地上にどうやって戻ろうか
がんばれバンドー、えいえいおー。
バンドーは気を失っているユメという女盗賊の頭を自分の膝の上に置きながら、傷ついた額に手を当てている。いわゆるゼノ式、手当てというやつだ。血は乾きつつあり、恐らく出血はおさまったのだろう。
後は時間が解決してくれるはず。じきに意識も戻るだろう。
「バンドーさん。ここ、危なくないですか? 」
見習いらしい魔法使いのカスミが聞いてくる。カスミは行き止まりの通路の端であるここが気になるらしく、おびえたように周囲を警戒している。
「ねえ、バンドーさん。魔法の灯火がある主通路に移動したほうが・・」
「俺の言うことを聞け、と言ったよな?」
「っ! ・・・だって・・」
カスミは納得がいかないのか、ジト目でバンドーをにらむ。視線の先には膝枕をされているユメ。
バンドーはユメの額の手当てを続けながら視線を外す。
気まずい。
いらだったバンドーは大きく息を吐きだすと、ようやく言葉をつないだ。
「いいか、よく聞け。確かに魔法の灯火がある主通路のほうが明るいし、冒険者が通る可能性も多いだろう。だが、主通路なだけに四方に伸びる枝道も多い。そんなところで手当てを続け、敵に襲われたらどうなる?俺は自分の身を守ることができるが、お前と意識のない、こいつまで守り切る自信は無ぇ。」
カスミが息を飲む。
「だが、行き止まりのここなら、例え敵がきたとしても一方向からだ。つまりそちらだけ警戒してりゃ、いい。いざとなったら俺はお前らを守り切る自信があるし、守り切ってみせる! だからこの場所を選んだ。判ったか?! 」
「・・・・ごめんなさい。」
「とにかくだ、こいつの意識が戻らない事には話にならねぇ。恐らく意識が戻れば、こいつのケガの具合からして歩けるようには、なるはずだ。全ては、そこからだ。」
カスミはようやく納得したのか、少し距離を取っていたバンドーに近づくと意識のないユメに目をやる。
「お前ら、カスミとユメって名前から察するに、召喚者か? 」
「はい、バンドーさんもそうですよね? 」
「いや、俺は違う。」
えっ? といった感じでカスミはバンドーをみるのだが、バンドーは答えない。
この世界、ネクストステージ・イルミタニアには数多くの召喚された者がいる。全て前世はバンドーと同じ現代日本なのだが、バンドーは召喚された者ではない。
「あ~、なんだ。俺は転生者なんだわ。多分24歳で病死して、こっちの6歳の身体に転生した感じ。違い判るか? 」
「そうなんですね? 」
こいつは絶対判ってねぇ。
ユメの手当てを続けながら、暇なので二人は話を続ける。それによるとカスミは14歳で自殺してこっちにきたようだ。こっちでの年齢も14歳。つまり、そのまま召喚された訳だ。他人の身体に転生した俺とは違う。ちなみにユメは17歳でビルから飛び降り自殺したらしい。
最近、自殺召喚が多いな。どうなってるんだ、ネクストステージ・イルミタニア。
「ユメちゃん? 」
ユメの目蓋が動いた。ようやくお姫様のお目覚めだ。
「どうだ? 身体の調子は? どこか痛いか? 」
「もぉ、バンドーさん、急すぎます! ねえユメちゃん大丈夫? 」
「うち、・・うちどうなってたん? あんた誰? 」
どうやらこいつは関西人のようだ。京都か?
取りあえずユメの意識がはっきりしたところで大体の話をする。だいぶ端折ったが、パーティメンバーの死を伝えない事には先に進めない。
状況を整理しよう。
取りあえず、ユメは頭の傷は手当てで何とかなった。だが手に若干の火傷を負っている。おまけに武器も壊れて使えない。弓矢以外に短剣術スキルと短剣を持っているのだが、火傷のせいで思うように振るう事はできないだろう。しかし、火傷まで手当てしている暇はない。だが移動には支障がないようだ。
カスミは魔法を使えるが、確認したところ第1位階マジックアロー、第2位階のファイアーボールとシャドゥウィップしか使えないようだ。しかもどちらも魔法習熟度が低い。呪文には個々に習熟度のレベルが存在しており、強いターゲットに当てれば当てるほど習熟度のレベルが上がり威力も増すのだが、ようするに見習いレベル。当てにはできない。
「むう、よしカスミ、シャドゥウィップで魔力が無くなるまで俺を撃て。」
「ええええ? 」
「いいからやれ、どんどんやれ。早くしろ。」
カスミが泣きそうになりながら「シャドゥウィップ」の呪文を唱えてバンドーに向けて放つ。呪文はバンドーの「魔力分解」スキルに当たり、当然のごとく霧散した。ちなみに「シャドゥウィップ」の呪文とは、魔力で作り出した黒いムチを敵に向けて撃ち出し、相手にからみついて行動を阻害する呪文。
「やっぱりバンドーさん、変態! 」
「うるさい。いいから魔力が無くなるまで撃って、これを飲め。」
バンドーがカスミに投げてよこしたのは魔力補給のポーション。魔力が枯渇した時に飲めば定量の魔力が回復する。見習い魔法使いのカスミなら、ひょっとすれば全開するかもしれない一品だった。
嫌がるカスミを脅してなだめて、とにかく全魔力をシャドゥウィップで放出させた後、ポーションで魔力を回復させる。魔力枯渇に至ると頭痛・吐き気・めまいが襲い、極度にポテンシャルが落ちる。迷宮内においては本来、最も忌むべき出来事なのだが・・。
「飲んだか? 魔力は回復したな? 」
「これ苦い~。」
黙れこのnoobとは死んでも言えない。可愛い女の子にそんな言葉を使ってはいけないのだ。例え相手がその意味が判らずとも。昔ネット対戦でCIVというゲームをワールドサーバでやっていた時に、速攻を掛けるはずの同盟相手が遺産を建てた時の怒りを思い出す。っつ。すまんマイナーネタに走ってしまった。
「いいか、よく聞け。これから地上に帰還するための方針を説明する。」
「お~、うちら帰れるの? 」
ユメは元来、能天気なのか。
そう言えば自殺した動機も、友人に誘われて何となくとかカスミが言ってた気がする。
「このまま、4階層を突破して5階層に向かう。反論は許さん! 」
「ええええ ??! 」
カスミのジト目、再び。だが方法はそれしかないのだ。