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君はあるがままに なるように  作者: 風神RED
第八章 
127/134

20階層そして……

辺りは一面、霧である。肌寒さも感じる。地面には、露を帯びた草花が一面に生い茂っている。

薄暗い感じはするが、実際のところは判らない。何故なら一面の霧で視界が取れないのだ。空を仰ぎ見る事も出来ないし、視界は3メートルほども取れれば、よいほうか。


どう見てもダンジョン内には見えないここは、デスパレス20階層。その別名を『追憶の間』という。


「いつ来ても、ここは気分が乗らねえ」


バンドーの背後に付き従うアン・ラスティも頷いている。


「同感だな、ここは…… 」


何かを言いかけて、アンは止めた。


この階層に入る前に、ふたりは合言葉のハンドサインを決めていた。霧で逸れて再び遭遇した時のためである。実は、この階層、危険度はそんなに高くはない。深い霧はあるものの、実体は迷宮もない草原であるし、凶暴な魔物も出ない。出現する魔物は1体だけ。


その名前をシンという。


竜に似た角を持ち、赤い髭と赤いタテガミ、形は太った蛇のようでもあり、二本足で立つと言う。

だがバンドーもアンも、その実体を今まで見た事はない。見る前に倒してしまうと崩れ落ちてしまうからであった。


「来た! 」


バンドーの目の前に人影が現れる。それは見る間に祖母の形をとる。懐かしくもあり、遠くに置いてきてしまったもの。


「破邪! 」


腰を低く取り、弓のように引いた右腕を右足と共に前に出す。破邪の掌底が決まり、祖母の形をしたものは崩れて消えた。


ちなみにアンには、バンドーが何と戦っているのか見ることができない。本人にしか見えない現象なのだ。

近しい肉親、友人や知り合いが形となって現れ、攻撃はしてこないものの、それらを攻撃して消し去らないと、この階層は永遠に終わらない。そしてその中のどれかにシンはいる。


ようするに当たりを引くまで、この戦いというかくじ引きは続く。

流石にシンは一定の戦闘力を持っているので、幻とは言え気を抜く事は出来ない。


シンを倒して初めてこの階層の霧は晴れ、ランダム位置に表れる次の階層へと続く階段を見つけることができる。


夢中で戦っているとパーティが離れ離れになってしまう事も珍しくない。そういう時に、決めておいたハンドサインが役に立つのだった。もちろん、幻と勘違いして同士討ちになる事を避けるためである。


「ほんとに、気が進まねぇなあ! 」


またひとつ、ティアの形を取った幻を攻撃して消し去りながら、バンドーは叫ぶ。この階層に一体何の意味があるのか、カスミの一件があっただけにバンドーの心中も穏やかではない。


(誰だ? )


小柄な少女を見かけたような気がする。それは一瞬姿を現し、魅惑的な微笑みを見せたかと思うと霧の中に消えた。


(誰だっけ? )


霧の中に現れる幻は、原則自分が知っている存在の筈、なのだがその少女の事をバンドーは思い出す事が出来なかった。

 

(見た……よな? )


過去に見た事があるような気はする。追いかけようとして、手を伸ばし、見つける事が出来なくなり立ち止まる。一瞬考えるが、また別の幻が姿を現したために、そちらに集中する。


「アン! 」


アン・ラスティの形をしたそれに叫びながら、バンドーは合言葉のハンドサインを見せるが反応はない。


「ちっ! 」


バンドーは左肘に付けた双頭蛇ケーリュケイオンからアンカーを射出すると消し去る。


(面倒くせぇ! )


ふと思いついた事があった。今の自分になら、霧を消し去る事が出来るのではないか? レイ教授いわく、このイルミタニアに存在する全てのものは魔力で出来ているという。だとすれば、この霧も魔力で出来ている筈。


「霧だけを選んで消せるのか? 」


試しに右腕を前に出し、魔力分解を発動して周りに漂う霧を消し去るようにイメージしてみる。掃除機で吸い込む要領で、漂う霧だけを消し去る、消し去る、……消し去る。


「こりゃ、思ったより時間かかるか? 」


霧が渦を巻いて右腕にまとわりついてくるような感じではある。


「グゲ、グギャギャ! 」


聞いた事のない叫び声を上げながら、いきなり霧の中から異形の魔物が飛び出してきてバンドーを跳ね飛ばした。


「おわわ?! 」


竜に似た角を持ち、赤い髭と赤いタテガミ、いやどこかで見たような気がする。セサミストリートのビッグバードに赤い髭と赤いタテガミが付いているこいつは幻なのか本体なのか。


「くっそ、こいつシンかよ? 」


今まで、幻のままに戦闘が終わっていたせいで本体を見た事が無かったのだが、ここに存在するという事はシンなのだろう。……そうだよな?


「飛足・烈風・破邪掌底! 」


飛足からの膝、そして裏破邪の掌底から表破邪の掌底につなぐ連続技を浴びせる。気合も魔力も充分なそれはあっさりとシンの身体を貫通し、しばらくたってから何処か壁に衝撃波が激突する音がする。


「アギャギャノギャー! 」


身体に穴を開け、そう叫ぶなりシンは崩れて消えた。


霧が晴れる。バンドーをみつけ、アンが寄ってきた。


「バンドー、階段はあっちだ」


見つけた階段を降りると21階層。だが、そこから延々29階層までは通称『デスパレス魔層』と呼ばれるエリアが続くはずで、バンドーは先を急ごうとするアンの肩を掴んで引き寄せる。


「休憩するぞ? 」


急に間近に引き寄せられ、アンは頬を紅潮させてバンドーに視線を這わせるが、やがてそっぽを向く。


「判った」


ここで一旦、身体を休めたほうがいい。20階層ではそんなに体力を消耗していない筈だが、深い霧の中でシンが出るまで気が張っていたし、肉親や友人に何度も切りつけるという事をしている。精神的に疲れない方がおかしい。ふたりは、その場に腰を下ろす。


アンが、腰のベルトから何やら黒いクリームが入った革袋を取り出すと、顔や鎧が付いていない部分に塗りたくり始めた。


「属性付けてんのか? 」


「うん、闇スキル避け。私は元々暗殺者クラスで闇属性強いんだけど、完全には防げないから」


21階層から29階層まで延々と続く『デスパレス魔層』では悪魔系の魔物が数多く出る。それらは攻撃魔法も使ってくるのだが、負荷バフも多く使ってくる。行動阻害のスロー系や気力減退ネガティブは地味に戦闘力を削ぐのだが、同じ闇属性には効かない。それを狙ってアンは闇属性を強化しているのだろう。


「食うか? 」


土オコジョの肉の燻製を裂いていくつか自分の口に放り込んでから、バンドーは手の使えないアンの口元にも土オコジョの肉の燻製をちぎって差し出す。アンは少し笑ってからかぶりつく。


「バンドー、なんか優しくなってない? バンドー? 」


バンドーの右手がアンを制している。


「どうしたの? 」


「アン、立て! 」


風が吹く、草花が揺れる。ざわざわする。20階層の敵は駆逐したはず、なのに殺意を感じる。誰かに見られている気もする。


チリン


鈴の音? ほんの一瞬、そんな音を聞いた気がした。


「……まさか! 」


やがて空中で地鳴りがする。矛盾している表現だが確かに聞こえる。霧が晴れた後に見える空、だがここは迷宮の中である。


昔、レイ教授に聞いた事がある。デスパレスで極々まれに起こる、その現象。


「階層破り?! 」


空中が裂けた。最初は小さく、見る間に大きく。


「アン、多分戦闘になる。アン? 」


いつの間にか、21階層への階段が閉じられている。それはつまり、この階層に魔物が現れるという事。


やがて空中に現れたのは、この階層に不釣り合いの天使の一群と、それを率いる小柄なワルキューレ。


「あいつはさっきの? あっ! 」


さっき霧の中で見かけた小柄な少女を思い出す。


「思い出した。あいつは…… 」


それはサムニウムの領域でバンドーに鏡を渡し、そしてイルミダに消された少女にそっくりだった。















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