バンドーの決断
この回は書くのに今までで、一番時間がかかりました。説明回は苦手なんです。
アメリアは王都から馬に乗ってきたようだ。よく考えれば彼女は騎士団の副官なのだから、自分の乗馬を持っていてもおかしくはない。バンドーはゼノ式のスキル『飛足』を使い、彼女は馬でついてきた。
バンドーの邸宅をみるなり、アメリアは目を向いている。当然だろう、普通16歳の冒険者が持てるレベルのものではない。
「なるほど、ギルドマスター・レイのおっしゃってた事は真実のようだな。」
バンドーとしては今さらなので、何も応えない。馬は勝手口を通れないので門を開け、閉めると馬を庭につなぐ。
「バンドーさん、お帰りなさい! 」
カスミが気付いて出てきた。彼女は今、ティアの『星屑の光』に所属しているが、教えられた第1位階~第3位階の魔法習熟度を上げるために、バンドーのところに居ついている。名目上はそうなっている。
「バンドーさん、皮鎧脱いでくださいね~。あっ、籠手だけ先にください。後で整備しますから。」
「こんにちわ、お嬢さん。世話になります。」
「ひゃ? 」
いきなり声をかけられてカスミは飛び上がる。
「王国暴風騎士団副官のアメリア・タリスマンと言います。この度、バンドー殿には無理を言って押しかけさせていただきました。お気遣いなく、よろしくお願いします。」
「騎、騎士様ですか? バンドーさん一体何が始まるんですか? 」
「連絡もなく、すまねえなカスミ。取りあえず、アメリアさんを空いてる部屋に通して荷物をおろしてもらって、食堂に案内してくれねーか? 」
装備の片づけは俺がするよ、とも付け加える。
「ひゃい。どうぞー。」
バンドーは手早く装備を外すと納屋の前に立てかける。井戸で水を汲み、軽く上半身を拭く。
時間はもう夕方だ。迷宮から上がってきて、ギルド4階で時間を食い、もうこんな時間になっている。
(今夜は風呂は無理かもなぁ。)
迷宮から上がってきた時は風呂を沸かすようにしているのだが、しょうがない。イルミタニアで風呂を沸かすのは時間がかかるのだ。特にバンドーは。
食堂に行くと、アメリアがもう来て座って待っていた。
「カスミ、すまねえがちょっとギルドの仕事の話をするんで、外してもらってていいかな? 」
わざと説明するようにカスミに言う。そう、アメリアさんとこれから話す事は仕事上の話だ。例え綺麗な純血エルフのお姉さんと会話していようが、これは仕事の話なのだ。
カスミは最近、何かと首を突っ込んできたがるしな。受け身だった当初とは大違いだ。難しい年ごろでもある。
「はーい。」と言うなり、素直にカスミは出て行った。まあ、相手は王国の騎士様だし秘密の話と言われれば、出ていかざるをえないだろう。
「アメリアさん、これが俺のコレクションだ。」
食堂の戸棚の奥からバンドーが取り出した箱の中には、魔石が綺麗に並べられている。全て拳大の大きさだ。
「だが、正直言うと、ご要望には応えられないんじゃないかな? と俺は思ってる。」
アメリアは何も言わず、バンドーの魔石コレクションをひとつひとつ見つめている。そしてひとつ残らず見終えると、
「これで全部だろうか? 」
「ここにあるものが全部だ。」
アメリアは一つ手に取ると、くるくる回す。
「大きさは申し分ない。・・だが」
バンドーの趣味で、魔石は色々な色が入ったものが多い。ほとんどそうだ。単にきれいだから、そういうものを集めたのだが、実は魔石は単一色の物が純度が高くて高級とされている。
アメリアが冒険者ギルドで言っていた高純度とは、そういう事なのだ。同じ系統の魔力を収めた魔石が必要だという事なのだった。
「くっ、無駄足だったか・・。」
「・・・・なあ、アメリアさん。よかったら、もう少し俺に説明してくれないか? 俺の家にまで来たのも何かの縁だ。協力できることは協力するよ。」
バンドーの申し出にアメリアはしばらく考え込んでいたようだが、
「・・そうだな、ここまで来たのも何かの縁だ。貴殿には迷惑をかけた事でもあるし、な。」
アメリアの話によると、病気になっているのは王国の第3王女、フィーネ・エレイラ・バルヴィオーネ。
年齢は12歳。12歳にして、王国暴風騎士団の団長を務めているらしい。ただ、最近は騎士団の規模が縮小され、ほとんどお飾りだとか。
「ふーん、聞いたことがあるな。それ、ひょっとして暴風姫フィーネじゃねーか? 」
暴風姫フィーネ。王国国民なら聞いた事があるふたつ名だ。9歳にして隣国との戦場に参陣し、隣国との戦いで暴れまわったとか。王国の城壁を破壊したとか、本当か嘘か判らない噂が流れた事がある。
「まあ、そうだな。姫様に悪気はないのだが・・。」
概ね、事実だという。
「これから言う事は、貴殿だけの胸の内に収めておいてほしいのだが、実は姫様には公にできぬ秘密があってな。」
それは『魔力過多』。マイナススキルの一つで、魔力の回復が常人の数倍あり、魔力量が一定以上になると自らの意思を外れて魔力行使が行われ、暴走してしまうらしい。
通常は、魔力過多状態になる前に魔力を使用放出させると暴走する事は無いらしいのだが、間の悪い事に姫が魔力過多になる直前に流行り病にかかってしまい、魔力行使どころではなくなったとか。
「・・今頃フィーネ様は、金剛の間に閉じ込められている頃だ。」
金剛の間とは、フィーネが扱う風や雷の魔法に耐えうるようにつくられた専用の部屋。いわば、フィーネ姫を閉じ込める為に作られた部屋。
「つまりあれか、魔力過多による暴走が始まっちまったら、誰も近付けなくなる訳だな? 」
「そうなるな。しかもそれは、フィーネ様の魔力を全放出するまで続く。おおよそ3日くらいだろうか。その間、姫様は食事も取れんし病気の治療も受けられん。トイレにも行けないし、そもそも金剛の間には家具ひとつない。」
「王国の魔法使いは一体何やってんだよ?レジストできるやつが一人くらいいるだろ? 」
「・・・・姫様が行使する魔法は王族固有の風魔法なのだ。今現在、王国内で使える術者は姫様しかおらん。通常の位階魔法ではないし、そもそも姫様は位階魔法を使えん。以前暴走した時に試して、何人も犠牲者が出ている。それで金剛の間が作られたのだ。」
ひどい話である。流行り病にかかった女の子が3日3晩放置されるのだ。しかも文字通りの放置。トイレにも行けず、ベッドも無く、食事も摂れない。そもそも流行り病にかかっていたら起きる事も出来ないだろう。しかも魔力放出・魔力枯渇は体力を消耗する。例え暴走が終わったとしても、生きているかどうかあやしい。
しかもアメリアの話によると、父王が、これを機会にフィーネを抹殺しようとしているのではないか? という。
「おいおいおい、物騒な話だな? 」
俺に話していいのかよ? とも思うがとにかく、魔力過多のせいでお嫁に出す事も出来ない。戦争が終わって戦力としても必要ない。そしてもう一つにはフィーネ姫の母親が側室で王国外の出身者らしい。
「実は魔石を集めるためのお金はフィーネ様の母上から出ているのだ。父王ドッガーズ様はフィーネ様を金剛の間に置くと言われて以降は無視されている。」
暴風騎士団団長のフィーネ、その副官であるアメリアとしては何とかしたい。だが、国王勅命では動けない、と言う訳だ。
「・・で? 魔石かよ。」
「うむ。実は魔石を使って絶対魔法防御のフィールドを作り出す機械が王宮にあってな。それぞれの属性の魔石をはめて使うのだが、これを使って安全地帯を作り上げ、フィーネ様に回復魔法をかけようと、そう思ったのだ。」
アメリアの話はようやく終わった。なるほど、そういう事だったのか。そして魔石は間に合わないと。
「回復魔法ね~。一つ聞くけどよ。回復魔法じゃなく、流行り病を治す薬はあるか? 」
「ふむ? そうだな。あるにはあるが、飲み薬となると効果は遅くなるだろうな。病気には回復魔法が必須だと思うが? 」
そうですよねー。思わず、バンドーは昔、流行り病にかかった事を思い出す。
ちなみに普通のポーションでは病気は治らないらしい。
「そうか、それともうひとつ。アメリアさん、俺を金剛の間に連れていく事は可能か? 」
「貴殿をか? 何人かに根回しをすれば、できない事は無いが結構大変だな。・・・行ってどうする? 」
「アメリアさん、俺がフィーネ姫に薬を飲ませてやるよ。俺、スキル『絶対魔法防御』持ちなんだ。」
バンドーは、あえて嘘をつく。バンドーが持っているスキル『魔力分解』はイルミタニアでは人間が所持できない。何故なら、イルミタニアで生まれた人間は、量の大小はあれ必ず魔力を持っているのだ。普通、魔力が無くなると、イルミタニア生まれの人間は魔力欠乏で極度の頭痛・吐き気・めまいに襲われて、それが続けば昏倒する。魔力ゼロのバンドーはいわば、イルミタニアでは有り得ない現象なのだ。
(まあ、だからそれを知ったレイ教授が興味を持って、俺を迷宮都市でかくまってくれてるんだけどな。)
ちなみに、『絶対魔法防御』のスキルは存在し、魔力を使って時間制限内に絶対魔法防御を発動させる。
見た目に見える効果は似たようなものだから、ばれることはないはず。
「そうか。『絶対魔法防御』なるほど、貴殿が迷宮デスパレス50階層にまで潜れる秘密はそれか! 確かにそれならハイエンシェントリッチとも戦えるか。しかし、頼めるのか? さらに貴殿に迷惑をかけてしまう事になるが・・。」
「かまわねーよ。それともひとつ頼みがあるんだが、もしも薬を飲ませる事に成功しても、俺をすぐに開放してほしいんだ。」
「どういうことだ? 」
「褒美とか勲章とか絶対いらないから。もう俺なんかいなかった事にして、すぐにデスパレスに返してほしいんだよ。これは絶対だ。逆に言えば、この保証がなければ俺は王都に行けない。」
そう、行かないのではなく行けない。行ってはいけないだろう。
「ふむ、まあ冒険者にはいろいろあるというしな。判った。お願いするのはこっちの方なのだ。否やは無い。」
(あー、ひとりで決めちまったな。怒るかな~? )
「カスミー!! 」
「はい、バンドーさん! 」
こいつは待っていたのか? 待っていたんだろうな。
「カスミ! 明日朝一番にティアに来てもらえるか? 」
「ちょうど来ることになっていますよ? 」
あれ? あー、そういえば5泊6日のデスパレスツアーから戻ったら来るって言ってたっけか?
「それとバンドーさん! お風呂が沸いてます! 」
なんだと? カスミ、お前はいつからそんなに有能になった?
「大変だったろ? この短時間によく沸かせたな~? 」
「? ・・いえ浴槽にお水を入れてファイアーボール! で、すぐですよ? 」
くっ、何だか悔しいバンドーなのであった。