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【2】秩父統治【後】

 大正時代か昭和初期に建てられたような3階建ての古いビル。他の場所とは異なり、きれいに手入れされているようだ。

 その2階のバルコニーに初老の女性が立っている。あとから聞いた話で、この女性がマチの(おさ)だと知った。体高約4メートルの大きな兵士に乗っている私は、それをやや見下ろすような格好になっていた。

「おい、ホトナシ! アレを」

 信長が軍用車両から身を乗り出して合図を送ってきた。私は両手に抱えていたモズの頭を静かにビルの前の道路に置いた。

「どうだ! この他にもすでに3匹は仕留めておる!」

 信長は、大声でバルコニーにいる初老の女性に言った。

 女性は「お入りください」と言ってバルコニーから消えた。

「ホトナシ! オサは何と言った!?」

 声が小さかったのか、信長には聞こえなかったようだ。

「中に入れとおっしゃっています」

「そうか、ではお前はそこで待て」

「はい」

 私の返事を確認すると信長は、運転手の源内少年とそのビルの中に入っていった。


   ※※※


 マチの(おさ)の所から帰ってきた信長は、早速みんなを集めてこう切り出した。

「マチのオサは、この地をわれらに預けると言ってくれた。われらは、この地を安んじ、網屋根を直し、民の好きなように商いをさせる。代わりに民は、南条ではなく、われらに税を納め、必要なときは人手を出す。人手にはわれらが金子を払う……。とはいえ、われらの準備が整うまでは南条に恭順したふりをせよと言ってある。……そこでだ、マラナシ!」

「はい!」

 源内少年が返事した。

「お前には仕事がたくさんある。書き留めておけ」

「はい」

 少年は筆記具を取り出した。

「ひとつ、網屋根の修復方法を確立せよ。ふたつ、鉱山から効率良く採掘する方法を考えよ。みっつ、バケモノを倒す飛び道具をつくれ。人用とキセナガ用だ。鉄砲と大筒がよい。よっつ、カラクリを動かすデンキとやらをこの(やかた)の外でも使えるようにせよ。いつつ、採掘した鉱物を運ぶ乗り物を用意せよ。今日オサの家に行ったときに使ったクルマというやつだ。いいな」

「はい……」

 と、少年はメモを書き終えたところで質問をした。

「恐れながら、信長さま」

「なんだ」

「申し上げたいことが2つございます」

「申せ」

「飛び道具ですが、この世界では火薬をつくるのが大変難しい状況です。信長さまがひとつお持ちのように、この建物にも鉄砲とその弾が蓄えてありますが、数に限りがあります。まずは弓に似たものでもよろしいでしょうか」

「なぜだ。なぜ火薬が難しい」

「硝石が取れないからでございます。また、薬でも火薬ができるのですが、その薬をつくる設備がありません」

「そんなものションベンやクソから作れるであろう」

「量がとれませんし、何年もかかります」

「う~む」

 信長は、渋い顔をして顎をさすりながら、少年の話を聞いていた。

「あと、この第六天には、火薬を使わずに弾を飛ばす道具があるのですが、使えるようにするまでにはかなり時間がかかります」

「とにかく任せる。一撃必殺の飛び道具を頼むぞ」

「はい……それともうひとつ……」

「うむ」

 信長は少々面倒くさそうな表情を浮かべた。少年の技術的な話がいまいち理解できないからだろう。

「秩父の鉱山から採掘する鉱物ですが……」

「うむ」

「鉄を掘り出しても、この世界ではあまり価値がないと思われます」

「なぜだ」

「昔の(いくさ)で人が鉄を【もろくする】微生物を日本中に撒いたからです。その影響がまだ残っています」

「分かった……鉄は不要ということだな。あとは聞くことはないか」

「いまは……。ありがとうございます」

 と、源内少年が深々と話を切ったところで、信長が続けた。

「弥助!」

「ハッ!」

 快活な野太い声が聞こえた。

「お前は、マラナシに指示を仰ぎ、武器と兵馬を整備せよ」

「ハッ!」

「蘭丸!」

「はっ!」

「お前は周辺から人を集めてまいれ。頭数はマラナシに聞け。南条のクサがいるかもしれん。気取られるな」

「はっ!」

「それと、着物を調達せよ。金子は用意する」

「御意!」

 蘭丸が頭を下げた。

「坊丸! 力丸!」

「ははっ!」

「お前らは、採った鉱物を売る相手を探してまいれ。南条の息がかかってない相手を見つけよ。マチ人に聞いて回れ。よいな」

「ははっ!」

「以上!」

 信長が立ち上がった。それに合わせて他の者もその場を離れていった。

 私はその場を去ろうとする信長に小走りで駆け寄り、おずおずと尋ねた。

「あの……すみません。信長さま……。私は……」

「おお、ホトナシか……。そうだな……。お前はまずキセナガで空を飛ぶ練習をしろ」

「キ……キセ……?」

「キセナガじゃ。あの大きなモノノフじゃ」

「あっ……」

「それと、お前も眠らなくてよいのであろう。マラナシを手伝ってやれ」

「あっ……。はい……」

「なにより、早く空を飛べるようになれ。いいな」

「はい……」

 私が頭を下げて再び顔を上げたとき、信長の背中はもう遠くにあった。


   ※※※


 その後、私は源内少年に部屋を案内された。

「キキョウさんの部屋はこちらです……」

 簡素な部屋だが、狭くはない。洗面所や便所、浴室が備えられている。彼らは、研究所の宿泊施設をそのまま利用しているようだ。

「源内さん、われわれは眠らなくっても大丈夫って本当?」

「うん。人間だったときより、はるかに疲れないですよ……。でも部屋には寝転がれる場所があるから、気休めにはなると思います」

「そうなんだ……」

 私は不思議な感覚を覚えた。疲れを知らない肉体。しかし、気持ちは中年男のままなのだが、果たして精神の疲れを癒すことができるのだろうか。

「じゃ、僕はこれで……。あ、何かあったら遠慮なく聞いてください」

「ありがとう……」

 部屋を出ていく少年に一礼をすると、私は自分の部屋を見て回った。初めて泊まるホテルの客室を確かめるような気分だった。

 洗面所で私の足が止まった。鏡に自分の姿が映ったからだ。

 年齢にして10代中盤の少女の顔が映っている。東洋系の顔だちをしているが、そうとも言い切れない。どこかが違う。

 しかし違和感はない。

 私がこんな顔立ちの人に出会えば、(ずいぶん整った顔立ちの人だな)などと思うだろう。

 開発者は、生物兵器であることが客観的に分かるようにしながら、人間が不気味の谷を覚えさせないようにと工夫したのかもしれない。

 そんなことを、ぼんやり考えながら、顔を触った。

 私は服を脱いでみた。素っ裸になった。

 女性的な体型である。

 胸のふくらみがあるが乳首はない。股間には男性器も女性器もない。

 源内少年の話では、生物学でいう『総排出腔』しかないそうだ。つまり、『下の穴』がひとつしかない。鳥のように小便も大便も一緒に出るらしい。面倒な体になったものだと思った。

 私はふと、洗面所に歯ブラシと歯磨きに相当するものがないことに気付いた。いくら今の自分が生物学上の人間でないとしても、歯を磨けないのは気持ちのいいものではない。

 私は、着物をとりあえずテキトーに着て、源内少年に尋ねようと部屋を出た。

 廊下から、源内少年の部屋の引き戸に首だけ突っ込んでいる者が見えた。

〈それでは明日! よろしく頼む!〉

 と、こもった声が聞こえた。

 源内少年の部屋の扉から首を抜いたのは、蘭丸だった。廊下を歩く私に気付くと、蘭丸はプイとそっぽを向いてその場を離れていった。

 蘭丸は、敵対心というか、なんというか、敵意を向けられるほど接触する機会が少ないのにもかかわらず、私のことを必要以上に意識しているようだった。

 少し心に『引っ掛かり』を覚えながら、源内少年の扉の前に立った。

 呼び鈴を押すが、返事はない。引き戸が人差し指1本の間隔であいていたので、私は何も考えずにあけてしまった。

 引き戸に首を突っ込み、

「あのお、源内さん!」

 と呼びかけた次の瞬間、

「キャアーッ!」

 と悲鳴が聞こえた。

 源内少年の悲鳴だった。しかも悲鳴は私に対して放たれたものだった。

 素っ裸の源内少年が、洗面所兼浴室の外で、恥じらうように胸と股間を手で隠していた。

「あっ、あ~っ、すみません!」

 私は、すぐに引き戸から頭を抜き、源内少年に詫びると、扉をぴしゃりと閉めた。悲鳴のような声を上げていたことに気づき、顔に血がのぼるのを感じた。

 源内少年の中身は若い女性で、私の中身が中年男だということも分かっている。声を上げてしまったのも当然だった。

 閉めた扉に寄りかかり、乱れた呼吸を整えていると、扉の隙間から源内少年の声が聞こえた。

「あの……。変な声を上げてごめんなさい……。あの……どうぞ……入ってください……」

「あ……」

 振り返った私が戸惑っていると、少年は引き戸を開いて私を促した。

「僕は、マラナシなんですよね……。すいません……。人間の時の……つい……習慣で……とっさに……」

「いや……あのっ……すみません……こちらも……配慮が足りませんで……」

 私は思わず営業口調で話していた。

「……どうぞ、この歯ブラシを使ってください」

 私を招き入れた源内少年が歯ブラシを差し出した。

「この歯ブラシを水につけて磨くだけで歯磨き粉以上の効果が出ます、微生物の力で……」

「ビセイブツ……?」

 と、私は思わず聞き返した。

「ええ微生物です。この世界は生物工学が非常に発達した世界のようですね……。電気も、燃料も、素材も、微生物が作っています」

 唖然としている私をよそに少年が説明を続けた。

「例えば、この地下施設のさらに地下には、貯水槽があって、そこに発電する微生物がいます。『コノヨノオワリ』から80年経っていますが、いまだにこの施設に電気を供給しています。しかも、ほぼ無尽蔵です。遺伝子操作か何かで発電する微生物を作り出したか……、自然界で発見したか……。キキョウさんの世界では何を使って発電していましたか?」

「私のところは、水力、火力、原子力……あと太陽光や風力、地熱とかいろいろあるな……」

 私の言葉は、中年男の、素の言葉に戻っていた。この文章を読んでいる方には、私が14~16歳くらいの女性の姿をしていることも忘れないでほしい。

「そうですよね。私の世界でも似たようなものです。あと驚いたのが、この世界では、『コノヨノオワリ』の直前、金属の代わりに樹脂を使っていたようです」

「樹脂……。プラスチック?」

「そうです。微生物が作る液体を使います。温度や湿度などを変えて硬化させると、鉄よりもはるかに強くて軽い素材ができるんです。また、硬化させる条件を変えることで硬くも柔らかくもできます。これもこの施設内にあって、ほぼ無尽蔵に作れます。すごいですよ、この世界の文明は……」

 源内少年が饒舌(じょうぜつ)に説明を続けている。私は理科系の話に疎いが、価値観の近い人がいてうれしいと感じているようだ。

 私は自分が興味のある話題に変えた。

「ほう……。源内さん。私たちってどうやってこの世界に来たと思う? どうして自分たちがこんな体に入っているんだろう……」

「ここ高エネルギー研究所の設備はまだ十分稼働します……。これは僕の推測ですが……、キキョウさんの体を目覚めさせるために、僕が資料を読んでいるあいだ、信長さま一行が施設を手当たり次第にいじくっていましたから、そのときに巨大なエネルギーが狭い範囲でごく短時間発生し、何かが起きたのでしょう……。僕を目覚めさせるときもきっと同じようなことを……。すみません。今はまだそのくらいしか分かりません……」

「いや……。さすがの源内さんでも分からないか……」

「で、あの人は本当に織田信長なのかい?」

「ええ、どこの時間軸か分かりませんが、話を聞く限り、織田信長です。この世界は彼にぴったりですよね。各有力者が地域を統治する……、いわゆる戦国時代なみたいなものですから……」

 源内少年が話したように、信長はこの世界でも桶狭間の戦い前夜のような状況に陥ることになる。

 関東の最大勢力が同盟軍と連携して秩父に向かってきたのだった。


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