フィーネ姫の受難
フィーネ姫ごめん。
台風一過と言えば聞こえが悪いか、バンドーが王都ハイナスケインの王宮地下にある暴風吹き荒れる『金剛の間』からデスパレスの自宅に戻り、二日がたとうとしていた。無事に戻ったものの迷宮に潜る気になれずに、だらだらしている。
ティアが王都にあったゼノ式格闘術の道場から、くすねてきた新装備があるのだが試す気にもなれない。
庭にイスを出して座ると、晴天の空をながめながらイスをゆらゆら傾けている。傍らには、洗濯物を干すカスミ。
「バンドーさん、一体どうしたんですか? 王都から戻ってからおかしいですよ? 」
バンドーは何も答えない。ひとつには自分の馬鹿さ加減と、そしてもうひとつには、そんな自分に向けてくるカスミの甲斐甲斐しさを重ね合わせて、なんだかなーという思いでいるのだ。
「カスミー、お前ティアから新しい魔法をいくつか習ったんだろう? 習熟度上げなくていいのか? 」
言われて今度はカスミが黙り込む。習熟度は上げなければいけない。だけど上げ終わったらバンドーの家を出ないといけない。カスミはカスミで、そんなジレンマがあるのだった。
「カスミー、今さら言うのもなんだが、俺はたいした人間じゃないぞ? お前を助けたのだって偶然だし、昔同じ4階層で仲間を失った事もあるしな。俺が強く見えるのはデスパレスだからだし、ゼノ式免許皆伝っても本当のゼノ式はもっと強いんだぜ? 」
バンドーのゼノ式は体内で練った気を使うが、本来のゼノ式は魔力も使えば魔法も使う。
「困った事があったら逃げるしティアには頭が上がらないしレイ教授にははめられるし、失敗も多い。」
「でも、バンドーさんは私を助けてくれました! 」
バンドーの言葉の途中でカスミが自分の言葉をかぶせた。
「私を助けてくれたのはバンドーさんです。私が困った時に手を差し伸べてくれたのも、私がひとりでどうしようもない時も、バンドーさんに助けられました! だから私はバンドーさんに恩返しがしたいんです! 」
シンプルなほうがいい事もある。物事は単純なほうが判りやすい。カスミは莫迦だが最近可愛い。
以前、バンドーがまだ大学に行っていた頃、友達が
「女はちょっと抜けてるやつの方が可愛いんだよ。」とか言っていた事を思い出す。
バンドーは立ち上がり、カスミに近寄ると右手をカスミの耳にそえる。何か気の利いた一言でも言おうと思ったその時の事だった。カスミがいきなり空を指差して驚いた顔をする。
「バンドーさん?! 何か変なのが飛んでますよ?! 」
木の葉のような形をした金色の物体が遠くに見えていたかと思うと、それは見る間に近づいてくる。
「何だ、ありゃ? 」
陽の光が反射して見にくいが、それは風をまき散らし甲高い音をたてながら、バンドーの家の敷地上空を通過した。
風が上空から舞い降りた。声と共に
「見つけた! 」
何だこれは? 風が声を伝播してる感じか?ひょっとしたら風魔法の一種かもしれない。
上空を一旦、通り過ぎたそれは180度方向転換すると上空から襲い掛かってきた。
「冗談だろ?! 」
木の葉のような形をしたものは近くで見ると明らかに盾だった。しかも見覚えがある。今は縁が金色に光っているが、中央の鷲が羽ばたく紋章は王族を表す。そして盾の上には人影。確認した瞬間、また風に乗って声が舞い降りた。
「バンドー様、見つけました! 私と死んでください! 」
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話は半日ほど遡る。
フィーネ姫が『金剛の間』を出てから、およそ二日がたっていた。回復魔法の集中使用で彼女の体調はすっかり回復し、久しぶりに暴風騎士団の本部を訪れている。
「やっぱり、ここは落ち着きますね。」
「姫様が無事にここに戻られ、私もうれしい限りです。」
暴風騎士団の、バンドーが通された事もある客間で二人はくつろいでいた。最近は嫌なニュースが続いていた。今朝も、台地の上から魔法使いがひとり、飛び降りて死んでいる。
「何でも、内務省所属の魔法使いらしいです。遺書が発見されたので、自殺らしいのですが・・。」
そこへリンダが飛び込んできた。
「フィーネ様! 面会の希望です! 」
「あら、誰かしら? 」
「内務卿のエイリー伯ですね。お約束はないのですか? 」
エイリー伯と聞いて、フィーネは少し不機嫌な顔になる。彼が自分に結婚を申し出ている事を噂で聞いていたからだ。だが、相手は現役の内務卿。断るのは失礼に当たる。
「お通しして。」
だが、リンダが確認する前にエイリー・ハーフポート伯爵は上がり込んできた。何か荷物を抱えている。
「フィーネ姫様、お元気になられてうれしい限りです。今日は姫様に関する重大なお話を持ってきました。できれば人払いをお願いしたく・・。」
フィーネは小さくため息をつくと、アメリアに合図をした。リンダとアメリアが客間から出ていく。二人切りになるのはどうかとも思うが、騎士団本部で何かする訳でもないだろう。
「ありがとうございます。早速ですが。」
エイリー伯は持ち込んだ物を机に置くと、かけられていた布をはずす。見ると平べったい水晶のようなものに台座が付いていて、台座には丸い穴が開いていた。彼は懐から拳大の魔石を取り出すと、その穴に嵌め込む。程なく水晶に変化が起こり、そこに映像が現れた。
「これは・・私? 」
斜め上からみた記録のようだ。時折り乱れるのは魔力暴走のせいだろうか。やがてフィーネの側に男が現れる。短髪黒髪の若い男。自分より3~4歳くらい上だろうか。
「彼の名前はバンドー。デスパレスの冒険者ですな。」
「・・・バンドー・・様? 」
次の瞬間、フィーネ姫は息を飲み込んだ。男が自分を抱き寄せると口付けをしたのだ。それも長い長い口付け。やがて画像が鮮明になり、魔力暴走が収まったのが見て取れる。男は自分をお姫様抱っこするとゲートに消えた。画像はそこで終わっている。
フィーネは固まっていた。水晶から目が離せない。
「・・・・いかがですかな? 」
エイリー伯の声が聞こえる。そうだ、彼がここにいたんだった。途端、フィーネ姫の両頬が真っ赤に染まる。
「あ、あなたは! 『金剛の間』を覗き見していたんですね?! 私の苦しい様を見ていたんですね?! 」
立ち上がったフィーネ姫の薄赤い瞳が深紅に染まる。周りの空気がざわめき始め、彼女の右手に青白い魔法の炎がまとわりつく。普通の男なら、この状況で既に腰を抜かしているだろう。だが、エイリー伯は全く動じていない。
「全て、貴女のためです! 貴女は流行り病にかかり魔力暴走を起こしていました。暴走を終え、魔力枯渇に陥った時に、一体誰がそれに気づくのです? 『金剛の間』は閉じられている。中の様子を知る事ができるように手を打つのは、当たり前の事でしょう? すぐに手当てをする必要があったのですからね。」
正論である。魔力暴走が終わった時に気付く事ができなければ、手遅れになる可能性は充分に考えられる。
「だ、だとしても! このような破廉恥な記録を私に見せるなど、恥を知りなさい! 」
「やれやれ、貴女はやはりまだまだ子供のようだ。事の重要性が全く判っておられないようですな。」
エイリー伯の口調がやや変わったように感じたのは気のせいだろうか。フィーネはイスに座り込むと不安そうにエイリー伯の次の言葉を待つ。
「婚姻前の王族の姫君が、冒険者風情に唇の純潔を奪われたのですぞ? これが王国国民に知られれば王族の名声は地に落ち、他の貴族どもに知られれば王族は侮られ、そしてドッガーズ国王陛下がこれを知れば、一体どうなるでしょうな? 」
芝居がかった嫌な言い方だ。だが効果はてき面だった。普段、このような事に疎いフィーネ姫にも、言われてみると事の重大性は判る。
「『魔力過多』を持ち、普通の結婚はできないだろうと言われているあなたが、今度は事もあろうに冒険者と口付けをしたのです。」
「わ、私は知りません! 知らないわ。自分で望んでした訳でもないし、」
エイリー伯は鷹揚に頷く。判っている、判っていますともと。そして彼は次のカードを切る。
「なるほど、確かにそうかもしれませんな。ですが、この無礼な冒険者を王宮に引き入れたのは暴風騎士団副官を務めるアメリア殿、そして聞くところによると近衛騎士団団長のガイナス様もかんでおられるとか。もしこれがドッガーズ陛下に知られれば・・」
フィーネ姫は何も言わない、いや何も言えなかった。既に戦況は一方的にエイリー伯に傾いている。
「アメリア殿は処刑! ガイナス様は処刑は免れても兵権剥奪! 暴風騎士団は解散! そしてあなたは、また『金剛の間』に閉じ込められる事になるのでは・・ありませんかな? 」
エイリー伯の二重三重に及ぶ卑劣な罠だった。しかも全部事実である。
「よろしいですか? 何故、私が国王陛下に報告する前にここに来たのか、お判りいただけましたかな? 今、この事を知るのは私と貴女だけだ。この記録を管理していた魔法使いには、申し訳ないが死んでいただきました。」
アメリアが言っていた、台地から飛び降りた魔法使いとは、その男の事だろう。
そして、ようやく話がみえてきた。
「あ、あなたは、私を脅迫しているんですか?! 」
「取引です!! なーに簡単な事です。あなたが、国王陛下に一言申し上げるだけでいい。『私はエイリー伯と結婚したいです。』とねー。そうすれば、この記録を記憶した魔石はあなたにお渡ししましょう。壊すなり、潰すなりすればいい。」
「結婚・・・? そんな事の為に? 」
「あなたはご自分の重要性を全く判っておられない。あなたと結婚すれば私は王族に列せられる。まずはあなたには私の子供を産んでいただきます。そしてその子供を私がレニオール大公国の世継ぎにしてみせましょう。そうだ、余生は公国で過ごすのもよいですな。なーにあなたには政治の事は判らないでしょうから、全て私に任せてくれればいい。・・・・」
勝利を確信したのか、エイリー伯は延々と自分の計画をしゃべりだす。フィーネ姫が聞いていようがおかまいなしに。恐らく自分の輝ける未来を想像して陶酔しているのだろう。
「嫌! 絶対に嫌! 」
だがエイリー伯は、まだ動じていない。
「私はどちらでも構わないんですよ? あなたが取引に応じないというのであれば、国王陛下に報告するだけです。これでも私は王国に忠誠を誓う身ですからねぇ。」
「っつ!! 」
「もちろんそうなればアメリア殿は処刑! ガイナス様は・・」
「帰って!!! 帰ってください!!! 」
フィーネ姫の声が裏返っている。半ば絶叫に近い。
エイリー伯は、それを聞くとあっさりと立ち上がった。追い詰めすぎてはいけない。
「3日、そう3日の猶予を貴女に与えましょう。それまでに国王陛下に『私はエイリー伯と結婚したいです。』と言うのです。3日たっても言わない場合は、陛下に報告しますよー。それでは・・」
扉が乱暴に閉じられる。エイリー伯の笑い声が聞こえる。
「クヤシイ・・、何で・・・? 」
こんな事、誰にも相談できない。自分ではどうする事も出来ない。エイリー伯と結婚? 嫌だ。子供を産む? もっと嫌。公国を自由にする? 意味が判らない。そもそも12歳の少女には重すぎる話であったし、理解するには知識も経験値も足りない。考えはするのだが、堂々巡り。
挙句、フィーネ姫の思考は短絡した。
「・・・・そうよ、無かった事にすればいいんじゃない。」
バンドー‥様を殺して自分も死のう。名誉を汚した者と汚された者の両方がいなくなれば、アメリアやガイナスも助かるかもしれない。
事はそう単純ではないのだが、そういう結論に至ったフィーネ姫を誰も攻める事はできないだろう。
エイリー伯に誤算があったとすれば、それはフィーネ姫の能力をあなどった事にある。
ひとしきり泣いた後、右手を開いたり閉じたりして自分の体内にある魔力の容量を計る。
「2割くらいかな? いけるよね。」
立ち上がり、壁に立てかけてあった神盾『ゴッドブレス アラカン』の中央に位置する羽ばたく鷲の紋章に手を当てる。
「アラカン、お願い。私に力を貸して? 私を助けて。」
フィーネ姫の王族魔法に呼応するかのように、盾を縁取る黄色が金色に光る。やがてアラカンはごろりと裏面を上に向けて床に落ちた。
裏面にある取っ手を引くと高さを調整し、フィーネ姫は更に魔力を流し込む。
神盾『ゴッドブレス アラカン』は静かに浮き上がり、フィーネ姫の膝の位置で止まった。取っ手を持ち、足場を確認するように、その上に立つ。
「アラカン、飛びなさい。私をデスパレスに連れてって。」
ヒストニア王国の象徴神である『アラカン』。鳥の姿をした神は千里を行き千里を戻ると言われ、四方を見渡す天駆ける神鳥。フィーネ姫が装備すると風魔法による『高速飛翔』と『千里眼』が備わる。
フィーネ姫を乗せ、あっという間に暴風騎士団本部を飛び立った神盾『ゴッドブレス アラカン』は晴天の空に消えた。
悪役になり切れる役者が大好きです。




