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君はあるがままに なるように  作者: 風神RED
第七章 サムニウムの後始末
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ラケシス

ラケシスがイルミダの妹になったのは、今から3年ほど前の事だった。ちょうど、王国と公国が戦闘状態になっていた頃の事である。無論、3年前であるから本当の妹と言う訳ではなく、血縁もなければ縁故もない。


ただお父様に命じられ、元居た場所から移された。今も彼女の左手薬指に嵌められている、お父様から頂いた漆黒の指輪の力で暗示を掛けたのである。


私はイルミダの妹、マキホ・サカエであると。


時間が無かったために、暗示に掛かりにくかったイルミダの両親は殺した。もちろん、その事をイルミダは知らない。両親は事故で亡くなったはずだと、思っているはずだった。


お父様からは、ゆくゆくはサムニウム族を率いるように、と言われていた。目的は希少で貴重な魔法スキルを所持しているゴルツの鏡の監視である。イルミタニアを卒業するための鍵になるスキルも含むそれらを、目の届く範囲に置いておくよう、きつく命じられていた。


全サムニウム族を暗示に掛けた彼女の次なる目標は、姉の排除であったが、それがどうにも億劫に感じられてならなかったのは、彼女の前世が関係しているのかもしれないし、はたまた余りにも完璧に妹を演じていたせいであるのかもしれない。


ともかく、イルミダは部族統率者として優秀で、部下達を心酔させていた。手を出しかねた彼女はむしろイルミダを神格化し、部族を鼓舞してデスパレスの攻撃に向かわせたのであった。


余りにも無謀な戦である。


例えそれがサムニウム族の神の教えに沿うものであったとしても。


恐らく、姉は帰らないだろう。ところが、……。


あろう事か、その戦いで守るべきゴルツの鏡が割れてしまい、貴重な魔法スキルの数々はサムニウム族の部族中に撒き散らされてしまった。そしてイルミダは虜囚になったという。


途方に暮れた、マキホ=ラケシスであったが、割れて四散してしまったものはどうしようもない。戻らぬまでも、自分の目の届く範囲で魔法スキルを監視する事は可能かもしれないし、中でも希少で貴重ないくつかのスキルの行方を探さなければ。


マキホ=ラケシスはイルミダの妹の殻を脱ぎ捨てた。無口でおとなしいサカエの姫という殻は、彼女が自由に動くには邪魔だと感じたからであった。指輪の力を借りて部族中に掛けていた暗示を解き、最初の通りに。


元から、イルミダには妹などいなかったのだから


そうして、疑似エルフの皮を被ったラケシスは生まれた。このイルミタニアの世界では、必要なスキルさえあれば、望む通りに外見を変えることができる。


蛇足だが、このイルミタニア世界ではスキルが無くても、そう望んでいれば、人間がエルフに生まれ変わる事も可能なのだった。もちろん、その場合、スキル無しでは記憶を引き継ぐことはできないが。


ラケシスの場合、お父様から与えられている、回数制限のある漆黒の指輪がスキルの代わりになる。彼女はハイエルフに成りすまし、固有魔法をスキルと偽ってコンコードの虚栄心に付け込んだ。


魔法スキル持ちのサムニウム族を奴隷に落とし、管理すべきだという彼女の主張はサムニウム族の神の意志にも沿う。信じるものを失ったサムニウム族にとっては、それは信じたい正義そのものに成り得る。


自分の思い通りに、また全てが動き出したとラケシスは思っていた。昨日までは。



ここで、作者の都合で少々時間を巻き戻す。ヘルミットが無慈悲な殺戮を行う手前まで。



「どうしたのだ? 先程から思索に耽って…… 」


ふと我に返ると、コンコードの指が自分の太腿をなぞっている。その指を掴みながら、ラケシスは提言した。


「コンコード様? 今日、行うマノクの集落への派兵は、最初から私も監視します。少し気になる事があるものですから」


「願ってもない事だ。セノはできるやつなのだが、まだ若い。お前が見ていてくれるのであれば、安心して送り出すことができる」


既に、セノと40名の兵士達はサカエの里を出立していた。


「集中しますので、あまり身体に触らないでくださいね? 」


「う、うむ 」


コンコードに一言、釘を刺し、彼女は目を閉じて両手を胸のところで組む。


「生きとし木とし賢き精霊の息を継ぐ我の意志これ、……ここに有りてそこに有りて何処いずこに有りて? ……とまどわないの! 」


途端、ラケシスの髪の毛が持ち上がると無数の微小な妖精を吐き出す。妖精たちは白銀色に光りながらしばらくラケシスの周囲を回っていたが、やがて色を無くしながら陣幕の外に飛び立っていった。


偵察妖精がマノクの集落に達した時には、既に戦闘は始まっていた。


(ちょこっと、出遅れましたね…… )


殺戮が始まっていた。ヘルミットがブリオナを振るう度に腕や脚がちぎれ飛ぶ。おかしな事に悲鳴は無い。


(……これは? )


兵士達の様子がおかしい。


(これは…… )


タウリ、タウリッシュ。このような戦い方はそれ以外に考えられない。思わず、感情を露わにするところをラケシスは無理矢理抑え込む。


(タウリは滅んだと聞いていましたが……? )


お父様に報告する事が、また一つ増えてしまった。ラケシスは無意識に唇を噛む。けれどそれは、自分のせいではない。心の中で、そう言い聞かせている。


やがて戦闘は一方的な結果に終わった。コンコード側の敗北である。


(タウリが、あれほどの戦士とは…… )


ラケシスにとっても想定外な結果であったが、まだ覆せない程ではない。サカエの里には予備の兵士が数百人控えている事を知っていたし、何より相手はただの一人ではないか。だが……


石造りの古びた家屋の屋根を飛び降りて、黒髪中背の少年が殺戮を行った少女の側に寄る。傍らには、無様に両脚の腱を切られたセノが転がっていた。


彼らの会話を妖精たちが拾う。


「よお、お前。イルミダの妹がどうなっているか、知ってるか? 」


「……? 」


「イルミダの妹のマキホだよ。お前も指揮官クラスなら、知ってるだろ? 」


「……イルミダ様に妹などいないぞ? 」


途端、冷静を装っていたラケシスの顔に血の気が昇る。


(くっ、……こいつらは外部からの侵入者。暗示が解けていなかったの? )


まずい、まずい。ばれてしまう。どうすれば、


ラケシスは傍らに寄り添うコンコードの事も忘れて勢いよく立ち上がると、親指の爪を噛む。


「ラ、ラケシス。ど、どうしたのだ? 」


「うるさい!! 」


仮面が剥がれる、それはいけない。


ラケシスの人目を引く青磁せいじ色の長い髪の毛がざわざわと音を立てて持ち上がると、彼女は殺気だった声で叫んでいた。


「 『妖精爆弾フェアリーボム』! 」


考えている暇など無い。それが例え間違っていようが、決断を下さなければならない一瞬というものがある。今のラケシスがそうであった。


わずかな監視妖精を残して、残り全てに自爆攻撃を命じたのだ。嚙み締めていた唇に血がにじむ。


だが……


「なんで?! それにこれは、やはり卒業リンカースキル持ち? 」


昨日それらしい反応を感じてはいた。


「くそう、くそう、くそう、くそう、くそう?! 」


ラケシスは親指の爪を噛みながら、様々な思考を巡らせる。


(もしも本当に卒業リンカースキル持ちなら、攻撃はできない。けれど、反応は鈍いわ。それに何より、タウリには抹殺司令が出ているから、殺さなくちゃ。でも、でもここを離れれば、コンコード様に掛けている暗示が解けてしまうかもしれない。)


どうすればいい? やはりお父様に相談を? でも、でもここまででもひどい失敗をしているのに、これ以上、お手を煩わせるのは……


(消されるかもしれない…… )


「ラケシス、ラケシス?! 一体どうしたというのだ? お前のそんな様子は初めて見る。私にできることがあるのならば、言うのだラケシスよ! お前の為ならば何だって…… 」


(コンコード様…… )


例えつくられた愛情表現であろうと、それは本物。夢の中で、目覚めている時は笑い飛ばすような事を信じる事があるように。


「ごめんなさい、コンコード様。部隊が壊滅しましたわ」


「なんだと? 」


「それで、お願いがありますの。次はコンコード様、自らがマノクの集落にご出陣、願えませんか? 」


コンコードは、何故か泣いているラケシスの頬に手をやる。


「それをお前が望むのなら、そうしよう 」


「ありがとうございます、コンコード様。それともうひとつ、お願いがありますの。私も連れて行ってください! 」


これでいい。


自分もコンコードも出るのであれば、二人が離れる事がないのであれば、暗示が切れる事もないだろう。


(お父様は、何も言ってこない……何故? )


それが逆に、ラケシスの足元の導火線が短くなるように感じられてならないのであった。










































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