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【1】織田信長【後】

 舞い降りてきた【何か】に正面から体当たりを受けたが、私の体に別条はなかった。両腕以外、兵士の体内と一体化しているからだ。

 ただ、瞬間的に【ギュッと締まった】と感じを受けた。

「大丈夫ですか!?」

 少年の声が聞こえた。

「あ……はい……」

 あっけにとられたまま、私は返事をしていた。やはり私の声が女の子になっている。

 目の前にあった青空が巨大なトカゲの口に遮られた。鋭い牙が見える。どうやら、仰向けに倒れた私の兵士に怪物が馬乗りになっているようだ。

「今です! 両手の親指をレバーの上のボタンに載せてください! 人差し指はトリガーに!」

 少年は私と同じ画面を見ているらしい。私は黙って言われた通りにした。

 目の前のトカゲが首を持ち上げた。

 私が目にしているものを見れば、誰でも、相手が攻撃態勢に入っているということがわかるはずだ。

 恐怖心は全くなかった。この瞬間は、動画を見ているような、客観的な気持ちになっていた。

(あご)の付け根に視点を合わせて、右親指のボタン!」

 冷静に少年の指示に従った。画面に映るトカゲの首に印が付いた。印は、オレンジ色から瞬間的に緑色に変化した。

 大きく開いた頭が襲ってきた。

「はい! 両方のトリガー!」

 少年の指示通り、私は操縦桿にある引き金状のスイッチを両手の人差し指で同時に押した。

 次の瞬間、私の兵士は、左手でトカゲの上顎の辺りをガッシとつかみ、ナイフ状の武器を握った右手でトカゲの喉の辺りを突いていた。

 全てがほんの一瞬の出来事なのだが、私にはひどく長く感じた。

(右手の武器はどこから出てきたんだろう……。そういえば腰に細いベルトみたいなのをしていたから、そこから出したのか……)

 などと、ぼんやり考えているうちに、ナイフ状の武器で突かれた箇所を中心にしてトカゲの喉がじわじわと変色していく。

「もう一度、右のトリガーを!」

 ヘルメットから聞こえた少年の指示に従うと、右手の武器でもう一度トカゲの喉を突くのが見えた。

「もう一度!」

 3回目を突いたとき、トカゲが力なく覆いかぶさってきた。

 私は倒れてきたトカゲを押しのけた。兵士を操縦しているという感覚があまりない。少年の言った通り、操作は難しくなかった。

 立ち上がった私の眼下に、さっきのトカゲがいた。トカゲと思ったが、よく見ると違う。

 ファンタジーゲームのドラゴンに近い。

 ただ、体を覆っているのは(うろこ)ではなくて羽毛。羽の色は灰色がかっていて、腹が赤味かがっている。

「左のレバーの親指ボタンを押したまま、中指のトリガーを引いてください。カートリッジを換えておきましょう」

 少年の指示に従うと、私の兵士が勝手に武器の柄の中身を交換し始めた。

 少年の指示が続く。

「では、正面に見える道を左に進んで仲間を手伝ってあげてください」

 私は、大きな人型兵器と完全に一体化しているような錯覚を起こしていた。その妙な一体感が、かえってひどく気味が悪かった。

 とはいえ、しばらくのあいだ、この大きな兵士を【私】で表現していくことにする。


 道の脇には木々が生い茂っているが、高さ約4メートルの私には全く支障がなかった。

 後で知ったことだが、日本の道路の高さ制限に合わせて設計されているらしい。

 すぐに開けた場所に出た。小高い山々に囲まれ、一帯には枯れかけた低い草木がまばらに生えている。

 広い道に立っていた。

 人の姿は見えない。かといって人の気配が全くないわけでもない。

「その道を走って右に進んでください。左手の駅の廃虚辺りに仲間がいます!」

 少年の指示に従うと、【廃虚】の上にふわりと浮かぶ影が見えた。さっき私を襲ったのと同じ怪獣だ。つまり、あの辺りに【仲間】がいるのだろう。

 怪獣が急降下して、その姿が廃虚の陰に消えた。少年の言う【仲間】が襲われたか。

「急いで!」

 と、少年は強い語調で一気に指示を出した。

「モズ……生物兵器の頭と首の間を狙ってレバーの親指ボタンでマークします。マークするとオレンジ色の印が見えますから、緑になったところで、両レバーの人差し指トリガーを引いてください」

 早口だったが、指示は理解できた。さっきの組合で要領はつかんだ。

 少年は、あの怪獣を『モズ』と呼んでいた。確かに目の辺りに黒い線が入っていた気がする。それよりも驚いたのは、少年があれを生物兵器と言い直したことだった。

 私はどんな世界に迷い込んでしまったのだろうと、ぼんやりと考えながら、荒れ果てた建物を回り込んだ。すると、もう1体の大きな兵士が、モズとかいう怪獣に覆いかぶさられていた。さっきの自分の姿もこんな感じだったのだろう。

 モズの首根っこを凝視しながら、操縦桿の親指ボタンを押すと、少年の言葉通り、そこにオレンジ色の印がついた。

 さらにそのまま近づいていき、緑色になったところで素直に両方の操縦桿の引き金を引く。

 すると、【私の分身】がすぐに左手でモズの首根っこをつかみ、右手で素早くナイフ状の武器を突き立てた。

 もう一度刺して、さらに3度目を刺そうとしたとき、モズの体が崩れ、すぐに動かなくなた。

 倒れていた兵士がモズを押しのけた。私が手を差し伸べると、それを拒否するかのように、軽く振り払うようにして、すぐに立ち上がった。

 私が持て余した手を引っ込めるあいだ、その大きな兵士は、持っていた槍のような武器のカートリッジを交換し、それが済むと、すぐに駆けだした。

 その兵士が進む方向には、大きな兵士がもう2体いて、やはりモズとかいう怪獣と闘っていた。

 私もその兵士の後を追った。


   ※※※


 私の正面に5人の男が立っている。着物に袴、総髪(そうはつ)(まげ)、みな、サムライのようないでたちをしている。

 5人のサムライだ。

 中央に立っているのは、私に拳銃を突きつけた中年男だ。疲れているような雰囲気だが、どこか貫禄がある。赤地に金の流水文様の着物に黒い袴という派手ないでたちだ。

 右端に黒人が立っている。背が飛びぬけて高く、ひときわ目を引く。緑と黄色で左右の合わせが色違いの着物と、黒い袴が印象的だ。よく似合っている。

 他の3人は若者。10代後半か20歳(はたち)前後というところか。

 私の右隣にいる少年が口を開いた。さっきまで指示を出していたあの少年だ。

「信長さま、改めて紹介させます」

「うむ」

 真ん中の中年男が短く返事をした。

「お名前は……」

 少年が私につぶやく。

 私は、とっさに仮名を使おうと思った。まだこの状況を把握していないし、ここにいる人間を信用しているわけではない。かといって、嘘の名前などすぐに思いつかなかった。

 とっさに口にしていたのは、

「キキョウ……」

 自分の娘の名前だった。もちろん中身は中年男だが、声や体つきで今の自分の姿が若い女性に近いというのは想像つく。

「キキョウと申すそうです」

 少年が私に代わって紹介した次の瞬間、3人の若者の表情に、ほんのわずかだが、動揺の色が浮かんだ。

 黒人の表情に変化はない。

 中年男の方はというと、何か面白いものを見ているかのように、にやりと笑みを浮かべていた。

 私の隣の少年が肘で小突いた。

「ほら、自分で名乗って……」

「キキョウ……です」

「ほら頭を下げて……」

 少年は私の頭を押さえつけるようにしてお辞儀をさせた。

「うむ……。俺はお前を【ホトナシ】と呼ぶことにしよう」

 床を見ている私の耳に中年男の声が入ってきた。続いて、笑いをこらえるような3人の若者の声が聞こえる。

「おなごのような見かけで股に何もないからなあ」

 中年男の言葉とほぼ同時に私が頭を上げると、3人の若者がどっと失笑した。

 少年が続けた。

「こちらが織田信長様です」

 あの中年男だった。

 3人の若者の緩んでいた表情が引き締まる。

「こちらが蘭丸様、坊丸様、力丸様……」

 次に3人の若者、最後に黒人を紹介した。

「……弥助(やすけ)様です」

 私は少年の紹介に合わせて会釈をしていった。

 一人ひとり、目礼や会釈を返してくれたなかで、蘭丸とかいう若者だけは、スッとそっぽを向いた。感じが悪いと思ったが、それ以上の感情は湧かなかった。全てが私にとって非現実すぎているのだ。

「おい、蘭丸。おまえ、このホトナシに助太刀を受けたというではないか、武士なら礼を申せ」

 信長は私に付けたあだ名を早速使った。どうやら、モズという怪獣に襲われていた大きな兵士は、この蘭丸が操っていたらしい。

 蘭丸は、顎を突き出すような所作で、面倒くさそうに頭を下げた。いかにも(礼を言う覚えはない)と言いたげな感じだ。

「最後にこのボクですが、平田源内(ひらた げんない)と申します。皆さんからは源内と呼ばれて……」

「お前は【マラナシ】だろ! おのこのように見えてイチモツがないんだからな」

 少年の自己紹介を遮った中年男の言葉に、3人の若者がまたどっと笑った。今度は黒人のサムライの表情も緩んでいた。

 少年の顔が赤くなった。

「【マラナシ】に、【ホトナシ】、いい組み合わせだ。テンニンとは実に面白い生き物よ」

 中年男、信長がカラカラと笑った。

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