イジメ(じゃありません)
いつの間に用意したのか、食堂から引っ張り出してきたイスを指差すと、ティアはバンドーに席に着くようにうながす。
「ケイン君は、そこで見ていなさい」
バンドー邸の広い庭先の中央にはカスミ、『黒猫のアン』ことアン・ラスティと魔女ジーン・ケニスティ、そしてミリアが相対していた。
カスミはいつもの黒の魔法服に右手にはブロンズクラスに上がってから使用している、ハンノキのワンドが握られている。そして左手の指にはいくつかの指輪が嵌められていた。
「リ、魔装防御! 魔法防御! 魔法反射! 瞑想! 」
カスミが必死に唱えているのは比較的下位の防御系魔法だ。
魔装防御は物理攻撃か魔法攻撃を必ず一度は防ぐ。防いだ後は50パーセントの確率で剥がれるかどうかの判定を受け続ける。
魔法防御は物理と魔法攻撃を緩和するが効果時間はその魔法習熟度と魔力に依存する。
魔法反射は魔法攻撃を回数反射する。ただし、何回反射できるかはこれも魔法習熟度によるのと、魔力使用量に依存する。他の魔法と重ね掛けした場合は一番上にくる。
瞑想は、これは魔力回復を増大させる魔法だ。
「へぇ…… 」
ジーンが鼻で笑うようにつぶやくと、目を細める。
ジーン・ケニスティ。通称は魔女と、その名前の前に付けられるのだが。『星屑の光』有数の魔法使いであり、デスパレス魔法ギルドの長であるリーインシャ・コーネリアスの愛弟子。リーインシャと同じく薄緑色の髪を持つハイエルフにして、未だ17歳。そのアルト・ボイスに魅了された男は数知れない。彼女程の魔法使いが、何故ティアが率いる連隊、『星屑の光』に入隊したのかと、一時期に話題になった事もあるのだが、今は置く。彼女の戦闘スタイルは多岐に渡るのだが、いくつかの固有魔法も修めている。
「準備はいいようね。じゃあ始めて! 」
バンドーの右隣りに立っているティアが声を掛ける。左隣りには同じくアリ・ヘルシオンが立っている。
「ティア、終わりはどうするんだよ? 」
「カスミちゃんが戦闘不能になるまでね。もしくは、ジーンやアンやミリアが戦闘不能に」
「なる訳ねーだろ? 」
バンドーの口は既に半開きである。やばいというか、これはどうみてもイジメだ。
「さて、どうかしら? 」
最初に仕掛けたのはアンである。元より『星屑の光』の切り込み隊長である彼女が腰のベルトから3本の苦無を取り出すと縦に並べて時間差に放つと同時にカスミに向けて走り出した。その後ろではジーンがアンに補助魔法を唱えていた。
「物理増大! 魔法防御! 」
ミリアが、容赦なくカスミの側面に回り込み、行動阻害の石壁を立てている。
「きゃひ?! 」
先制攻撃の苦無は避けたものの、走る先に石壁を立てられ、無様に衝突するカスミに追いつくと、アンは背中の小太刀を抜き放ち、躊躇なく振り下ろした。
金属にぶつかるような音がして、小太刀は跳ね返される。だが、アンには織り込み済み、初撃は魔法で防がれて当然。必死でワンドで受け、転がりながら逃れるカスミ。そこへ側面に回り込んだミリアが爆炎を叩きこむが、これも反射された。
「バ、バンドーさん、助けてください! 」
カスミが悲鳴をあげると同時に、3人の同時攻撃が発動する。
「破邪圧殺! 」
「氷杭! 」
「爆炎! 」
カスミを中心に轟音が轟き、土煙が舞い上がった。バンドーは思わず立ち上がる。
「カスミ? 」
アン、ミリア、ジーンは一旦距離を取る。土煙が晴れるとそこには魔法障壁を展開して肩で息をしているカスミがいた。
(あいつ、そういや魔法障壁と毒攻撃を覚えたとか言ってたが)
思わず立ち上がったバンドーだったが、動けなかった。
「駄目よ、ケイン君」
踵と肩を同時に押され、バランスを操られるとイスに座らされる。
「ティア? 」
先程は言う事が躊躇われたので言わなかったが、やはり今日のティアはおかしい。
いつもの、聖魔女と言われる彼女の服装は、青い宝石が、はまったごつい杖を手に持ち、薄紫色の胸元までの修道服、その修道服は胸元から首筋までで、頭には届かない。かわりに額には銀色のティアラを巻いていて、下半身は動きやすいように紺のケープを巻いているのだが、今日は違う。杖は持たず、指にはいくつもの指輪が嵌まっていて、黒皮の胴巻きにレザージャケットを羽織っていた。下半身はこれも黒のレザーパンツである。
それが意味するところは、今日は魔法使いでは無く、格闘士としてゼノ式を使うと読み取れる。
何故?
ティアがゼノ式の総本山である『月下桃華の峰』を降りた理由の一つ、
「お前、ゼノ式を捨てたんじゃなかったのか? 」
ティアは何も言わない。そして今ひとつ、ゼノ式を捨てたはずのティアがあえてゼノ式を使う理由。思いつく理由は一つしか考えられない。
「だって、あなたに魔法は効かないでしょ? 」
再びバンドーの口が半開きになる。本気だ、捨てたはずのゼノ式を持ち出してまで、俺を抑えたいという事か。思わず、バンドーの背筋を震えが走る。
何故?
バンドーは再び、カスミ達に視線を走らせた。
「きゃひ? 」
反撃もままならず、悲鳴を上げて防戦一方のカスミだが、彼女の操る魔法障壁は意外に強固で、致命傷を食らうには至っていないようだ。
だが、このままではいずれ取り返しの付かない事になるかもしれない。
「フィーネ?! カスミを! 」
思わずバンドーは叫んでいた。
「お役立ちです! 暴風走禍、舞い上がれ~」
フィーネの王族魔法は二つ、疾風迅雷と暴風である。今まで使いどころが無く、バンドーも初めて見るその魔法は発動するなり戦闘中の4人を空中高くに巻き上げるなり離した。
フィーネ自身はアラカンに乗ると、空中でカスミをキャッチして背後に乗せる。
アンは猫のように身体を回転させて地上に降り立ち、ジーンはマントを広げながら浮遊化を発動し、ミリアは羽根を展開して軟着陸している。
予想外の展開に、ティアは爪を噛んでいた。
「ケイン君、あなたねぇ! 」
流石だ、フィーネ。俺の一言だけで戦況をあっという間に覆すとは。
実はバンドーもびっくりである。
「あああ、もういいわ。フィーネちゃんに入られたらあの3人ではカスミちゃんを倒せない」
倒せないて、まじカスミを倒すつもりだったのか。
「ケイン君、話があります。これはまじめな話なので、よく聞いて」
ティアが、イスに座るバンドーの顔に自分の顔を近づけて真剣な表情で語りかける。
「はい」
ティアの迫力に押され、そう答えるしかないバンドーである。
「カスミちゃんは、恐らくニセモノよ。あなた自身で確かめて。いい? いいわね? 」
言ったわよ、そう言うなりティアは両手を広げて頭上に掲げ、固有魔法を唱える。
「波状魔法探知! 」
ティアの指に嵌められているいくつかの指輪が光っている。やはりあれが魔法詠唱体だったか。
ティアの詠唱を受け、アンとミリアとジーンが戦闘を中断してティアの元に戻ってきた。察するに、魔法探知を利用したメッセージ送信の魔法のようだ。
「ティア様、やっぱり臭かったわ」
戻るなり、ミリアがそんな事を言っている。
「そう。ねえケイン君、やっぱりあの娘はおかしいわ。こないだあなたが来た時にミリアが臭いって言ったのはね、あなたについていたあの娘の匂いの事よ」
「はぁ? 」
「あなたのやり方でいいから、自分で必ず確かめて! 」
いいわね? そういうなり手をひらひらさせて、ティアはジーンに帰還の合図を送る。
混乱するバンドーを残し、来た時と同様、『星屑の光』の5人はあっという間にゲートの青い円環の中に姿を消した。