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君はあるがままに なるように  作者: 風神RED
第七章 サムニウムの後始末
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最期の望みは

あああああああ……

マノクの集落は戸数にして300戸程度。石造りの家は数えるほどで、ほとんどが木造や天幕である。

それらも全てがうまっているとは言えず、集落の北側は切り立った崖、そして南側は荒れ地が広がっている。周囲は壁と言えるようなものも見えず、荒れ地以外は森が迫っている。


村の真ん中には簡素な柵で囲われ、数匹の山羊が放牧されていた。


(奴らは今日にも準備を整えてくるだろう)


昨日は何故か来なかった。サカエの里に潜入しているユメからの以心伝心テレメトリメッセージにより、どうやら今までとは規模が違う動員の準備をしているようだとは聞いている。


昨日、イルミダがもたらした新型銃により、即席の銃兵が100名ばかり手に入っている。そして、重傷を負ったヘルミットはデスパレスにゲートで返していた。


「バンドーさん? 準備OKです! 」


何故か、カスミがいる。止めたのだが聞かない。どころか、昨日は率先して村人達に新型銃の使い方をレクチャーしていた。村人たちは、正体を明かしたイルミダによって、第1位階の呪文であるマジックアローの習得を終え、それの行使に成功していた。第1位階は位階魔法の基本で、実はバンドーもある程度習得している。スクロールを読むだけで誰でも習得はできる。バンドーは結局、習得したものの使えなかったのだが。


さて、『前世回帰パーシィルメイ』を迎撃するにあたって、バンドーがした事は村の中央に位置する、放牧場の拡張だった。柵も強化し、南側に広げている。100人の銃兵は放牧場の周囲の家々に隠れて配置についてもらう。


「まっ、あとは釣り餌をどうするかだよな 」


幸い、これまでの戦闘で50人分程度の兵士装備が手に入っている。ほとんどが盾兵のもので、この装備を付けた村人に囮になってもらうよう、話は付けていた。問題は、その囮を誰に指揮してもらうかなのだが。


「私がやろう! 」


言うまでも無いと、集落の長であるマノクが手をあげた。


「ここまでしてもらって、最も危険な任務まで外部の人間に頼る訳にはいかん! 」


バンドーにしても、ここまでの戦闘で懲りている。今回は、負けてもらわなければならないのだ。


「段取りは後で説明するよ」


ただ問題はいくつかあった。ひとつには、バンドーはここで徹底的に勝つつもりでいる。殲滅戦とはいかないまでも、それに近い展開を考えている。果たしてそれでよいのか、改めて考えてもいた。


勝ち過ぎると、後々面倒くさい事になるかもしれない。


「イルミダ、銃の威力って調整できるのか? 」


「できるわよ? まあでも頻繁には無理でしょうね」


村人たちの練度が、そこまで追い付いていないのだ。ちなみに、銃兵の指揮はイルミダに任せるつもりでいる。


「敵の戦意を見極めて、最後は心を砕く感じでいきたいんだ。できるか? 」


「バンドー様、それはえらく抽象的な命令ね。ふーん、それは戦後も考えて? あなたは、なぜそこまで考えられるのかしら? 」


「まあ、中身おっさんだからな! 」


「なにそれ? 」


イルミダは知らない。まあ、それはさておき今一つ、重要な問題がある。あるのだが、これは正直、どう考えてよいのか判らない。


イルミダの妹、マキホの事を誰も知らない。存在さえ知らないのだ。こればかりは理解不能であった。


イルミダはいると言い、オンゴロもそうであった。だが村人やマノク、捕えた何人かの兵士達は誰も、その存在を知らなかった。


これは一体何を意味してるのか。だがしかし、取りあえず前に進むしかない。戦端は開かれており、今更途中で放り出す訳にはいかないし、サカエの里にいけば何か判るかもしれない。


「ケインにい、ユメから連絡きたよ。敵がサカエの里を出たってさ」



____________________________________________



コンコードは、サカエの里の奥にある、絶壁から落ちる滝の前で手を合わせていた。この滝はサカエの里では神聖視されており、大切な願掛けをする時は皆、ここにくる。側にはラケシスもいる。


「ラケシスよ、エターナルエルフのお前がここに来てより、私にとって全てがうまくいっていた」


コンコードは、自分の胸までしか背丈が無い、小柄なラケシスに向き直り、真摯に告げる。


「お前は私にとって、森の神の使いであり、掛け替えの無いものだ」


そして、今はなきイルミダの代わりでもあった。そんな事は言えないが。


「あえて聞こう。私は勝てるだろうか? 」


昨日からラケシスの様子がおかしい事に、コンコードは気付いている。どこか上の空で、いつもの人懐こい笑顔がみられない。


「全てがうまくいきますように、私は最後までお祈りしています、コンコード様」


「そうだな、よし」


背後には、準備を整えた200人ほどの兵士達が整列していた。盾兵や槍兵が多いが、少数の銃兵もいる。数にして40人ばかりか。実はコンコードにとって銃兵は貴重で、それはサムニウム族全体にとってもそうだった。


カンタナ高原の敗戦で多くの装備が失われていたし、何より知識の要であるイルミダが捕らわれてしまった。


「サムニウムの戦士たちよ! サムニウムの神の意志を継ぐ我らに敗北があろうか? 」


いな! いな! 」


兵士達が一斉に応える。


「なれば思い知らせてやろうではないか! 進軍せよ! 」


一斉に鬨の声があがる。200人ほどの兵士達は順繰りにサカエの里を出て行く。マノクの集落までおよそ2時間の行軍でつくだろう。もとより、同じサカエの勢力圏内での争いなのだ。だが四分五裂しているサムニウム族の中では、サカエは最大の勢力であった。


「ラケシスよ、お前は後方からゆるゆる来るのだ。判ったな? 」


ラケシスはにっこりと笑うばかりで何も言わない。実は彼女には、全てが判っていた。敵の配置も、イルミダがいる事も。残された数少ない偵察妖精が教えてくれていた。けれど、彼女は何も言わない。左手の薬指に嵌められている漆黒の指輪に手をやりながら、これから自分に起こる事を想像している。


(お父様のために……)


やらなければならない事、それは判っている。理解している。けれど、どうしようもなく切ない。そんな思いをよそに、サカエの里の兵士達は進軍を続ける。やがて、マノクの集落を一望できる丘陵に辿り着くと、コンコードは兵士達に停止を命じた。


(……あれは、なんだ? )


聞いていた女の姿は見えない。無論、金掘りの男も。古びた石造りの家の前に広がる荒れ地に陣取っているのは、少数の兵士達だった。そしてそこに、マノクの姿を認める。


「……やはり、そうか! 」


マノクだと認識した瞬間に、かっと頭に血が上る。やはり奴の導きだったのだ、全て!


「全軍、突撃せよ! 」


目に見える敵は、恐らく50人もいない。こちらは4倍以上の数である。策を練るまでもなかった。ただ数で押しつぶせばよい。


怒号が飛ぶ。雄たけびをあげ、絶対優位を確信したサムニウム族の兵士達は突貫した。盾兵も、槍兵も。


ぶつかり合った両者は、当初激しくせめぎ合ったが、やがてマノク率いる盾兵達は後退を始める。集落の奥へ。


「逃すな! かかれ! 」


陣形もない乱戦に、少数の銃兵達は参戦の機会を逃している。だが、コンコードにとってはそれも必要が無いとさえ思われた。


「ふははははは! 鎧袖一触とはこの事か! 」


コンコードは知らず、集落の真ん中あたりまで引き込まれ、マノク率いる一団は放牧場の中に逃げ込むと一番奥に横隊を築いて守りを固める様子だ。


「無様な! 蹴散らせ! 」


放牧場にいざなわれたコンコードの軍は、その背後で柵が閉じられた事に気付いていない。


「放て! 」


轟音が、断続的に響き渡る。銃声が谷に木霊しているのかもしれない。最初の一撃で、コンコードの軍の4分の1が削り取られた。


「なっ、なっ、何事だ?! 」


閉じられた放牧場の周囲の家々から一斉に銃兵が現れ、配置についていた。


「一斉射撃合わせ! 目標、敵銃兵、斉射! 」


よく通る女の声である。今、コンコードの目の前で起きている事は悪夢ではあったが、懐かしくもあるその声。放牧場の周囲にある、一際大きな木造の家屋の屋根に、イルミダはいた。手にはツインズパイソンが握られている。


「あ、あっ……ああああああ?! 」


わずか2斉射で、コンコードの兵は半分まで減らされていた。そして何より、彼の心を折ったもの


「イルミダ様?! まさかそんな有り得ぬ?! 」


聞いた話では、イルミダは王国の虜囚となって奴隷に落とされたか、普通に考えれば反乱の罪で打ち首になっていてもおかしくはない。


「止め! 銃の威力をしぼって! しばらく待機! 」


言うなり、イルミダは身軽に屋根から飛び降りた。

 

「コンコード、久しぶりね。まだ抵抗するかしら? 今なら棒打ち100回で許してあげてもいいわよ? 」


本当は彼女に、そんな権利は無いのだが。昔のよしみで思わず言ってしまったのだ。実は過去に、失敗を犯した時に、コンコードが棒打ちにあった事があるのである。


「あ……、ぐっ」


どう考えても逃れようがない。部下の半数は既に倒れ、見渡すといつの間にか自分たちは柵の中。


「ぐうううううっ 」


コンコードは膝を付いた。両手を地面に付け、絞り出すような声で降伏する。


「どうか、部下には寛大な処置を…… 」


「当然ね、それと…… 」


イルミダはダークブラウンの髪に片手を通しながら言葉を続けようとして、目を見開いた。柵の外に一人の小柄なエルフの少女がいた。ゆっくりと、イルミダに歩み寄ってくる。


「似ている…… 」


一瞬、そのエルフの少女の輪郭がぶれ、姿が変わる。


青磁色の腰まであった髪の毛が短くなり、肩までの亜麻色の髪の毛に。

現れた長耳は見る間に短くなり、瞳の色はすでに黒である。

麻布で簡素につくられた貫頭衣に、狼の毛皮で作られた袖がついていた。


「イルミダお姉さま、来てくれたのですね? 」


「マ、キホ…… 」


まがう事なき声を聞き、イルミダは我を忘れて駆け寄った。マキホも同じく。

イルミダとマキホは周囲を気にする風もなく抱き合い、頬をくっつけあって再会を喜ぶ。


(あと少しだけ、こうしていよう。喜びは多いほどいい)


そして、


……そして、マキホは左手の薬指に嵌められた指輪に、彼女の最期の願いを命じる。




一発の銃声が響き渡り、イルミダの右手に握られていたツインズパイソンが、抱きしめていたマキホの後頭部を撃ち抜いたのだった。































































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