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君はあるがままに なるように  作者: 風神RED
第八章 
109/134

ティア姉は保護者を卒業した

夜は客間で寝る事にしている。フィーネ等がバンドー邸に来て以来、ここのダブルベットがバンドーの寝床だ。別に他意は無い。たまに誰かが潜り込んでくるが。


「バンドーさん、お疲れ様ですか? 」


バンドーが横になっているすぐ側にはカスミがいる。最近になって、よく来るようになった。以前は押し倒された事もある。


「いや? 」


たいして疲れていないと言おうとしたその口を、カスミの唇でふさがれた。すぐに放し、バンドーの方からキスをする。ふと、以前ティアと魔力分解の影響を試していた事を思い出す。


デスパレスに来た当初のバンドーの魔力分解スキルは、およそ自動発動していた。訓練して、何とか身体の外に関してはスキルの入り切りに成功したのだが、体内では半ば自動的に発動し続けているらしい。


ティアと、いろいろ試した時の事を思い出し、カスミとキスをしながら、戯れに弱めの魔力分解を発動してみる。効果はてき面だった。


「ん、んん?! 」


体内の魔力を少し分解され、カスミは何故か頬を更に赤く染める。


(こいつは、感じているのか? )


意外な発見だった。面白いので、更にスキルを強く使ってみる。


「それは駄目ぇ! 」


カスミはバンドーの身体を押しのけると、ジト目でにらむ。


「お前……魔力、増えてねえか? 」


フィーネの魔力を分解して魔力枯渇に追い込んだ時の感触と比べても、遜色ない気がする。こいつはいつの間にか成長しているようだ。


「むうう 」


まあ、今夜はこれくらいにすべきだろう。明日はティアの所に行かなければならないし。

気が付くと、肌着姿のカスミが何か言いながら、部屋を出て行くところだ。


「おやすみ、カスミ 」


そう呼びかけると、カスミは安心した様に笑顔を見せながら、扉を閉めるのだった。




翌朝、ヘルミットが用意した食事をとるのもそこそこに、バンドーは家を出た。行く先はティアの連隊レジメントである『星屑の光』のギルドハウスである。

迷宮デスパレスから放射線状に伸びている3本の大通り、東大通り・中央大通り・西大通り。中央大通りには魔法ギルドや冒険者ギルド、建設ギルドや盗賊ギルドが並び、冒険者でにぎわっている。バンドーは東大通りまで抜けると小道に入り、スラムとは逆方向の住宅街に入ると足を止めた。


すぐ目の前にある3階建ての、この建物は連隊レジメント『星屑の光』のギルドハウス。何度か来たことがあるのだが、いつも中に入る時に躊躇いを感じる。特に、今日はそれが強い。


押しバネ式のドアを押すと呼び鈴が鳴った。


1階はラウンジになっていて、会議や宴会にも使われている。その奥には炊事場と水桶。裏口から出ると井戸がある事も知っている。いつか、そこで酔い覚ましに水を飲んだ事がある。


「これはこれは、バンドー様。今日は、どういった用件でいらしたのですか? 」


ラウンジと炊事場を仕切るカウンターに、ヒミカ・カツラギがいてお皿を拭いていた。彼女はここの副官クラスで、神聖魔法の使い手として名高い。いつもは巫女衣装なのだが、今は寝巻代わりのクリーム色の膝まである貫頭衣をかぶっている。常に控えめで口調は丁寧。深く話した事は無いが、元々口数は少ない。


「ティアに会いに来たんだ、ヒミカさん」


指揮を取る時は呼び捨てだが、プライベートではいつも、そう呼んでいた。


「そうですか、ティア様は多分私室ですね。バンドー様なら、直接お訪ねになっても構いませんよ? 」


いや、むしろ一緒に行って欲しい、と思うバンドーだったのだがヒミカさんに、そんな事は言いたくない。


「ありがとう。確か、3階だったよな? 」


ヒミカの肯定を待たずに急な階段を駆け上がる。ここの建物は実は結構、古く、以前は確か宿屋として使われていた筈で、古い板を敷いている階段は駆け上がる度に、鼠の鳴き声のような音を立てた。


「ティア? 入っていいかな? 」


軽く3度ノックをしてから、返事を待つ。


「あら、ケイン君? いいわよ 」


間を置かずに返事が聞こえて、ほっとするバンドーである。中に入ると、ティアが鏡台の前で髪の毛をアップにしているところだった。


「ちょっと待ってね。すぐ終わらせるから」


扉を静かに閉め、ベッドの側のユスノキに赤を走らせたイスに反対側を向いて座ると、背もたれに腕を掛けて、ティアの背中に視線を走らせた。ティアは両手を掲げる形で、彼女の赤い髪を上に持ち、器用に魚の骨の形に編んでいる。


「ティア……」


「なに? 」


「怒ってるか? 」


「なーに、それ。怒られるような事をした訳? 」


そう言われて、しばしバンドーは言葉に詰まる。ティアは鏡台の方を見ているので、表情までは読み取れない。


「いや、実はちょっと王国にも言われてデッドウィン山脈の麓まで行ってたんだ。それで昨日帰ってきてさ。その…… 」


何をどう説明すればよいか迷い、バンドーはそこで言葉を切った。ティアは相変わらず、髪を編んでいる。


「……子爵に叙任されたよ」


2対のフィッシュボーンを器用に編み上げたティアは髪の毛を下ろすとようやく振り返る。口にくわえていた編み棒を鏡台に置き、ちょっと息を吸ってからお腹に手を当てて話す。


「それは知らなかったな。騎士になったのも、ついこの前じゃなかった? ケイン君、一体何をしたの? 」


ティアは多分意図的に感情を抑えている。一瞬、お腹に手を当てたのが、その証拠だ。バンドーには判る。ここは出し惜しみしてはいけない。包み隠さず全部話すつもりがちょうどいい。


けれど話し終えても、ティアは怒らなかった。


「ティア、いやティアねえ。やっぱり怒ってんのか? 」


「ううん、怒ってないわ。これは本当。正直言うとね、あなたがこの前、騎士に叙任された時に、感動したわ」


「えっ? 」


「だって魔力ゼロの、あのケイン君が騎士になれたんだって、そう思ったら妙に感動しちゃって」


ティアとの仲は古い。彼女になら、そう思われてもいい。


「それで、今度は子爵? あなた馬鹿じゃない? 」


嘘です、撤回します。


「……冗談よ。でも、もう騎士になった時点で怒るの止めようって思ってたの」


私の気持ちが判るかしら? そんな風に、人差し指を立てて左右に振る。


「でも、子爵様か。これを知ったらマユミ様も喜ぶでしょうね…… 」


思いもしなかった人の名前が出た。


「知らせるの? 」


そうティアが言った時の事だった。


「ティア様? 」


ティアの私室の扉が勢いよく開かれ、ミリア(少女体形)が顔を出す。


「あれ? バンドーじゃない。来てたの? 」


切れ長の愛らしい瞳と形の良い口元を膨らませながら、バンドーの顔を見るなり、そうのたまうのはいかがなものか。バンドーは仮にもご主人様である。


「あれ? 」


気にせずミリアは部屋に入って来ると、バンドーの近くによって首筋の辺りや胸元に鼻をあて、匂いを嗅ぎまわる。


「な、どうした? 」


「バンドー、あなたくさいわよ。どうしたの? 」


ミリアのいきなりの言いようにバンドーの口は半開きになる。不意に思い出される、昔の会話。


『……あなたが、何を言ってるのか私にはさっぱりだけど、バンドーが臭いのは確かよ。だって考えてごらんなさい、皮装備の上からとはいえ、アンデットの中に手を突っ込むような戦い方をするのよ? 臭いに決まってるじゃない? あんなの変態よ、変態』


「ティア、ありがとう。また来るよ、邪魔したな! 」


取りあえず、ティアの状況は確認した。問題ない。問題が無いうちに撤収したほうがいいだろう。そう判断したバンドーは、すぐさま立ち上がる。帰ろう、すぐ帰ろう。帰って風呂に入ればいいじゃないか。


ティアは笑顔で、手を振っている。


「これ、……あっ、ちょっと待ちなさいよ! バンドー?! 」


もちろん、バンドーは既にいない。


「ミリア、 」


ティアがミリアを手招きする。


ミリアの赤い羽根が、不安を示すように静かに動悸していた。

























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