章間のネタ晴らしを兼ねたいつもの閑話
生命とは何か、人とは何か?
この命題は、人が思考する能力を与えられて以降、立ちふさがり続ける。
この地に満ちよという命令が生命に与えられているのは確かだろう。地上は言うまでもなく、地の中、水の中およそ地球の隅々にまで、生命で満ち溢れよと。生物であるならば、食い眠り、そして子孫を残そうとする。そうして様々な生命が生まれた結果、人間へと辿り着いたところで少し状況が変わった。
食い眠り、そして子孫を残そうとする事は同じである。だが、この人間は好奇心旺盛であり様々なものを創り出し、果ては自分自身にさえも疑いの目を向ける。
人間とは一体何なのか? 我々は何故、ここにいる? 一体誰が、この世界を創った?
それがようやく始まりであった。この問いを編み出すために地球という揺り籠は。ネクストステージ・イルミタニアで言うところの前世は産み出されたのであった。
さて、神と言えば語弊がある。日本語で神と言えば数多の神がおりヒト型をしている。恐らく、最初の日本語訳がおかしかったのであろう。そもそもの唯一神とはすがるものでもなければ称えるものでもなく、ただ単に神と訳せばよいものでもない。一言で言い表す事は難しい。
【抗う事のできぬ因果】とでも言うのが最も近い。
唯一神とはそういうもので、だからこそ、イスラムの教えでは神を形や真名で呼んではならないのだ。
聖書の中で、救われる人間より罰を与えられる人間の方が多いのだ。
オーマイガッ! とはそういう事なのだ。
では人間とは何なのか。【抗う事のできぬ因果】の存在を感じ、人間が産まれた意味を問うために、人間はいったい今まで何をしてきたのか。答えは、もしも人間が特別で、【抗う事のできぬ因果】の手により産み出されたのなら、その内にそれの意志が残されているのではないか? そう考えた多くの人間がいたのだ。歴史上。
あえて誰とは言わぬ。
一体何を言ってるんだ? と思われるだろうか。彼らがやった事は、人間という存在を純粋に抽出することだった。食を絶ち、男女関係を止め、家族を捨てて瞑想に耽ったのである。
多くの宗教で同じことが行われている、その背景には、そういう意味があったのだ。だが……
精々、成り得たものは即身仏であった。確かに前世では信仰を集めたが、所詮は肉の支配する世界である。
もう一度言う。 肉体に捕らわれた前世は、生物の揺り籠に過ぎないのであった。そう、それは長い長い旅の始まりに過ぎないのだ。そこから更にステージを上げるために。
「判るか? アルよ 」
ここはデスパレス75階層、黒曜の神殿の中、魔神ヴァルケラススの潜む場所である。彼はここを棲み処と呼び、安全地帯とも呼び習わしているが、それが誰に対してなのかは判らない。
ちなみに彼は男形ではあるが、戯れに女性形をとる事もあった。その時の名はヴァラケルススという。他愛もない戯言ではあるが。その時に産み出されたのがラケシスで、彼女のソースは現時点では不明である。
さて、今、魔神の前に跪き、地を見ながら震えているのは少女であった。背にあった筈の見事な灰褐色の翼は失われ、長かった黒髪も肩までしかない。
「もしも私がお前なら、全てを投げ出して人型をとり、奴の愛する人となって死んだであろうな」
それを聞くなり、アルシャンドラは肩を震わせる。
「ラケシスはやり遂げたぞ? それをお前は自分の欲望を優先したばかりか…… 」
魔神は座っていた玉座から立ち上がり、アルの近くに歩み寄るとおもむろに彼女の胸元に腕を入れる。
文字通り、差し込んだ。比喩ではない。彼女の身体の中にまで入り込むと、体内に宿す黒の魔石を掴んだのだ。
「ああああぁ? 」
「何を喜んでいる? 奴に魔力を奪われたお前に褒美をやるとでも思ったのか? この痴れ者が! 」
途端に、アルの下半身が脚から液状に溶けていく。身体の中に突きこまれた腕の中にある彼女の黒の魔石は、魔神の手によって、その表面を覆う魔法陣を目まぐるしく書き換えられている。
「お許しを、ヴァル様?! ごめんなさい! あああぁ?! 」
「お前など、もっと下等な生物に変えてやろう。粘液生物はどうだ? あれはあれで、ヒトが創造した中では、なかなか優秀だと思うぞ? 」
「や、やだぁぁぁぁ! 」
アルは泣き出した。バンドーとせめぎ合った頃の面影などない。何故なら、その時の戦闘で魔力を盛大に分解されて、幼さの残る少女にまで戻されている。
「ヴァル様、許して、許して?! 」
もはや腰のあたりまで溶かされ、波打つゲル状の身体に恐怖しながら泣き叫ぶ彼女に満足したのか、魔神は空いた手でアルの頬を伝う涙をぬぐう。
「ふん 」
再び魔神の手で、アルの体内の黒の魔石は操作される。フィルムを逆回転させるかのように身体を戻すと魔神の腕は乱暴に引き抜かれた。
「まあ、お前の半身の事もある」
アルは激しく呼吸を乱し、自分の身体を掻き抱くとその場に崩れ落ち、震えている。
「私は卒業スキル持ちには手が出せん。古き先達との契約があるからな。まあ、お前達もそうだが……立て! 」
「は……い」
「判っているな? 」
アルは微かに頷いたのだった。