余話
ユメはパワーアップした。
王宮の奥庭を挟んで、エレイラが籠る離宮がある。かつて妃が子を産むために設けられた離れとでも言おうか。その離宮の中に設けられている聖堂にエレイラはいた。本人は何に祈るつもりもないのだが、ここで両の手を握りしめている。
「相変わらず、美しいの。」
フィーネに似た銀色の髪、こぼれるような胸元。レイでなくとも、そう言う人は多い。
「この声は・・」
ひとりのはずだった。エレイラは振り返る。
「まあ、レイ様! いらしていたのですね。事前に言っていただければ、もてなしの準備をしましたのに。」
「王宮には私用で来たのでな。かまわんよ。」
ゲートが開いた形跡もない。不意の来訪だったが、エレイラが驚いた様子もない。レイが宮廷魔術師筆頭を務めながら、フィーネ姫の後見と教育を行っていた頃からの間柄である。
「エレイラよ、ドッガーズと仲直りせい。」
「嫌です! 」
即答であった。
(こりゃ、ちと骨が折れそうじゃのう・・。)
「ここにおっても、お主にとって状況は悪くなるばかりじゃぞい? 」
それは判っている。王妃が義務を果たさず、引き籠っているのだ。貴族達への受けもよくないし、王の体裁もある。エレイラは視線をはずしていたが、やがて向き直り、レイに言葉を吐き出し始める。
「だって、だって! あの人は兄上と友達として仲良くやっていたというのに、兄上が亡くなった途端、私をダシにして公国に攻め入ったのですよ? 」
「国を預かる王としての責務じゃ。国を富ませ、広げるのは王の仕事。貴族や国民たちの手前もあろう。」
「その上! フィーネを戦場に立たせて公国に弓を引かせるなんて! 私もう許せなくて! 」
「それよ。」
レイの返しにえっ? とエレイラは言葉を落ち着かせる。レイは更に続けた。
「フィーネ姫は公国の姫であるお主の血を継いでおる。ドッガーズは判っていて、それを利用したのじゃが、あの娘ももう12歳じゃ。普通の姫だと婚約者がおっても不思議はない。放っておくと、いらぬ輩がフィーネの血を利用しようとも限らん。」
判るじゃろ? とレイは付け加える。
「お主がこのまま、ここに居ってみい。公国はドッガーズの思いのまま、貴族どもにも野心はあろうし、フィーネをいいように利用しようとするかもしれんぞい。」
エレイラは、うつむいて考え込んでいる。判ってはいるのだ。けれど彼女は所詮外様。
「まあ、お主は頑固じゃからの。ワシに言わせれば、もっとドッガーズを甘えさせればいいのじゃ。さらに子供の一人や二人つくってみれば、なおいい。」
「・・そんな。」
「お主は、戦争前はドッガーズとうまいこと、やっていたではないか。心底嫌いではないのじゃろ? 」
エレイラは、まだ答えない。
「王族に嫁いだ以上、子を成すのは定め。子を成して、その子を自分の手でよいように育てて、公国を継がせればよいではないか。」
レイは簡単にいうが、気の長い話である。だが、母親としての自覚があるエレイラには、その言葉は響いたようだ。エレイラがヒストニア王国に嫁いできたのは16歳の時。17歳でフィーネを産んだものの、当時はまだ自分で教育するほどの余裕が彼女にはなかった。だが、今なら。
「お主、曲がりなりにも嘆きの塔を出て、ここに居るという事は、何とかしようとは思っとったんじゃろ? 大丈夫じゃ、ドッガーズはお主と話す気があるようじゃし、お主さえ、その気になればいいのじゃ。ワシが仲を取り持ってやるぞい。」
「・・レイ様・・。私、他に頼る人がいなくて・・。」
国から連れてきた侍女はいるが、愚痴の聞き役ぐらいにしかならない。
「判っておる。・・判っておるて。ドッガーズとうまいことやって、徐々に意見していけばよいではないか。ワシはデスパレスにおるで、何かあったら知らせてくれれば、また来るわい。」
エレイラは深々とお辞儀をした。レイは説得に成功したのである。
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迷宮都市デスパレスは晴天なり。ユメは盗賊ギルドを出ると、バンドーの所に向かう。屋台の喧騒や行きかう人に視線をやりながら、自然鼻歌が出る。
(うち、強うなったかなぁ? )
盗賊ギルドで彼女はいくつかの盗賊スキルと、そしてジョブチェンジに挑戦して成功していた。
「近道しよーっと。『飛燕脚』! 」
積み上げられた木箱を踏み台に建物の上に駆け上がると、そのまま道をショートカット。一陣の風になり、バンドー邸に向かう。
「おろ? 」
バンドーの屋敷に行きついたところで、彼女は立ち止まった。壁の一部が崩れているのに気が付いたのだ。どうやら、補修工事の最中らしい。
「うちが、おれへん間に何があったんやろ? 」
彼女は壁を飛び越えると、納屋で装備の調整をしているバンドーを発見して声をかけた。
「バンドーさん! 帰ったでー。」
「よお、何だ、お前? 感じ変わったな。装備もだが。」
ユメの腰には短刀が2本。以前の皮装備ではなく、細かい目の鎖帷子で編んだ鎧に赤い帯。
「うち、『盗賊』卒業してな。『暗殺者』になりましたー! 」
「なんだってー? 」
バンドーは顔をゆがませる。ゼノ式を教えたら暗殺者になって帰ってきたというのはちょっと複雑なのだ。ちなみに暗殺者と言っても、本当に暗殺を生業とする訳ではない。
暗殺者が使用するスキルを使える冒険者、という意味で、暗殺者は盗賊の上位職に当たる。
「ていうか、お前。ゼノ式は闇仕事禁止だからな? 変なことするなよ? 」
「おっけー、OK! 」
「それとちょうどよかった。これからデスパレスに潜って新装備の調整に行こうと思ってたんだ。しばらく、俺ん家にいて警戒しててくれないか? 」
「ほぇ? うちはええけど、何かあるのん? 」
「実はフィーネ姫が来てる。ぶっ倒れて2Fで寝てる。今はカスミがみてるんだが、壁もぶっ壊されて家出る訳にいかなくなって、困ってたんだ。」
「なんや、訳わからんけど、ええで。うちが守っとくさかい。」
言うなりユメは右の額に2本指を当ててサインを送る。了解の合図だ。次の瞬間には背後から鎖を投げ上げてバンドー邸の屋根に昇る。
「行ってきて、ええでー。うち、見とくさかい。」
屋根から手を振っている。大丈夫か?あいつ。とは思うものの、動きが尋常ではない事から本当に上級職にジョブチェンジしたのだろう。
「1~2日で帰るつもりだ。任せた! 」
バンドーがスキル飛足で消えた後もユメは屋根の上に居続ける。そのまま、夜まで何も食べない。
(ちょっと、お試しや。)
暗殺者スキル『忍耐』を使うと食欲が極端に減る。2~3日の間は水分補給のみで空腹に耐える事ができるようになる。カスミは屋根の上で胡坐をかきながら、『気配感知』を使い、周囲の様子を探る。様々な気配が返ってきて、それが敵意をもったものなのか、それとも違うのかを判断する。盗賊の時も使っていたスキルだが、上級職である暗殺者になってから、探知範囲がさらに広がっている。
身体をゆらゆらと揺らし、周囲を探り続ける。
(敵や! )
数にして12人、ハーフプレートに身を包み、ショートソードと円盾を装備している。明らかにバンドー邸を囲んでいて、二人ずつのペアで今にも侵入を開始しようとしている。
(バンドーさん、うち手加減できんかも~ごめんやでー。)
先程、バンドーが闇仕事禁止とか言ってた事を思い出す。
(まあ、正当防衛やんな? )
瞬息、足音を立てずに背後から奇襲、一人目の肩口に打撃技を与えて昏倒させる。ペアを組んでいた相方が気付くが背後から鎖を取り出して伸ばすと上半身を拘束。鳩尾に肘を食らわせてから首筋に一撃、意識を狩った。
(ほんま、いい試運転やわー感謝感謝・・。)
胸元から苦無を2本取り出し、腰に吊るしてある痺れ袋に突き刺して割り、塗布すると投射。効果を確認もせずにそのまま、もう一人の方にゼノ式『ひよどり』を仕掛け、背後から首を取って落とした。
ユメが動き始めて10分も過ぎた頃には、侵入者は全て意識を狩られていた。
「満足・・やけど、これどうしたらええんやろ? 」
念のために麻紐で親指同士をしばり、一か所にかためてみたものの、その後どうすればいいのか判断が付かない。
ユメが途方に暮れていると、コオオオオオオオオ という音と共にゲートが近くで開いた。
「あら、出遅れちゃったかしら? 」
現れたのはティアと、他数名。ミリアマリアもいる。
「ティアさん、おひさー。」
ティアは現れるなり、連れてきたパーティを指揮してゲートで侵入者を運び出していく。
「レイ教授から伝書が届いたので来てみたのだけど、助かったわユメさん。後はやっとくからいいわよ。」
「ご苦労様でーす。」
ちなみにユメは知らないが、侵入者の正体は王国内務省の警固師団の一部。エイリー伯の命で先行してバンドーとフィーネ姫捜索に出されたのだが、エイリー伯が亡くなった為に命令は撤回され、レイ教授からの伝書は、その旨を伝えるためのものだった。
ユメはまた、屋根の上に戻っている。
「なんや、いい星空やねぇ。」
こんな一幕があった事を、結局バンドーもカスミも知る事はなかった。
第2章と第3章の間にはさむつもりです。
とはいうものの、書き足りなかった付け足しみたいな感じになってしまって反省。




