薪割りしてたら誰もいなくなった
バンドー、君に幸あれ。
(何が一体、どうなってやがる? )
朝食を片づけたテーブルを囲み、バンドー、カスミとユメ、そしてティアが座っている。
何だ、この静けさは?
ユメは後頭部に手を当てて、イスを後ろに揺らしている。カスミは何故か目が赤く、チラリとバンドーを見たり視線を落としたりティアを見たりしている。ティアも無言でお茶を飲み、時折り開け放たれた扉の外、庭先に視線をやるばかり。
(よく判らんが、何をしゃべっても駄目な気がする。)
バンドーは脱出を決断した。
「お、俺は納屋前で、朝の薪割りをしてくるから! 」
次に動いたのはユメだった。
「うち、ちょっとバンドーさんに話があるから、バンドーさんのお手伝いしてくるわ~。」
ユメがバンドーの後を追いかける。追いつくとすぐに話を切り出した。
「どうした? ユメ。」
「うん、うちな。しばらく盗賊ギルドにキャンプに行こ思って。新しいスキルとか技とか、覚えよ~思うねん。」
バンドーさん、いろいろありがとう。又来るから、と付け加える。
「そうか、すぐ出るのか? 金はあるか? 」
「うん、カスミちゃんには昨日の夜、言ってあるから、すぐ、出るわ~。」
そうか。まあ、ユメも何かヒントを得たんだろう。ゼノ式をヒントに覚えたいスキルがひらめいたのかもしれないな。俺では盗賊スキルや技は教える事ができないし、カスミだけ成長するのにあせりがあるのかもしれない。
「ほな、な~。カスミちゃんをよろしく~。」
ユメが手を振っている。それを見送りながら、バンドーは薪を割る。
スパァーン
カスミとティアのうち、最初に言葉を紡ぎ出したのはカスミだった。
「・・ティアさんはバンドーさんとつきあってるんですか・・? 」
ティアの形の良い右眉がピクリと動く。
「ストレートな質問ね。」
言葉をにごしたのは、ティアとしては判断がつかなかったからだ。
(この娘は一体、どこまでバンドーの事を知っているのかしら? バンドーはどこまで喋ったんだろう。)
それと、この場の雰囲気は?
「・・付き合ってはいないわ。私とバンドーは、そうね。お互いに協力関係にはあるけれど。」
嘘は言っていない。ティアはバンドーに魔法習熟度を上げさせてもらっているし、バンドーの要求には最大限に報いている。
「・・姉弟なんですか? 」
ティアはカップを置いて一瞬、目を見開き、それから吹き出した。ひとしきり笑ってから、
「・・聞いていたのね? 違うわ。昔、そうバンドーが6歳くらいの時に、当時10歳だった私はバンドーの病気を看病していたことがあるの。それが縁で、いつからか姉あつかいされる事になっただけよ。」
「・・そんなに古くから、バンドーさんと・・。」
話が途切れた。片肘を付き次に言葉を切り出したのはティア、
「彼のスキルの事は知ってるわよね? 」
「はい、”魔力分解”ですよね。」
「そう。あれは実は見た目ほど便利なスキルじゃないの。特に幼い子供にとってはね。」
「そうなんですか? 」
「そうよ~、だって全ての魔法が効かないという事は、回復魔法も受け付けないって事なのよ? 」
「あっ。」
「カスミちゃんがいたニホンの事はそんなに知らないけど、ここでは重い病気を治すのは回復魔法が一番なの。でも、それが効かない。まあ、後から判った事だけど、少しは効いてたんだけどねぇ。レイ教授によると。」
余計な事まで言っちゃったわね、とティアは言葉を切った。
「テ、ティアさんはバンドーさんとその、・・昨日の夜・・」
「・・見たの? 」
「い、いえ、見てはいません!見てはいませんけど、・・そのバンドーさんの部屋からティアさんの声がして、あの・・。」
(・・そこまで聞いちゃうかー。どうしたらいい? そもそも、ケイン君はこの娘をどうしたいのかしら? この、イルミタニアの事をまるで何も知らないこの娘を。この世界がどんなものなのか、教えたほうがいいのかしら? )
「そう。・・昨日はむしゃくしゃしてたから、やっちゃったわ。」
「!! ・・つ、つきあってもいないのに、そういう事は・・」
「カスミちゃん、この世界ではね。命の重さが軽いの。」
「・・それとこれとは関係がっ」
「あるわ。カスミちゃん、この世界で魔法習熟度が簡単に上がるって、どれだけ重要な事か判る? 凄い事なのよ? 」
「・・で、でも、だからってバンドーさんと、・・」
「魔法の威力が上がれば、迷宮内での生存率も上がる。生存率が上がれば生きて帰ってこれる。つまり私は、バンドーから命の保証をもらっているの。だから、誠心誠意バンドーに尽くす。これのどこがいけないのかしら? 」
「っ! 」
「逆にあなたに聞くわ。あなたはデスパレスでバンドーに命を助けられたのよね? それでこの家で食事も寝る所も与えられて、おまけに魔法習熟度も上げてもらって、それであなたは一体、何をしているの? 私に文句を言うだけかしら? 」
「っっ!! 」
駄目だ、カスミ。いろいろな意味で経験値が圧倒的に足りてない。
「わ、私は! 」
カスミは食堂を飛び出した。
「バンドーさん! わ、私この家を出ます! お世話になりました! 」
薪割りの手を休めるバンドーの前で仁王立ちをしながら、そう言い放ったカスミは踵を返す。そのまま客間に飛び込むと、自分の装備一式を着込み、かき集め、バタバタと家を飛び出していく。
「はぁぁぁ?! 何だ? 一体、何がどうなってやがる。」
「ケイン君、ごめんなさい。ちょっと、カスミちゃんと、やっちゃったわ。」
キミの事は言えないわね、と付け加えながら頭を振るティア。
「と言う訳で、あたしも帰るわ。何だか、キミの顔を見るとむしゃくしゃするし。」
帰るわね、と無詠唱でゲートを唱えるなり手をひらひらさせた。
「おいおいおいおい! 」
鳥が鳴き、まだ朝も早い中、気が付けばバンドーは家にひとり。何だか訳が判らないうちに一人、取り残されている。
「・・・一体、どうなってやがる。」
またそう、バンドーはつぶやくのであった。
11/13誤字修正 行っちゃった→言っちゃった