襲撃そして
何故か、その日に限ってバンドーは眠れなかった。昼間運動をしたので、身体が疲れてはいる。けれど彼の頭の中は、これからこの世界でどうやって生きて行こうか、一体何をすればいいのか判らなくて、両手を頭の後ろにやりながら、ベッドの上に寝転がっている。
「魔法が使えないか~。」
思わず声に出してしまった。ガウガメラの蔵書を見る限り、この世界の人間は普通に魔法を扱えるようだ。主に簡略化された位階魔法というものが基本になっているらしい。
耳を澄ますと虫の声が聞こえる。ここにも、虫がいるのだなと思いながら半身を起こし、ベッドに立てかけて置いたガウガメラの両手剣を握る。
リリリリリリリリ
虫の声を聞きながら、両手剣を振りかぶってみる。
「剣なんて、高校の時に授業でやった剣道くらいしか経験ねえし。」
わずかに、両手剣であることが似ているくらいで、この剣で果たしてどこまで戦えるのかも判らない。
一応、ケインの記憶にいくらか剣術の型が残ってはいるのだが、打ち合う相手もいないので、今一つ実感が湧かなかった。体力が大人並みかそれ以上あるのが救いではあったが。
「・・・・おっ? 」
虫の声が止まっている。妙に肌がざわめく。それは、何者かが近くで魔力を使った証であったが、バンドーにはそこまで判らない。
バンドーは靴を履き、立ち上がると両手剣を手に持って部屋を出た。
ギシッと床が音を立てる。いる、誰かが。
(母上じゃねぇ。)
部屋のドアが蹴破られると同時に、部屋の中が昼間のように明るくなる。チャージ状態のライトの呪文が放たれたのだが、バンドーには判らない。鋤のようなものを持った男達が2~3人、部屋にいたバンドーを見るなり襲い掛かってくる。
「なっなっ?! 」
1~2撃と手にした剣でしのぐと、
「ふざけやがって! 死ね、おらー! 」
相手の武器を巻き込み、払い上げるようにしながら上から打ちかかる。
「がっ?!! 」
一刀であった。相手が身に付けていたハーフプレートを物ともせず、侵入者の男は左肩から斜めに傷を受け、膝を付いた。
「へへへ、へっ。切った俺もびっくりだぜ・・。」
初めて人を切った感触が手に残っている。
「少年だ! 奴は殺すな! 捕えよとの仰せだ! 」」
一人が傷を負ったのにもかかわらず、新たに部屋に入った男が周囲に告げる。膝を付いた男は両脇を抱えられ、後ろに下がっていった。
「・・ひょっとして、俺って強い・・? 」
バンドーは思わずつぶやくが、半分が正解で半分は違う。確かに彼には6歳の子供には似合わぬ膂力が与えられてはいるが、実は手に持つ剣の力も大きい。ガウガメラは辺境に派遣されるだけあって、優れた騎士であった。当然、持つ得物も業物で、バンドーが手にしている両手剣は『血濡れのテュルフィング』と呼ばれる魔剣であり、血を吸うほど威力を増す他、『戦場の霧』と『同士討ち』のスキルを持っている。ただし、その二つのスキルを使用するには魔力が必要なので、今のバンドーには使えない。
「この部屋は3名いればいい! 他を当たれ! 」
6歳の子供一人制圧するのに大人3人がかりとは買い被られたものである。だがまずい。奥の部屋には母上であるマユミとカササギちゃんが眠っている。
「行かせるかぁ! 」
何度か打ちかかるものの、いなされてしまう。
「ふん、6歳の子供と侮らなければ相手にできぬことも無い。少々の傷は構わん。毒に掛けろ! 」
左右から麻痺毒を仕込まれた熊手が振るわれ、徐々に行動が鈍くなる。
(くそったれ、何だよ、こいつら?! )
トレイシーから召喚者狩りの事は聞いていたものの、まさか騎士爵位持ちの自分の家に本当に侵入してくるなどとは、考えてもいなかった。
「だぁぁぁ!! 」
ようやく二人目の男に手傷を負わせたものの、後が続かない。
「嫌ぁぁっ!! 」
カササギの声がする。一瞬、反応が遅れたその隙に、バンドーの持つ両手剣に熊手が引っ掛けられ、ねじられる。別の方向からも、地を這うように熊手が出され、足を取られてバランスを崩す。
「くそぉぉっ!! 」
終わりだった。上からも殴打され、引き倒されると床に這わされる。
「少年確保! くそっ手こずらせやがって。腐っても騎士の子かよ。縛れ!! 」
後ろ手に縛られ、転がされる頃には暴れるカササギを抱いた兵士も部屋に入ってきた。
「お前ら! カササギをどうするつもりだ?! 」
傷を負った腕に力が入らない。
「ご苦労様です。少女はゲートで送りなさい。女はどうしましたか? 」
身長170センチくらいの流麗な顔立ちをした男で、薄紫のブラウス、白くて横にふくらんだパンツをはいた男は、部屋に入ってくるなり、そう言った。
「はっ、抵抗する様子が無く、奥の部屋におりますが。」
「そうですか、それではゼフィリヌス殿、後はよろしいように・・。」
そう言い残すと、男は出ていく。バンドーには目もくれない。数名の兵士を残し、他は出ていく。代わりに、新たな男が部屋に入ってきた。
「ふん、ひどい様よのコモロの坊主。」
知っている顔だ。何度か見た神殿の神官。何故この男が?
「お前、神殿の神官じゃねーか! 一体、何のつもりだ?! 」
「ふん、王国内務省から召喚者は奴隷に落とすよう、お達しがきたのよ。」
既にカササギは、連れていかれていない。
「カササギを?! 何だよ、それは! 」
「ふん、召喚者など、かくまうからよ。見逃してやろうと思ったものを。さて、マユミ殿を連れて来い。」
一体、何が起こっているのか理解できないのだろう。顔面蒼白のマユミが奥の部屋から連れてこられる。そして、縛られて転がされているバンドーを見るなり、悲鳴を上げた。
「何っ?! 何をしているのです?! それにあなたはゼフィリヌス様?! 」
顔を引きつらせるマユミの表情を楽しむかのように、ゼフィリヌスは頬を緩ませる。
「深夜にすいませんなぁ。さてマユミ殿、そなたの息子には異端の疑いがありましてな。」
ご存知でしょう? と付け加えながら、呪文を唱え、バンドーにヒールを撃ち込む。呪文はバンドーの身体に当たると霧散した。
「神殿の聖なる呪文を受け付けぬ身体を持ち、子供とは思えぬ力を振るう。おかげで内務省の兵士が二人も傷を負ってしまいましてな・・。」
「でも、・・でも、そんな・・?! 」
どうやって反論すればよいのかすら判らない。しかも、ゼフィリヌスの言う事は事実である。
「お前達も見たな? 」
ゼフィリヌスは部屋に残る3名の兵士に確認する。
「はっ! この少年はヒールの呪文を無効化させました。又、とても少年とは思えぬ力で味方に剣を振るいました! 」
うむ、うむと言いながらゼフィリヌスは頷いている。
「決定ですな。異端審問可能な神官と、身元確かな者による3名以上の確認により、この者、ケイン・ジューダス・コモロを異端者と認定! 」
「待って! 待って! 私はどうなってもいいの。ケインは、ケインを助けて下さいゼフィリヌス様! 」
マユミは、声を裏返らせながら叫ぶと、ゼフィリヌスにすがりつく。
「聞けませんな! これより、異端者の紋をケインの背に刻む! 」
ゼフィリヌスが朗々と呪文の詠唱を始める。
「 『聖なる裁きの道末に現れし者 永遠の嘆きを与えん事を願いて その背に刻め』」
ゼフィリヌスが唱えている呪文は『ヘルリック』、この呪文を受けると背に縄目模様の文様が浮き出て光を発し、常に文様が他人に確認できるようになる。この文様を背に持つ者は神殿の加護を受けられず、回復魔法の効き目も無くなる。まあ、バンドーにとっては意味がないのだが。・・というより、
「 『ヘルリック』!! 」
ゼフィリヌスの身体が光り、それはやがて中空に複雑な文様を形成して浮かび上がるとバンドー目がけて殺到する。だがしかし、バンドーの身体に触れると、あっという間に霧散してしまった。
「なっ、なっ?! 『ヘルリック』が効かぬ?! 馬鹿な、そんな人間など・・こやつまさか、全ての魔法が効かぬのか?! お主、何者じゃ?! 」
バンドーにとっても訳が分からない。
(魔法が効かない? 俺に? )
考えても結論など出る筈もなかった。
「よお、楽しんでるじゃねーか。」
声を上げる暇も無く、一人の兵士が崩れ落ちる。
「ケイン君、大丈夫かな? 」
いつの間に入ってきたのか、冒険者風の男と、そしてエルフの女性。
「トレイシーさん?! 」
バンドーは思わず叫ぶ。
「僕は入り口を確保しときますから! 」
もう一人いるようだが、声だけで姿は見えない。
「馬鹿な、馬鹿な! 貴様らぁぁ! 聖なる儀式を邪魔するとは何者じゃ?! 」
180センチはある長身の男。歳は20歳くらいか。黒のスケールメイルに紫のマント。流麗な顔立ちをしながらも、獲物を前にした豹のように視線は鋭い。
「俺か? 俺はカザフィ。お前、見納めだぜ? 俺の冒険者姿の。」
そう言うと、舌なめずりするなり剣を振るう。
「あっ?! がっ?! 」
また一人、抵抗する間も無く兵士が切り捨てられる。
「カザフィ様、一人は残しておいてくださいね? 」
聞くなり、最後に残った兵士に剣を向け
「だとよ、死にたくなければ武器を捨てろ! 」と言い捨てる。仲間二人を瞬く間に殺された兵士に否やは無い。
ゼフィリヌスはしばし、呆けたようにバンドーとマユミの間に視線を這わせていたが、気を取り直したようにわめき始めた。
「お、お前達! ジューダス神殿守護たる、この私に武器を向けるのか?! この小僧は異端者! 異端認定は私の領分であり、冒険者ごときに私を害する事など・・ひっ?! 」
トレイシーがおもむろに近付くなり、ゼフィリヌスを殴り飛ばした。壁に吹っ飛び、崩れ落ちる。
「ふん、私は王国騎士を捨てた。この耳に誓ってな。それより、カササギをどうした?! 」
容赦ない蹴りがうずくまるゼフィリヌスの身体を襲う。散々打ち据え、胸倉を掴んで引き起こすと再び殴り飛ばす。
「ぎゃっ、ひい!! 」
もはやゼフィリヌスに抵抗する気力は残されていない。
「な、内務省の治安部隊が連れて行った・・。貴様ら、内務省の兵士に手をかけるなど・・」
カザフィはゼフィリヌスがうずくまる近くに片膝を付き、胸からプレートを取り出すと彼の目の前で揺らす。
「だよなあ、実は俺っちもどうなる事かと思ってるんだわ。どうなると思う? 」
「そ、それは公国冒険者ギルドの? ミスリル? ま、まさか・・」
最後まで言わせず、カザフィはゼフィリヌスの首に手をかけると、意識を狩る。
「よお、坊主。大丈夫か? 今、解いてやるからな? 」




