彼女は……
夏休みが終わり、教室に行くと彼女の姿がなかった。
いや、正確には彼女の『いた』記憶が消えていた。誰に聞いても首を傾げるだけで彼女に付いて知らないと言う。たった一人を除いて。
「何で誰も知らないのよ! あー、イライラする!」
「止めい! 鬼威圧止めい! キツいから心が折れる」
お嬢様が僕の前に座って眉をつり上げてこっちを見ている。
「何でみんな忘れてるのよ!」
「何で僕達の記憶だけ残ってるんだろうね?」
「知らないわよ!」
おお、潰れる心が。
「お嬢様は何で鬼威圧持ってんの?」
「こっちが知りたいわよ」
クラスメイトの大半がスキルを失っていた。それと記憶も変わっている御木月達が中心となって魔王を倒した事になっている。そして僕は全能力カンストをそのまま持ってきていた。使う気はないが。
「ホント、彼女はどこに行ったんだろうな……」
「ずっと彼女、彼女いってるけど、名前は呼ばないよね?」
……名前?
「名前、何て言ったけ?」
「はぁ? 彼女の名前は……」
柳田華子の口がパクパク動くが言葉が出てこない。
「ねえ、彼女の名前、何だったけ?」
「それはこっちが聞いたからな!」
ギャーギャー騒ぐ僕達の事をクラスメイトが生暖かい目で見ていることに気がつかなかった。
ーーそれから15年
僕は会社からタクシーに乗り病院へ駆けつけた。そこはVIPが使う金と技術が詰まった総合病院で普通の人はなかなか入れない場所だ。その廊下を走り常識はずれに壁まで走り分娩室の前まで来た。そこには品のいい初老の夫婦が待っていた。
「すいません、お義父さん遅くなりました」
「仕事だったんだろ?」
「御木月に放り投げてきました」
「おい」
「後はプレゼンで話すだけにしているので大丈夫です。顔と声はあいつの方がいいですから」
「実積上げてるからいいのか?」
「あなた、そこまでにしといて看護師さん、飲み物ちょうだい」
お義母さんが看護師に声をかけて飲み物を用意させる。ここではこういった患者の家族にもサービスをしてくれる。
「まだですかね?」
「まだなのかな……」
「男は堪え性が無いわね」
そうしているうちに分娩室の明かりが消えて中から看護師が姿を表した。
「おめでとうございます。元気な女の子です」
僕とお義父さんは抱き合い喜び、お義母さんはそれを笑って見ている。
室内にはベッドで横たわる彼女と赤ん坊がいた。
「華ちゃんよくやった!」
「華ちゃん言うな」
ブスッとした顔でそう呟く。
「ほら、お父さんが来たわよ。婿養子にきて立場の弱いパパよ」
「余計な事を言うな」
華子と一緒に赤ん坊の顔を覗き込み不意に思った言葉が口を付いて出た。
「何か……彼女に似てないか?」
華子も驚いて赤ん坊をよく見る。彼女も気がついたようだ。
「彼女と私に似て美人よね」
「……ソウダネ」
「何かな? その間は」
目線を合わせないように反らしておく鬼威圧が来た! 全身を圧迫する威圧にどうにか耐えて解除されるのを待つ。
「華子、その子の名前はどうするんだ?」
一緒に入ってきていたが今まで夫婦のやり取りを見ていたお義父さんが聞いてきた。僕と華子は目を見合わせて笑う。
「責任重大よお父さん」
「華ちゃん一緒に決めただろ? 男なら正義、女ならーー」
「彼女の名は決めてないわよ」
その言葉にいつもならいい加減に動く口が動かない。彼女にもわかっているのだろうこの子は彼女だと。そして名前を思い出さなかったのはまだ付いていなかったからだと。
それならば責任持って付けなければならない。彼女の名前を。彼女の笑顔がいつまでも続くように。
「彼女の名はーー」
これで終わりです。
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