これが終わりか始まりか
最初は小さかった鐘の音は、やがてだんだんと大きくなる。腹の底に響くように、デスパレス全体を揺らすかのように、事実迷宮自体が揺さぶられているかのような錯覚に陥る。
「……腹に響くんだよ、くそ」
体力も気力も魔力も最悪な状態、加えてカスミを何とかしなければいけない。
「……バンドーさん? 」
魔力組成によるカスミ創造は成功したかに見えるが、カスミはまるで眠りから覚めたかのように、ぼーっとしている。
「くそっ」
やがて一際、大きく鐘の音が鳴り響くと、バンドーの周りに六つの光の柱が立つ。光り輝き天井にまで連なるそれは、両腕で抱えきれないほどの大きさを持っている。中に何者かがいるのかは窺い知れない。
『三つの卒業スキルはシャンドラへの道標』
『サードステージへの扉は開かれる』
『その資格、見極めさせてもらうぞ』
途端、バンドーの身体中に違和感が走る。バンドーの身体は光を帯び、身体の中を何かが駆け巡り、彼は思わず悲鳴をあげた。
『どう見る? この者』
『この少女は魔力組成で組み上げた者に相違ない』
『肉を欲する状態で解脱に至れるとは思えぬ』
『不適格か?』
『このまま上げては、あやつのように墜天しかねぬな』
『不適格、消してしまうか? 』
『消し去るか』
『無き者にしてしまうか』
言葉が続く度に、バンドーは悲鳴を上げ続ける。脳内に指を突き込まれ、掻き回されているかのような感覚が彼を襲う。
これが魔神がのた打ち回っていた原因か。言葉自体が力を発し、現実化しようとするかのように。
「あっ、あ…… 」
バンドーはのた打ち回り、口元からはよだれが垂れている。
「あ、ああ。バンドーさん?! バンドーさん! やめて、やめて! 」
バンドーの様を見て、急速に覚醒したカスミが声をあげた。その声は、だが光の柱の一柱が発する言葉に打ち消された。
『異論あり、各々の意見を聞きたい』
途端、バンドーへの圧力は消え去り、ともすれば宙に浮きかけていた彼の身体は床に投げ出される。
『卒業スキル制自体に問題があるのではないか? 』
『ほう』
『ほう? 』
『大胆な提言ではあるな』
『魔力分解で肉親の情を断ち切り、魔力組成で愛する者を遠ざけ、魔力融合で新たな者を生み出す、果たしてそれが解脱に至る道であろうか? 各々方はどうであったか? 』
『なるほど、耳を傾けるべき意見のようだ』
『確かに我らは効率を考えるべきではない』
『解脱は個が行うもの、システムには向かぬと? 』
六つの柱の間を光が飛び交っている。人のざわめきのような、羽虫の羽ばたきのような異音もするが、何が行われているのかは、判らない。
バンドーは、ようやく頭を上げ、光の柱に目を向ける。
「くっ、こいつらが魔神の言っていた古き先達とかいう奴らか」
逃げる気力も起きないが、正直ステージが違い過ぎて話にならない。
『卒業スキル制を見直すとして、この者たちはどうする? 消してしまうか? 』
『この者は、我らが決めたシステムの中でスキルを揃えたのだ。むしろ称えるべきではないか? 』
『だが、卒業スキルはイルミタニアには巨き過ぎる。消すべきであろう。代わりに何か与えるか? 』
『200階層に落としたあやつはどうする? 』
『以前褒美として与えた地上世界での時限転生の時のあれを使えばよいのでは? 』
『ふむ、決したか』
『そうするか』
言葉が終わると共に、起立していた六つの光の柱の発する輝きが部屋中に広がっていく。バンドーやカスミはもとより、見える範囲全てが光に覆われる。耳鳴りがして、それは身体中に伝播する。
『励めよ』
静寂は唐突に訪れ、二人が目を開けた時には全てが終わっていた。魔神の言う黒曜宮どころか、辺りはいつのまにか洞窟の様相。いや、来る時に見た深い谷とそれに掛かる細い道は存在している事から、ここがどうやら75階層である事は判る。
『バンドーはスキル"深淵を覗きし者"を手に入れた』
「……助かったのか? 」
体力も魔力も限界のところに身体中と脳内をいじくりまわされて、バンドーは疲労困憊。立っているだけの状態と言っていい。
そこへカスミが、すがりつく。
「バンドーさん、バンドーさん、バンドーさん、バンドーさん…… 」
ひたすらバンドーの名前を呼ぶカスミの髪の毛をなでる。駄目だ、掛けるべき言葉がみつからない。
聞きたい事はたくさんあるのに、言葉を思いつかない。
「大丈夫か? 」
そう言うのがやっと。
ふと、気を巡らせながら身体の調子を見て気付く。得ていた筈の卒業スキルが見当たらない。先程得た『深淵を覗きし者』はどうやら鑑定もできるようで、自分に掛けて覗いてみると、スキル構成が変わっているのが判る。魔力分解は絶対魔法障壁に、魔力組成は恐らく魔力回復強に置き換わっている。他にもいくつかスキルが入れ替わっているようだ。魔力吸収は相変わらずある。
「へっ、何をしやがるかと思えば…… 」
ゼノ式はともかくとして、バンドーのスキル構成はどちらかというと魔術師よりになっていた、だが、彼に使える魔法は限られている。問題は、ここが75階層だという事。
「くっそ、絶対帰ってやる。カスミ? 帰るぞ?! 」
この後、幸いな事に魔物は出ない事を二人は知るのだが、そこは退屈なのであえて書かない。55階層まで迎えに来ていたカササギ達と合流し、二人は無事に地上に戻る。
「お兄様? せっかく渡したカササギのお守りを、どうして使わなかったんですか? 」
お守りとは、出発の時にカササギから渡されたスクロールの事である。後で確認したところ、それは第6位階のゲート魔法を唱えるためのものだった。スクロールを広げると、ご丁寧に丸石までが転げ落ちてくる。
つまり、これをカスミに渡して唱えさせていれば一瞬で地上に戻れていた筈‥‥‥
「……こ、これはカササギからもらったお守りじゃないか、そんな簡単に使える訳ないだろ? 」
「ふーん、まあいいですけれどぉ」
一体、魔神はどうなったのか。200階層にいるのか、それとも何処かに飛ばされたのか。彼の消息はようとして知れない。
半年の時が過ぎ、魔力分解をはじめとする卒業スキル失ったバンドーは、スキル構成に合わせて、今更ながら位階魔法を覚える事にした。とは言うものの、フィーネやイルミダが超速で習熟度を上げたようにはいかない。地道に魔法を使って、上げていくしかない。
一時、魔物湧きが滞っていたデスパレスも、今では普通に機能している。正直、あのまま魔物がいない状態が続けば、迷宮都市デスパレスの存在意義が問われ、冒険者ギルドも解散の憂き目にあっていたかもしれない。
バンドーは正式に改名して、バンドー・サムニウム・エイジになった。名前と名字が逆なのは気にしてはいけない。ついでに言えば、本当はエイイチなのだが、そのまま付けるとおかしな名前になるので適当に短くしたのは内緒だ。間にサムニウムが入っているのは、サムニウム族の領域が正式にバンドーの領地としてカタリナに認められたからである。爵位はサムニウム辺境伯となった。
イルミダは、相変わらずサムニウムの領域にいる。彼女はバンドーの家臣として仕える事になり、今は家宰として領地を取り仕切っている。ちなみにサムニウム族の領土の全域が彼女の支配下にある。実は彼女も魔力分解スキルを失った。
ティアはバンドーが辺境伯になったと同時に、エナにお山に呼び戻された。多分、ゼノ式の総帥を継ぐことになるだろう。それに伴い、彼女の『星屑の光』は大幅に縮小した。何人かは『銀翼の華』に移っている。
フィーネは、ようやく13歳になった。デスパレス修行は3年という約束なので、その間にバンドーと結婚したいといつも言って、アメリアさんを困らせている。
アンは、『銀翼の華』に移ってきた。『銀翼の華』も連隊申請することになっている。彼女はどうやら、ゼノ式の道場をデスパレスで開く事を目論んでいるようで、ティアと相談中だとか。道場参加には実はバンドーも誘われている。
みんなそれぞれ、なるようになったというところか。
カスミも15歳になった。今もバンドーの屋敷にいる。一度バンドーがカスミに
「結婚するか? 」
と聞いた事があったが、カスミは今はこのままがいい、と言っていた。理由は、まだバンドーの役に立ってないからだそうだ。考えてみれば、バンドーもまだ16歳である。もうすぐ17歳になるのだが。
「お兄様? カササギはいつもお兄様を見ていますからね? 」
にっこり笑って、そう言われると怖い。だが、カササギには世話になった。結局マユミと和解は出来なかったが、事情を考えると仕方が無い。これも人の巡り合わせ、
「カササギは、会いたい二人の仲を取り持つ鳥なのですよ? いつかきっと、うまくいきますから・・。」
最後はカササギにもっていかれた。
まあ、あるがままに なるように。
この話は、読専だった筆者が読み飽きて自分で自分の好みで書く事にして書いた初作品です。
最初漠然と思った事は、
チートのようでチートじゃなくてやっぱりチート。
ハーレムのようでハーレムじゃなくてやっぱりハーレム。
異世界転生ものだけど異世界転生した意味がなくて、でもやっぱり意味があった。
あとはキャラ付けだけはしっかりして、そのままに動かす。
でした。流行を追わず、ひたすら好きなように書く。まあ、その結果どうなったか。
ただ、私が思った以上に読んでいただけたようで、大変うれしく思っています。
ここで終わらせるか、それとも第一部の形にするか悩みどころではありますが、まだ決めていません。
最後に、途中何回か中断してしまった事、お詫び申し上げます。そして、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。 5月18日 23時35分