へたれ
カタリナが去った後、身もだえするばかりだったバンドーではあるが、やがて落ち着くとレイの前の席に腰を下ろす。
「なあ、教授。実は話がいろいろあるんだ」
カタリナに上げた報告は実は大雑把で、サムニウム族を再統一して支配下におけるのは時間の問題で、既に半分以上は終わっている、という感じで細かい戦闘の様子までは話していない。バンドーはまだ、彼女の事を心底信用してはいなかった。まあ、そんな事は面と向かっては言えないが。
「実はイルミダに【魔力分解】が付いたんだ」
レイは一瞬、瞳を大きく開くが、
「ほぉ…… 」
と言ったきりである。
「それがさ、俺が持ってるのと段違いに出力が強いというか…… 」
イルミダがスキルを発現した当時の事を思い出しながら、バンドーはレイに説明する。
「解けたのう…… 」
「何がだよ 」
「【魔力分解】スキルは別名、卒業スキルと言っての。このイルミタニアを越えて新たな高みに至るための道標といわれておる。大魔導師を目指すものは誰もが一度は至ろうとする。その発現条件は複数と言われておったのじゃが、まあ…… 」
レイは、恐らく……、と付け加えてから説明する。高位の魔力スキルを複数所持した状態で自分に近しい、それも親しい肉親を殺める事がスキル発現の条件なのだろうと。
「おかしいじゃねーか」
「何がじゃ? 」
バンドーは自分を指差している。
「俺は高位の魔力スキルも持ってないし、そんなもの取れないぜ? 」
「そこよ 」
「はぁ?! 」
レイがバンドーを庇護して研究対象にした理由は、まさにそこにあった。バンドーの【魔力分解】スキルは、彼が6歳の時から発現している。しかも魔力ゼロの状態で。その能力も、レイが本来知っていた、【魔力分解】と比べると、恐ろしく不安定で効率が悪い。
「確かに、過去の文献を読む限りでは、高位の魔法スキルを持っていなくとも【魔力分解】が発現した事例はある。じゃが、それは魔法スキルの代わりになる程の大量の魔力を身体に保持していた場合に限られた。お主はいろいろ、おかしいのよ」
おかしいと言われても、反応に困るのだが。とはいえ、興味深い話の連続にバンドーは身を乗り出して食いついていた。
「教授、イルミダが言っていたんだ。俺の中にいる、もう一人の俺の存在が【魔力分解】が不完全な理由だって」
それが何なのかは、実は薄っすらと見当は付いている。それは多分ケイン・ジューダス・コモロだ。それもバンドーが転生する以前の。最近はかなり薄れてきたが、彼の6歳以前の記憶の中では魔力を行使して、武技の発動もしていたようだ。ケインの父親であったガウガメラが、息子の騎士就任に太鼓判を押す程度には。であるからこそ、彼が流行り病にかかった時、自分よりも息子のケインを優先したのである。
「第一の発動条件は恐らく、クリアしておったのじゃろう」
何故ならば、と付け加えレイは説明を続ける。カスミやユメのようにイルミタニアに頻繁に表れる、召喚されし者はもともと持つ魔力量が多いのだという。恐らく、バンドーが6歳のケインの身の内に転生した時もかなりの魔力量を保持していたのだろうと。
「場合によってはその、お主の身体の元となったケインの持つ魔力量もプラスされたのかもしれん」
だが不完全に発現したバンドーの【魔力分解】は身体の内の魔力を食いつくしてしまったのだろうと。まあ、他にも疑問はいろいろあるのだが。例えば、通常イルミタニアにいる人間は、魔力が枯渇すると極度の疲労や眩暈に襲われ、立っていられなくなる筈だが、バンドーにはそれが無かったし、そもそも近しく親しい身内を殺してもいない。
だが、イルミダは言っていたのだ。
『それと、あなたの中にいるもう一人のあなたに集中してみなさい。恐らくそれが、バンドーの魔力分解が不完全な理由』 と
イルミダは、それ以上は教えてはくれなかった。
(今ひとつ、疑問はあるのじゃがな。普通、召喚されし者は死んだ時の年齢、似姿でイルミタニアに現れる。こやつのように、転生して魂だけが他人の身体に宿った例など聞いた事が無い)
レイは様々な条件を照らし合わせながら思考を続けていたが、バンドーの大声で正気に引き戻される。
「まあ、今日の所はこれくらいでいいよ。あとさ、教授。俺のパーティの申請はちゃんと通っているかな? 」
「問題ないわい。【銀翼の華】の申請はちゃんと受けておるよ」
「よし! 」
それさえ確認すれば、後は用が無いとばかりにバンドーは立ち上がると、レイ教授に軽く敬礼してから風のように執務室から出て行った。
「……思うに、魂が近しい人に惹かれたのではないかのう…… 」
そんなレイ教授のつぶやきは、バンドーには届いていなかった。
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辺りは既に夕暮れ時。サムニウム族の領域であるデッドウィン山脈の麓から戻り、ギルドでレイ教授やカタリナと話していただけの筈なのだが、意外と時間を食ったようだ。
デスパレスの街外れにあるバンドー邸に戻るや否や、気になっていたヘルミットを見舞う。
「これはご主人様、どうなされたのですか? 」
ヘルミットは既に完全回復していて、屋敷の中で雑務に追われていた。マノクの里に現れた時とは違い、元のメイド姿に戻っている。
「まじかよ 」
というか、そんなに心配だったなら真っ先に会いに行けよ、バンドー。
「ティア様に神聖魔法を掛けて頂きました。全て、問題ありません」
「あいつ、来てたのか? 」
「はい、早々にお帰りになられましたが…… 」
バンドーは口を半開きにする。多分、怒ってる、凄く怒ってる。
何も言わずにサムニウムの領域に出かけた上、形の上では『星屑の光』のメンバーを勝手に使った事になる。他にも王国の依頼を受けた事になってるし、いやそれはともかく
「そういや、アンは? 」
『黒猫のアン』、アン・ラスティは昼前にバンドーと一緒にサムニウムのサカエの里からここに戻ってきた。
「ユメ様と盗賊ギルドに行かれましたよ? 」
ということは、まだばれていない? いや、あいつにはオリジナル魔法、魔法探知がある。既にアンの所在がサムニウムの領域にあった事は確実にばれている筈。あの魔法は『星屑の光』メンバーの居場所を完全網羅している。
「ああああ、止めだ止め」
バンドーは思考を止めた。そもそも、何故悩む必要があるのか。悩むくらいなら、素直にティアの元に行って説明すれば、よい事くらい理解している。
理解している。 理解している……
「行くよ、行きますよ! 」
バンドーは自分の中の葛藤に対して自答するのであった。