表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君はあるがままに なるように  作者: 風神RED
第八章 
133/134

ああ、時に女は何者にも勝る事がある

朝、かどうかは判らない。二人はいつ眠りについたのかすら覚えていない。まどろみと呼ぶ、そんな朝。


二人がいるこの部屋は、ホテルの一室のような造りになっている。魔神の趣味だろうか、窓ひとつない部屋ではある。だが室内は程よく明るい。

天井には豪華なシャンデリア、壁面には魔法の光を放つランプが灯され、立派な鏡を据えた鏡台もある。隣りの部屋はバスルームになっており、トイレもある。


「私、シャワー浴びてきますね」


カスミは恥ずかしそうにバスルームに消え、バンドーは半身を起こしてぼんやりとしている。


交互にシャワーを浴びた後、二人は出立の準備をする。まあ、別に何処へ行くという訳でもないのだが。ただ、それは儀礼的なものであった。


「バンドーさん、しっかりしてくださいね? 」


その言葉はバンドーの脳内にまで響く。彼は両手で頬を叩き、ベッドの傍らに置いていた皮装備に手を伸ばす。装着した後に、左肘にはいつもの双頭蛇ケーリュケイオン、そしてバックパックも腰に巻く。


二人は立ち上がり、手をつなぐと一つしかない扉へと足を運ぶ。


扉をくぐったその先に、当たり前のようにソファに座った魔神がいた。二人の背後で扉は閉まると消える。

魔神の傍らには、メイド服姿のラケシスも両手を前に沿えて控えている。


「お早う、昨夜は楽しめたかね? バンドー、君には過ぎた夜だったろう。その思い出を胸に地上に帰るといい」


二人は顔を見合わせ、頷く。最初に言葉を紡いだのはカスミだった。


「ヴァルケラスス様?! 」


彼女の口元には満足そうな笑みが浮かんでいる。


「いろいろお世話になりました。さようなら! 」


その言葉を合図に、バンドーはカスミを分解消去した。笑顔のまま、カスミは塵となって消える。


『バンドーは魔力組成のスキルを手に入れた』


バンドーの表情は般若である。目は吊り上がり、しかし口元にはアルカイックスマイルをたたえている。心の中と、顔に出す表情が相反する時、人はこのような表情になる、……なる。


「魔神ヴァルケラスス、お前に、カスミは、使わせない! 」


カスミ、俺はうまく笑えているだろうか。


魔神は立ち上がってはいたが、反応は無かった、すぐには。


なんだ、この間は。


「あっ、あ…… 」


魔神が何か言ったようにみえた。

彼の脳裏を今、占めていたのはカスミの記憶だった。泣き叫び許しを乞う少女は、しかし今はもういない。


馬鹿な、私が人間の女ひとりの喪失に動揺するなど、有り得ん。


馬鹿な 馬鹿な 馬鹿な 馬鹿な 馬鹿な 馬鹿な


「……カスミ、一体お前は私に、何をしたー?! ……いや違う! 」


魔神の視線の先にはバンドーがいる。彼は悪そうな笑みをたたえていた。そこで魔神は更に混乱する。そもそも自分が望んでいた事は、バンドーが愛する者をしいる事であったはず。なのに何だ、この感覚は?


「お父様? 」


心配そうに近寄るラケシスを制し、魔神は両腕を上げ、その腕を真っ白に光り輝かせる。魔力組成によって現出したのは細長い白銀のランスだった。彼は弓のように上半身を反りかえらせる。


「……バンドー、お前だ! 貴様は一体何をした?! 」


「お父様、駄目です?! 」


ラケシスの悲鳴のような叫び。だが、それは魔神の行動を止めるには至らない。魔神の手から白銀のランスは放たれ、それはまっしぐらにバンドーに向かう。



これは、賭けだ。



紛う事なく、白銀色のランスはバンドーの腹に深々と突き刺さる。内臓が破壊され、ランスの先は貫通してバンドーの身体の背後に出た。


「ぐっ!! 」


バンドーは、敢えて受けたのだ。胸の辺りを血がのぼってくるのが判る。


「ば、馬鹿なぁ! 貴様、何故、魔力分解で受けん?! 」


やっておいて今更な魔神の台詞を聞きながら、バンドーは必死に体内の組成に務めていた。


(へへ、手に入れたばかりのスキルを、そんなにうまく使えるかよ)


なかば自嘲である。卒業リンカースキル、魔力組成さえあれば何とかなるように思えるが、魔力分解の時でさえ、把握するために数日かかったのだ。


その時、突然、鐘の音が鳴った。


最初は小さな鐘の音が低く、そして次第に大きく響き、最後には迷宮デスパレス全体を揺らすかのような重厚な鐘の音が、辺り全体に響き渡っている。


「貴様、まさか?! 」


魔神は言うなり頭を抱えた。その魔神の周囲に、やおら六つの光の柱が立つ。柱の先は天井にまで達しており、太さは両腕を広げる程、大きい。六柱の光の柱は激しく光り輝くと魔神を真ん中に取り囲む。


やがて声が聞こえる。


『お前は今、重大な契約違反を犯した』

『守るべき卒業リンカースキル持ちを傷つけた』

『契約違反は罰されねばならぬ』

『最近は仕事に励み、75階層にまで辿り着いたものを不甲斐ない』


言葉が聞こえる度に魔神は身体を反らした。言葉が魔神をむち打っているのだ。ステージが違うと発する言葉にすらダメージを与える力が込められているものなのか。その光の柱の存在は、どうやら魔神より上位の者であるらしかった。


『罰するか』

『やむを得ぬ』

『同意する』

『さてどうする? 』


六つの光の柱は、ざわざわと相談を続けていた。言葉は理解できない。


『100階層追加! 』

『100階層追加! 』

『100階層追加! 』

『100階層追加! 』

『100階層追加! 』

『100階層追加! 』


『決したな。お前には100階層追加の罰を与える、反論は許さぬ! 』


唐突に魔神の立つ床下が闇に覆われると、魔神を飲み込み突き落とす。魔神の身体にしがみついて震えていたラケシスもろとも、二人はすさまじい加速の中、深淵へと消えていく。


それを見届けると、六つ光の柱は現れた時と同じように、唐突に消えた。


「はははは…… 」


バンドーは力なく笑う。喉の奥に違和感が広がり、やがてそれは鉄の味になって口腔に広がる。


「ぶふっ、げほっ…… はぁ、はぁ」


血を吐き捨てながら、彼は必死に集中する。集中だ、集中……。


「昨日、あいつがやってたようにすれば…… 」


銀色の細長いランスは、まだ腹に刺さっていた。分解してもいいのだが、これを無くすと今以上にひどい出血になる気がする。


(押し出す感じだ。身体を創るなんて考えるな)


まずは何でもいい、止血になるものを腹にもってくる。そしてランスを押し出す。


「ぐっ?! 」


音を立てて、ランスが床に落ちた。受けた傷の穴には取りあえず何か止血になるようなものをイメージして組成して押し込んでいる。当然、感覚はまだない。


徐々に、血を通わせればいい。身体ではないものが身体の中にある違和感を消し去る。身体の元の状態をイメージして、それに近付けるように。


「こんなんで、いけるのかよ? 」


バンドーの息が荒い。床には血だまりが出来ている。血だ、血が足りない。体内の血も増やせるのだろうか? 魔力組成スキルを得たばかりで、ハードルが高過ぎる連続だ。


「血…… 」


全身を血が通っているイメージ、身体中を流れる血流をイメージする。


「よ……し」


何とか回復してきたような気がする。ここまで、実はわずか数分の出来事なのだが、バンドーにとっての体感時間は、その数倍くらいに感じられている。


大きく息を吐きだす。いける、充分ではないが、ひとつの山は越えたように感じられる。そして、次にする事は決まっていた。


「……カスミ」


バンドーは昨夜の会話を思い出す。カスミは昨日、自分の事をよくしゃべった。喋りすぎるくらいに。


「あの怖い人は、私に何度も何度も痛い事をしたんですよ? もう嫌なんです。地上に戻れないのなら、バンドーさんの手で私を分解してもらえませんか? ……それでね、それで私を、もう一度創って欲しいんです」


バンドーは息を飲む。


「馬鹿な事を言うな! 今あるお前が、そうなっても同じお前と、どうして言える? 」  


「……だから、バンドーさんに、全部知って欲しいんです。私の事を……それで、私を、もう一度創ってください! 」


そんな事が一体できるのか、許されるのか。例え出来たとしても、それは自己満足なのではないか。


「大丈夫です、バンドーさんが創ってくれるのなら、必ず私の魂は宿ります。だって、私一回、死んでるんですよ? 」


それはそうかもしれないが、そう言いかけて、自分の方をじっと見つめるカスミの真剣な瞳に遭遇して、バンドーは決めた。


ああ、時に女は何者にも勝る事がある。


「へへ、へへへへ…… 」


思い出し笑いである。


イメージだ、昨日のカスミをイメージする。あいつの笑顔は、どんなだったか。あいつの身体は、どうだったか。あいつはこれくらいの大きさで…… 


右腕を上方に持ってきて、左腕を左横にそえるように。そして魔力組成スキルを発動させ、円を描くように光の粒を発生させる。


この腕の中に、あいつがいるつもりで、イメージして。魔力を込めていく。裸じゃ、まずい。魔法服を着せようか? あいつの魔法服は黒だったか。


光の粒の向こうに、あいつがいる気がする。いけない、魔力を使い過ぎているのか? 途中でやめる訳にはいけない。 駄目だ、頑張れ俺。


どれだけの時間が過ぎ、どれだけの魔力を込めただろうか。視野が狭くなり、頭がくらくらする。


「くそ……できたか? 」


形になったカスミは、そのまま彼の腕の中に倒れ込んでくる。


「痛ぇ‥‥つう…… 」


傷はまだ治りきってないのだ。体力も気力も魔力も消耗している。


意識が無いのか? まさか人形じゃないよな? そうだ、身体を創っただけでは駄目なのかもしれない。血を通わせ、呼吸をさせないと駄目なのか? 


「んん……バンドーさん…… 」


カスミの頭は今、バンドーの耳元にある。確かに聞いた、囁くような声を。


『バンドーは魔力融合のスキルを手に入れた』


今更なんだ、それは。そうか、多分カスミを創ったせいだろう。スキルが手に入ったという事はつまり成功した証ではないか?


その時、突然、鐘の音が鳴った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ