修羅場はひそかに忍び寄る
今回、話が乱高下します。お聞き苦しい会話があるかもしれませんので、ご注意ください。
ブートキャンプ二日目、順調だ。極めて順調だ。カスミが詠唱可能な魔法、ファイアーボールとシャドゥウィップは、バンドーに当て続けたおかげで魔法習熟度MAXレベル10に達した。リアクティブアーマーもあるが、あれは自身に唱える魔法なので習熟度を上げることができない。
だがまあ、リアクティブアーマーに魔法習熟度は必要ない。あれは習熟度に左右されず、効果は一律なのだ。そもそも、後衛が常時唱える魔法なので、気が付けば習熟度MAXになっている。そんな感じだ。
それより驚いたのはユメの格闘センス。こいつは元々、鍛えられた細身のいい身体をしていると思っていたのだが、予想以上にゼノ式格闘術に順応している。
「よし、ちょっと休憩するか! 」
バンドーは食堂から庭先にイスを持ち出し、座ると大きく息を吐きだした。
何て健康的なんだ! こういうのもいいじゃないか!
カスミもユメも、バンドーが思った通りに成長してくれている。いや、思った以上だ! カスミもそろそろ、新たな呪文を覚える必要があるな。ユメはどうしようか? バンドーがそんな事を考えながら、額に手を当てた時、
コォォォォォォォ! という甲高い音が耳に入った。
これは聞き慣れたゲート魔法の音だ。ティアか? というかここのルーンを持っているのはティア以外に考えられない。
予想通り、ティアがバンドーの背後に現れる。
「よ~、ティア。この前は助かった。ゲート、ありがとな。そうだ、よかったらカスミに第3位階の魔法を教えてもらってもいいか? 」
バンドーは片手を挙げてティアに応える。だが、
ティアの様子がおかしい。近寄るなり、左手をバンドーの頭に、そして唇を右耳に近づけて小声でささやく。
「テラスで冗談のつもりで言ったんだけど、本当に3人で遊んでるとは、思いもしなかった。」
ティアの声が震えている。あれ? これは怒ってるのか?
「ケイン君・・」
あ~、これはやばい。本名はやばい。
「キミは前に私に言ったよね? 魔法習熟度が上がる事は内緒にしてくれ。ばれたら王都の連中にさらわれるかもしれないって。」
「言・・言いました・・。」
「じゃあ、何であのアイアンプレートの娘はL10のファイアーボールをバンバン撃ってるのかしら? 」
カスミのアイアンプレートは目立つ。あいつは杖に紐つけているからな。今度、注意しよう。
見るとカスミが、ファイアーボールの魔法習熟度レベルMAX達成がうれしいのか、バンドー邸の庭を囲う塀に向かってバンバン撃ち込んでいる。バンドーの家の庭を囲う塀は、第5位階のエクスプロージョンを食らっても壊れることはないつくりになっている。・・なっているのだが、
やめろ、カスミ。やめるんだ! 休憩と言ったじゃないか! それに第一、お前は習熟度MAXになったんだから、もう撃つ必要はない!
「カ、カスミが頑張ったからじゃないかなぁ・・? 」
ティアが、今度は両腕をバンドーの首元に絡め、頬をなでる。後頭部には彼女の胸の感触。
「そう、じゃあ聞くけど、あの盗賊の娘が演ってるのって、”ひよどり”だよね? ケイン君、あなたいくらゼノ式免許皆伝だからって、勝手にゼノ式を広めるのは、まずいんじゃないかしら? 」
ユメは短剣術にゼノ式格闘術を取り入れる事、著しい。だが、今はまずい、まずいのだ!
ユメさん!今は休憩中ですよ?!
「ひ、ひよどりって、あんなんだっけ? 」
言いながら、バンドーの態勢がややイスからずり落ちる。
「・・・・お祖父さまに言うわよ? 」
ティアの唇が、すぐそこまできている。
駄目だ、それは駄目だ! そんな事をされたら、本山召喚。最悪、再修業・・。
「んぐっ・・・。ティア・・・姉。・・まじ勘弁・・。」
パーティ名「星屑の光」リーダー、通称 聖魔女。
本名ティア・アーハイト・ゼノア。ゼノ式格闘術、創始者の孫娘。そして、幼い頃のバンドーの命を救った事もある。当時は修道女見習いだったのだが。。
だがバンドーのセリフを聞いた瞬間、ティアは手を放した。
「冗談よ。私がそんな事、する訳ないじゃない。」
途端にバンドーはイスからずり落ちた。
「それで? あの娘? カスミちゃんだっけ? に、魔法を教えればいいのね? 」
「お、おう。頼む。」
ティアはまるで何事もなかったかのように進み出ると
「カスミちゃん? こんにちわ! 」
「あっ! ティアさん! この前はどうもありがとうございました! 」
「カスミちゃん? 頑張っているみたいね! お姉さんが、第3位階の魔法、教えてあげようか? 」
「ええ?! 本当ですか?! うれしいです! お願いします! 」
何故だろう、俺の迷宮で鍛えた感覚が、修羅場はまだ続いていると告げている。こういう時は一体、どうしたらいいんだ?
何か他にやる事はないだろうか?
そうだ! 薪割りをしよう!
風呂を焚くのに薪は必須。オノで薪を一心不乱に割れば、心も落ち着く! やり始めても違和感ない! 多分!
スパァーン!
そして夜。
カスミはモンモンとしていた。近くでユメが寝転がっている。
「ねぇ、ユメちゃ~ん。新しい魔法、何がいいかな・・? 」
結局、カスミは新しく覚える魔法を決めきれないでいた。ティアが示した候補が8種類に及んだこともある。
「魔法の事はうちに聞いても無駄や。カスミちゃんの好きにしたら、ええねん。」
「・・そうなんだけどぉ・・」
そうだ! バンドーさんに相談しよう! バンドーさんならきっと、役に立つアドバイスをくれるはず。思いつくと居ても立っても居られない。
バンドーの部屋は2階にある。カスミ達の客間は1階。カスミは決意すると部屋の外に飛び出し、階段を登った。そのすぐ先に、バンドーの部屋はある筈。
バンドーの部屋の扉がわずかに開いている。声が聞こえた。あれ? ティアさん?
「ケイン君? 一体、どういうつもりなの? 私には一人でやりたいと言っておいて。若い娘を二人も引き込んで! 」
「ティア姉、今はそんな事、どうだっていいだろ? 」
「そんな事って、どういう事よ! 」
「・・こういう、事だよ・・! 」
「やん・・あっ・・」
漏れ聞こえる声。明らかにふたりは、いちゃついている?
カスミの身体が自然、熱くなる。思わず口を半開きにして、両手を頬に当てる。これ以上、進んじゃ駄目!
(これは見てはいけない! 見てはいけないものなのです! )
でも見たい。ううん、駄目、もし見つかったら? けれど見たい。でも見ちゃ駄目ぇ!!
理性と欲求の狭間で意思が格闘した結果、カスミは引き返すという結論に至る。
(二人は、付き合っていたんだ? でも禁断の姉弟愛? えええ? )
階段を駆け下り、ユメの待つ客間に飛び込むなり、ベッドの中に飛び込む。
(うううう、今夜は眠れないのです・・。)
カスミの長い夜が始まったのであった。