け加えるがレイは目を細めてバンドーを見続ける。レイのスキル『深淵を探求するもの』が発動し、バンドーのステータスを隙間なく見極めていく。
「面白いの。300年、人を見続けとるがお主のような素材は見た事が無いわ。じゃが、このままでは使えんの。エナよ?! 」
「なんじゃ、レイ。」
「この小僧、お主の所で鍛えられんかの? 面白いスキルを持っとるようじゃ。」
「なんじゃと? 」
ぎょろりとエナの目が動き、今までの笑顔が消える。彼本来の鷹の目がバンドーを嘗め回す。
「ちなみに魔力は持っとらんの。」
「魔力無しじゃと? レイよ、お主本気で言っとるのか? 」
「比喩じゃないぞい。全く魔力が感じられんな。ゼロじゃ。」
「ゼロ? そんな人間、イルミタニアにはおらんじゃろ? 」
イルミタニア生まれの人間は、量の大小はあれ、体内に何らかの魔力を宿している。そもそも、魔力ゼロになると『魔力枯渇』状態になり、体調が地に落ちる。
「魔力は持っておらんが、スキルがユニークでの。こやつ、魔法をことごとく分解しよる筈じゃ。」
「爺さん、俺の事が判るのか? 」
「ふむ、お主がもつスキルは今は二つ。『魔力分解』と『魔力吸収』じゃの。それもおかしいのう。普通は同時に存在できぬものじゃが、さて。」
それを聞いて、エナが再度、目をぎょろつかせる。
「『魔力分解』だと? それは本当か、レイ? 」
実はエナにとって、そのスキルはトラウマであった。かつて若い頃、冒険者として挑んだある迷宮でぶち当たった敵、上位魔神『ヴァルケラスス』がそのスキルを持っていて、パーティを全滅近くに追い込まれた事がある。彼はその戦いを糧にゼノ式を産み出すのだが、詳細は省く。
「坊主、ケインと言ったか? 」
「そうだ、俺の名前はケイン・ジューダス・コモロ。」
「ジューダス・・この地の騎士じゃな? おいレイ、こやつ騎士の息子らしいぞ? よいのか? 」
ティアが駆け寄ってきて、紹介する。
「私のお祖父さまよ。名前はエナ・アーハイト・ゼノア。私の技は全てお祖父様から習ったの。とっても強いのよ? 」
「お主、わしの所に来る気はあるか? わしはゼノ式格闘術という武闘術を教えていてな。『月下桃華の峰』という所に居を構えておる。そうよな、ここから歩いて北に4~5日の距離というところか。」
ティアの技の?
「行きます! どこにでも! 」
否やは無かった。ここにいても、何をすればよいのかすら判らない。バンドーにとっては一筋の光が差したに等しい。エナはバンドーの返事を聞くと笑顔を取り戻し、バンドーの頭をなでながらレイを振り返る。
「これでよいのか、レイ? 育つかどうかまで、保証できんぞ? 」
「ほっほっほ、布石なんて大概そんなもんじゃろ。まあ、これで楽しみが増えたわい。」
「レイのおっさんよ、・・帰っていいかなぁー? 」
ひとり蚊帳の外だったカザフィが小声でつぶやく。
「俺っち、帰っちゃうよ? いやー、帰るふりして王宮に潜入してエレイラの顔とか見ないから・・。」
カトルが声を殺して笑っている。
「いやー、カトルありがとな。ゲートもらえるかな?ハイナスケインまでの。」
「はーい、いきますよー? 」
カトルがにやにやしている。
カトルが開いたゲートが何処行きだったのか、それは誰にも判らなかった。
カトル「やだなー、公国行きに決まってるじゃないですかー。」 にやにや
ここで章を分割する予定です。今章が今までで一番つらかった!自分で始めといて言っちゃ駄目ですよね。けど、バンドーが何もできないから、ある意味、主人公縛りだわ。あ、「君ある」の主人公はいっぱいいます。まあ、あくまで僕の主観ですが。




