Chapter.7ㅤアメリカ編・下
1
ㅤ「……そんな事が。」
ㅤ──彼らは、9年前……日本防衛軍に所属しており、負傷し……その後生物兵器として身体を改造され、戦争に使われた挙句……殺されそうになった、と言うのだ。
ㅤそれも……話によると、その生物兵器は……アメリカでも……。
ㅤ「……俺の国は、そんな……クソみたいな事を……。」
ㅤそんなクソみたいな事をした国──そして被害者である彼らを、知らなかったとはいえ……悪人に仕立て上げ、捕まえようとしたのだ。……そりゃあ、さっきも俺を撃った黒服達から金奪ってたけど……彼らの受けた仕打ちを考えれば安いもんだろ。
ㅤ「……まあ、実際は俺たち以外の……他の国の獣人は……見た事は無いんですがね?ㅤ」
ㅤ苦笑混じりに、本田は言い……それから、
ㅤ「あと、そんなに自分の事責めないで下さい。……仕方ないんですよ。」
ㅤ少し諦めた様な笑みを浮かべ、彼は……笑った。
2
ㅤ「お前達の事は必ず俺が守る……と、言いたいんだがなぁ。正直俺は弱いし、守られる側だ。……だが、力になりたいんだ、だから俺は絶対にお前達について行く。だから、なんでも……言ってくれ。」
ㅤ俺はそんな事を言った。本田が疲れた様な──諦めた様な、そんな笑みを浮かべていた時に。
ㅤそれからまあ、色々な事があった。
ㅤ車は3台くらい棄てたし、金は……こっそり働いたり俺達に襲いかかってくる奴らを倒して奪った(まあ倒したのは2人で、俺は何も出来なかったけど……。)り、車で野宿したり、岸田から武術を教えてもらったり……と、そんなこんなでほぼ1ヶ月に近くなった頃、俺達はソルトレイクシティ、と言うユタ州最大の都市へとやって来た……ってえ?ㅤなんでそんな人が多い都市にやってきたかって?
ㅤ……まあ、2人によると……そこで武器を揃えるそうだ。……なんでも、詳しくはまだ聞いていないが……日本で、戦うらしい。
ㅤ──それは、彼らがこれから胸を張って生きて行く為に、必要らしい。……あまり、戦って欲しくない、と言うのが俺の本音だが。
ㅤ「……どうした?ㅤジャック?ㅤ」
ㅤそんな事を考えて──思考の海に沈んでいた俺は、そんな声によって一気に現実へと引き戻される。
ㅤ「な、なんだ?ㅤ」
ㅤ俺は慌てて声を掛けてきた岸田にそう問いかける。……彼の肩の傷は、まだ治りかけの俺とは違い、今ではすっかり治っている。
ㅤ「……いや、親とか……恋人とかにさ。手紙とか書いてくる?ㅤ……もうもしかしたら、……その、アメリカに帰る事は無いかもしれないから。」
ㅤ本田そう申し訳無さそうな顔で言う。……それに対し俺は、
ㅤ「大丈夫だ。両親はもう亡くなってるし……特に手紙を出したい友人はいない。何より……手紙を出したら居場所がバレるかもしれない……からな。」
ㅤそう言って笑う。
ㅤ……俺の母親は俺を産んですぐに亡くなって、父親は……第参次世界大戦で出兵し、戦死した。
ㅤそれから、俺は孤児院で育てられて、やがて……警察官になる為に勉強した。……この世からクソみたいな悪を全部一掃する為だ。
ㅤそして、ニューヨーク市警ESUになって……いつの間にか、最初の目的のクソみたいな悪を一掃する。と言う事を……忘れていたんだ。
ㅤ──んで、ただ毎日テキトーに生きてて……。
ㅤこいつらと出会って、俺は何か変わったのだろうか?
ㅤ──そんな事は分からない。だが…….今は俺は本田と岸田……この二人について行く。そう決めた。男に二言は無いってな。
ㅤ「んじゃ、出発だッ!ㅤ行くぞお前ら!ㅤ」
ㅤ俺はそう言い、笑う。
ㅤすると岸田は心底呆れた、と言う顔で、
ㅤ「……張り切りすぎじゃないか?ㅤ」
ㅤと言う。
ㅤ──未来はどうなるかは分からない。けど……俺達は今を生きて行く。
ㅤ「はいっ!ㅤ行きましょう!ㅤ」
ㅤそして、そう本田は笑顔で言い、アクセルを踏み込む。
ㅤ約束の日まで、あと3日。俺たちは目的地サンフランシスコへと……出発した。
ㅤ──ちなみに、本田の運転によってソルトレイクシティを出た直後に車は天国へと旅立ち……ヒッチハイクで行く事になった──と言うのは別の話だ。
3
ㅤ──夕暮れ時、俺達三人はヒッチハイクでトラックに乗せてもらい、サンフランシスコへと向かっていた。
ㅤ──景色は、茶色の山に、薄っすらと緑が生えている……そんな感じ。
ㅤ……予定では今日サンフランシスコに到着し、深夜に……例の貨物船でアメリカを出る予定だ。
ㅤ「俺たちの今持ってる武器は、弾丸は50発入り15箱にショットガン1丁、拳銃は6丁、サバイバルナイフは4本……それからライフル。か……。」
ㅤ──……一応、これが俺たちの持っていた武器プラス、ソルトレイクシティで入手した武器の、合計だ。
ㅤ「……少ない、よな。」
ㅤハァ……。そんな溜息を俺達は同時に吐く。
ㅤ「……まぁ、やるしか無い。」
ㅤそう岸田は言う。……って言うか。
ㅤ「今更だが……英語喋れたんだな。」
ㅤそう俺は言うと、岸田は、
ㅤ「……少しだけだ。少ししか分からないから大体は本田に翻訳してもらったりしている。……それだけだ。」
ㅤと、素っ気なく言う。
ㅤ「まあ、なんとかなりますよ!ㅤ」
ㅤ本田は何時もの様に明るい口調で俺達に向かってそう言う。
ㅤ「……まあ、そうだな。」
ㅤ「……今までもなんとかなってきたしな。」
ㅤそんな本田の言葉に、俺たちは苦笑しながら言う。
ㅤその時ふと、ガードレールの向こう側に立てられた緑色の看板が目に入った。
ㅤ『SAN FRANCISCOㅤ131232YD.』
ㅤサンフランシスコまで残り120km……。
ㅤ「ついに、サンフランシスコ……これから、頑張りましょう。」
ㅤそう本田は言い、俺たちは深く──頷いた。
──────
ㅤ──ババババババ……。
ㅤその頃、サンフランシスコ国際空港へと向かい、三機の"UNITED STATES ARMI"と言う文字が機体に書かれた大型ヘリが飛んでいた。
ㅤそしてその機内では。
ㅤ「ターゲットは三人。武器を所持しており、警察の特殊部隊及び、シークレットサービス四人を倒した奴らだ。……油断はするな。しかし殺さず、必ず捕まえろ。……いいか、これは大統領命令だ。必ず殺すな。」
ㅤそうヘリの座席に座っている軍人達に言っているのは、30代くらいの男で──彼が着ている制服には、彼がアメリカ陸軍中尉である、と言う事を意味するワッペンが──付けられていた。
ㅤ「では、間も無くサンフランシスコへの到着する。……到着次第車両に乗り込み、出発する。いいな?ㅤ」
ㅤ「了解!ㅤ」
ㅤ彼の言葉に全員が返事をし、それから準備を始める。
ㅤ──三機のヘリは間もなく、サンフランシスコ国際空港へと到着する所であった。
4
ㅤサンフランシスコ。中心部から離れた所にある、寂れた港。
ㅤ入り組んだコンテナや倉庫を超えた先に──その船は停泊していた。
ㅤかつては白かったであろう船体は赤錆が目立ち、大きさは……良くテレビで見るコンテナ船より一回り小さい感じであった。
ㅤ「……これが運搬するのは主に家具とか、傷まない物ですね。……近年は法律も改正されて、こういう船でも海外に荷物を運べるみたいですよ。」
ㅤそう本田は言い、それからムッとした様な声で、
ㅤ「それにしてもガソリン臭いというか……嫌な臭いですね……。」
ㅤと言った。
ㅤ──確かにガソリン臭い、それ以外の臭いは全く分からないレベルだ。
ㅤ「……早く乗ろうぜ。ほら船長も待ってる。」
ㅤ岸田はそう言って船に乗り込むためのタラップの方を見る。……そこには、着ている服は汚く、顔は白い髭だらけで、ニヤニヤと笑いながら俺達を見ている中年太り、と言った感じの体格をした男が立っていた。
ㅤ「久しぶりですね!ㅤ……アメリカに送ってもらって以来ですかね?ㅤ」
ㅤそう本田が声を掛けると、そのクソみたいな男は、
ㅤ「ああ、そうだな。」
ㅤとニタニタしながら言う。
ㅤ「じゃあ、よろしくおねがいします!ㅤ」
ㅤそう言って船に乗り込もうとする本田を、彼は止めた。そして……こう言ったのだ。
ㅤ「……悪いが、乗せれねぇよ。……ククッ、お前らのお陰で暫く遊べるくらいの金を稼げたからなぁ。」
ㅤと言った──瞬間。
ㅤ「動くな!ㅤ手をあげ、地面に伏せろ!ㅤ」
ㅤ物陰から……武装した──軍人が飛び出してきたのだ。
ㅤ軍人達は、ありとあらゆる所から出てきて……その数、20人以上。
ㅤ「くくっ、今までやってきた犯罪行為もチャラになるし……3万ドルも貰えるんでな。すまんなぁ。」
ㅤそうクソみたいな笑いと共に、船長はそう言う。それから軍人の一人が、
ㅤ「大人しくしていれば怪我をさせる事も無い。……大人しく投降しろ。」
ㅤと、冷静な口調で言う。
ㅤ「……!ㅤ」
ㅤ急に隣に居た岸田が何かを叫び、そのまま軍人へと飛び掛かり、殴ろうとした──瞬間。
ㅤ「ギッ……!ㅤ」
ㅤ軍人は、彼の顔を蹴ったのだ──。
5
ㅤ「ッッッッッ!ㅤ」
ㅤドンッ、という鈍い音と共に岸田の身体は地面に叩きつけられる。
ㅤ「……その、悪かった。」
ㅤ少し驚いた様に、軍人は謝る。しかし、
ㅤ「フゥゥゥゥッ……!ㅤ」
ㅤ岸田は──帽子は外れ、顔は怒りに歪み……正に獣の様な唸り声を上げ、立ち上がろうとしていた。……殴られた場所からは、血が……。
ㅤ「やめろ!ㅤ岸田ッ!ㅤ」
ㅤ俺がそう叫ぶのと──さっきとは別の軍人が岸田に銃を撃つのは、ほぼ同時だった。
ㅤ「お、お前ッ……!ㅤなんでっ、なんでっ!ㅤ」
ㅤいつの間に捕まっていたのだろうか──軍人二人に取り押さえられた本田は、そう叫ぶ。
ㅤそれに対し、さっき岸田を蹴った軍人はこう言った。
ㅤ「ただの麻酔弾だ。蹴ったのは悪かったと思っているが……生命に別状は無い。……それからすまないが、強制的に……連れて行くぞ。そろそろあの船長を捕まえに警察が来るんでな。見つかったら厄介だ。」
ㅤ「ハァ?ㅤな、何言っ……て……る……ッ!?ㅤ」
ㅤ唐突に感じた首筋に何かを刺される不快感。……そして後ろには──いつの間にいたのだろうか?ㅤ手に注射器を持った軍人──背後に立っていた。
ㅤ「クソ……ッ!ㅤ」
ㅤ急速に力が入らなくなっていく中、俺は渾身の一撃を軍のクソッタレの顔面へと叩きこむ。
ㅤ──手に感じた確かな感触。それを最後に俺の意識は──真っ暗となった。
──────
ㅤ「お、おいっ!?ㅤど、どういう事だ!?ㅤ」
ㅤ先程"確保"した対象達を担架を使い軍人達が車両に乗せていると、あの船長はそう叫んだ。
ㅤそれに対し、彼等のリーダーらしき男──あの少尉は、
ㅤ「確かに、俺達は3万ドルと、今迄の犯罪行為も見逃すと言ったが……悪人相手にそんな事をすると思ったか?ㅤ」
ㅤと、冷めた目で言う。それを聞いた船長は、顔を真っ赤にして、
ㅤ「きっ、貴様ァァ!ㅤ」
ㅤと叫び、銃を取り出そうとしたが──。
ㅤ「ガッ……!?ㅤ」
ㅤ「……遅いな。」
ㅤそれよりも早く彼は注射器を取り出し、船長の首に刺す。
ㅤ「ァッ……。」
ㅤ船長はビクッと痙攣し、倒れる。
ㅤ「……街に行ってるこいつらの仲間も、今頃は警察にやられているだろう。……こいつは眠らせておいたし……放置すれば警察が来て逮捕される。俺達の関与については……それこそ上層部が揉み消すはずだ。」
ㅤフッ、と微笑を浮かべながらそう呟くと、少尉は部下に指示を出し、一路、空港へと向かうのであった……。
6
ㅤ「……。」
ㅤ──目を開くと、最初に見えたのは天井の白……そして明かりのついた蛍光灯。
ㅤ──俺は首を横に傾ける。
ㅤ広さは普通くらいで、全てが白で統一され扉があるだけの部屋。そしてピッ、ピッと言う規則正しい電子音を出し続ける機械。それ以外は部屋を見渡しても──、今気がついたが……俺が今横になっているベッドしかない。
ㅤ「えっと……。」
ㅤ俺は、確か──……?
ㅤ──俺の名前は、ジャック・コナーで、ニューヨーク市警で働いていて……。
ㅤ『……今回、ICPOから通告があり、2人の人物を確保する事になった。』
ㅤ『残念ながらこれ、脱げないんだよね。覆面じゃないから。』
ㅤ『FBIの者です。……お話をお聞きしたいので、御同行願います。』
ㅤ『ちょっ、ちょっと待ってください!?ㅤお、落ち着いて!ㅤ話を聞いて!ㅤ』
ㅤ──確か、俺は……本田雪路と、岸田崖、その二人と出会って、サンフランシスコへと旅をしていて。
ㅤ『……まあ、その。僕らは……自分の事、人間だと思いたい……かな?ㅤ』
ㅤ『ジャックさんて……口悪いけどいい人なんですね。』
ㅤ『歯を食いしばって……舌噛まないようにしててください。』
ㅤ『……生憎だが、俺は捕まりたいとは思わないし、何より仲間を撃った代償は、払って貰うぞ?ㅤ』
ㅤ『ああ……昔衛生兵をやっていたので。上手いんですよ応急手当てとか……。』
ㅤ『そんなに自分の事責めないで下さい。……仕方ないんですよ。』
ㅤ『ついに、サンフランシスコ……これから、頑張りましょう。』
ㅤ──色々な事があって、サンフランシスコへ着いて……日本への船に向かって。
ㅤ『くくっ、今までやってきた犯罪行為もチャラになるし……3万ドルも貰えるんでな。すまんなぁ。』
ㅤ『お、お前ッ……!ㅤなんでっ、なんでっ!ㅤ』
ㅤ『ただの麻酔弾だ。蹴ったのは悪かったと思っているが……生命に別状は無い。』
ㅤ──岸田は倒れ、俺は変な薬打たれて……意識が……遠のい……て!?
ㅤ「本田ッ岸田ッ!ㅤ」
ㅤ俺は飛び起きる、身体に付いていたコードを毟り取り、扉を開けようとする。
ㅤ「開けろ!ㅤ開けやがれ!ㅤ」
ㅤそう叫びながら、俺は扉を蹴る。すると──。
ㅤ扉が開き、室内へと白衣を着た奴らが入って来て──二人かがりで俺を取り押さえ、ベッドに押し倒したのだ。
ㅤ「クソッ!ㅤ離せ!ㅤ」
ㅤそう叫びながら俺は暴れる。──しかし俺は押さえつけられたままで……あの薬をまた注射されそうになって……。
ㅤ「辞めなさい。」
ㅤ扉の方からそんな声が聞こえた瞬間、俺を抑えつけていた奴らは俺から離れる。
ㅤ「君達、後は私が話をするので……外で待っていてくれませんか?ㅤ」
ㅤ──優しそうだが、どこか迫力のある声。その言葉を発したのは……ピシッとスーツを着た、老人だった。
ㅤだが、あのクソ船長とは違う。向こうは下品極まり無かったが……この老人はなんと言うか凄い……品がある。
ㅤ「……承知しました。アルフォンス殿。」
ㅤそう言って白衣の奴らは一礼すると、部屋から出て行く。
ㅤ扉が閉まり、残されたのは俺と老人──。
ㅤ「……まず、無礼な行為をお詫びします。コナーさん。」
ㅤそう彼は言った。
7
ㅤ「とりあえず、自己紹介を……私はレオン・オーエンと言いまして……大統領補佐官を行っております。」
ㅤそう言って老人──オーエン大統領補佐官は、頭を下げた。
ㅤ「だ、大統領補佐官……?ㅤ」
ㅤちょ、ちょっと待て、大統領補佐官って……大統領のそ、側近だよな?
ㅤ「……まぁ、驚かれるのも無理は無いでしょう。」
ㅤそうしれっとした顔で彼は言う。いやいや待て待て。
ㅤ「ま、待ってください。俺達は……警察からも追われてて、軍に捕まったんですよ?ㅤな、なのに何で大統領補佐官が……?ㅤ」
ㅤそう俺が問い掛けると彼は、
ㅤ「……まあ、軍の行った行為は強制的ではありましたが。貴方方を保護するのが目的でしたから。……尚、お二人共無事です。鹿さんの方は手当てをしてありますし……安心してください。」
ㅤと言う。
ㅤ──……無事か。
ㅤこの目で見るまでは分からないが、とりあえず二人共無事らしい。……安心した。
ㅤ「それで、何故大統領補佐官である私が来たのかと言いますと……貴方達を保護する様に命令を出したのは、ケネディ大統領本人だからです。」
ㅤ「……へっ?ㅤ」
ㅤ──とりあえず俺は唖然とした。
ㅤだってあの二人は……アメリカにとっても不利な"証拠"になり得るんだろ?ㅤ……だったら、保護では無く消すんじゃ。
ㅤ「……詳しい話については、三日後、大統領本人からお聞き下さい。では私はこれで……。」
ㅤ疑問を感じた俺をよそに、大統領補佐官はゆっくりと立ち上がり、部屋から出ようとする。その背中に向かい俺は、
ㅤ「ふ、2人が無事なら会わせてください!ㅤ」
ㅤと言う。すると補佐官は振り返り──。
ㅤ「わかりました。すぐに手配させましょう。」
ㅤと言い……部屋を出て行った。
──────
ㅤ「オーエン大統領補佐官。」
ㅤ部屋から出てきた大統領補佐官に、彼等を"保護"してきた軍人の少尉は、そう呼び掛け敬礼をする。
ㅤ「……モラレス少尉か。今回の一件、良くやったな。」
ㅤオーエンはそう言って彼──アルバート・モラレスの事を見る。それを聞いた彼は、
ㅤ「いえ、まだまだ未熟であります。……それで、何故私を呼んだのですか?ㅤ補佐官。」
ㅤと言い、オーエンの事を見つめる。すると彼は、
ㅤ「……君には、三人の護衛及び世話係を……頼みたい。いいかね?ㅤ」
ㅤと言い、少尉の事を見つめる。
ㅤ「了解であります。」
ㅤ老人の言葉を聞いた少尉は短くそう答え、その言葉を聞いた老人は嬉しそうに頷き、長い廊下を歩いて行った。
8
ㅤ「ジャックさぁぁんッ!ㅤ」
ㅤ「おわッ!?ㅤ」
ㅤ──あれから少しして、俺は本田と再会できたのだが……出会った瞬間俺は抱きつかれ、押し倒され……頭を壁に強打した。
ㅤ「いってぇ!ㅤ」
ㅤ「あ、ごごごごめんなさい!ㅤ」
ㅤそんな声が何処かの施設の一室に──響いた。
ㅤ──────
ㅤ「……全く。もう少し勢い弱めようぜ?ㅤ」
ㅤ「す、すみません……。」
ㅤとりあえず本田を落ち着かせ、岸田も少し遅れて来て、俺たちは話をしていた。
ㅤ「まあ、いいんだけど……。とゆうか……岸田?ㅤ」
ㅤ「なんだ?ㅤ」
ㅤ俺は少し機嫌の悪そうな岸田を見つめながら言う。
ㅤ──とりあえず頭に包帯を巻いてある、それは良い。しかし……角が無くなっていたのだ。あのブラジルの次にトレードマークだった、角が。
ㅤ「……角、どうした?ㅤ」
ㅤ俺がそう訊くと、岸田はとにかく機嫌の悪そうな顔で、
ㅤ「……切られた。俺のトレードマークだったのに。」
ㅤと言った。
ㅤ──笑っちゃいけない……笑っちゃ。
ㅤとにかくおかしくて俺は笑いを堪えるのに必死になっていると……。
ㅤ「プッ……ちょっ……ご、ごめんなさいっ……。」
ㅤ──本田……堪えてるみたいだけど、すげぇ笑ってるぞ。
ㅤ「……。」
ㅤそんな本田に対し、岸田は無言で本田の頭を殴った。
ㅤ「グフェ!?ㅤご、ごめんなさい!ㅤ」
ㅤ「許さない……絶対許さない!ㅤ」
ㅤその様子が可笑しくて……俺も、笑ってしまう。そんな俺の事を訝しげに見る二人に、俺は言った。
ㅤ「やっぱ……最高だ。お前ら。」
ㅤと。
9
ㅤ「……食事、持って来たぞ。」
ㅤ三人で再開してから少し経った頃、一人の男が全員分の食事が載ったワゴンを持ってやって来た。
ㅤ──その男は、服装こそ黒いスーツを着ていたが……あの時の軍人……。
ㅤ「ッッッ!?ㅤ」
ㅤ俺たちは驚き、そして身構える。
ㅤそんな俺たちの姿に軍人は苦笑し、
ㅤ「……今回は戦う気は無いさ。」
ㅤそう言って両手を上げた。
──────
ㅤ「……とりあえず、ここはワシントン.D.C.にある軍の施設の一部だ。君達は現在ここで保護されている。……君達を殺すつもりも、解剖するつもりも無い。安心して欲しい。」
ㅤ「……それで、ハイそうですか。と言えるとでも?ㅤ」
ㅤ俺は軍人を睨みつける。すると軍人は、
ㅤ「……ま。言える訳無いな。」
ㅤと言い、それから、
ㅤ「なら……ほらよ。」
ㅤそう言って軍人は岸田に向かい何かを差し出す。それは──拳銃だった。
ㅤ「……何のつもりだ?ㅤ」
ㅤ不思議そうな表情で岸田は言う。それに対し軍人は、
ㅤ「……簡単な事さ。俺の事が信用ならないなら俺の事を撃て、それで扉の鍵を奪って……逃げたらどうだ?ㅤ」
ㅤ可能だろう?ㅤ、そう苦笑しながら軍人は言った。
ㅤ岸田は黙ってそれを受け取ると──銃を軍人に向ける。
ㅤ「……。」
ㅤ「……。」
ㅤ……カチリ。そんな小さい音と共に銃の安全装置は外される。
ㅤそして──……。
10
ㅤ「……分かった。信頼しよう。」
ㅤ──深い溜息、そして銃は……降ろされていた。
ㅤ「……二人とも、こいつはバカみたいだ。信頼してやろう。」
ㅤ──苦笑をしながら岸田はそう言い。
ㅤ「……わ、分かりました。」
ㅤそう本田は言い……俺は岸田を信じ、頷いた。
──────
ㅤ「さて、自己紹介だ。俺の名前はクリストファー・モラレス。アメリカ陸軍少尉だ、よろしく。」
ㅤ彼はそうにこやかに言うと、次は俺の番、
ㅤ「ジャック・コナーだ。元ニューヨーク市警警察官で、現在は彼ら二人と行動を共にしている。」
ㅤそう言い、後は2人が名前だけ言って、自己紹介は終わった。
ㅤそしてそれから、クリストファーは俺たちに向かってこんな事を言った。
ㅤ「しかし……思ってたんだが。すごいよな。普通の動物もそれなりに知能はあると思うが……桁違いだよ。武器を持つ事も可能だしな。」
ㅤ「……こいつらは普通の動物じゃないぞ?ㅤ」
ㅤ俺はクリストファーに反論する、すると彼は、
ㅤ「……え?ㅤ」
ㅤと不思議そうな顔で言った。
11
ㅤ「……。」
ㅤ俺たち三人は何処ぞの会議室の様な場所に座っている。
ㅤ俺たちの目の前にある巨大な机には布を咥えたハクトウワシのマーク……アメリカ合衆国の国章が、描かれていた。
ㅤ「……結局、日本に行くのは無理だったな。」
ㅤ残念そうに岸田は呟く。すると本田は、
ㅤ「はい……。」
ㅤと言った。俺はそれを聞きこう言う。
ㅤ「……まだそうと決まった訳じゃ無い。」
ㅤ「それってどういう──。」
ㅤ俺の言葉に対し岸田は何かを言おうとした……が。
ㅤ──ガチャリ。
ㅤ唐突にドアが開き、それを中断される。
ㅤ二人のボディーガード代わりのシークレットサービス。そして──薄い金髪で彫りの深い男が入って来た。……アメリカ合衆国第50代大統領、ジェイムズ・ケネディだ。
ㅤ「初めまして。キシダさん、ホンダさん、コナーさん。」
ㅤ笑みを浮かべながら大統領は言い、シークレットサービス二人を部屋から出させた。
ㅤ「……よいしょ。」
ㅤシークレットサービスが出た後、大統領は俺たちが座っているのとは反対側の席に座る。
ㅤ「……改めて、私はアメリカ合衆国第50代大統領、ジェイムズ・ケネディだ。よろしく。」
ㅤそう彼は言った。
──────
ㅤ「……とりあえず、どうして俺たちを保護したんだ?ㅤ……テロリストとして逮捕、射殺とかなら分かる。だが何故……殺さなかった?ㅤ」
ㅤ少し話をした後、俺は大統領にそう質問した。すると、
ㅤ「……君達は、10年前の戦いによって産まれた。そして虐げられた……あまりにも、君達が不憫だった。だから我が国で"保護"しようと思った。」
ㅤと言った瞬間、本田は、
ㅤ「"研究"の間違いじゃ?ㅤ……この施設、研究施設にも見えますけど。」
ㅤと言葉を発する。それに対し大統領ら驚いた顔を浮かべ、それから苦笑しながらこう言った。
ㅤ「……まあ、実用に唯一成功したんだ。それも少し……あるな。」
ㅤ……と。
ㅤ「……大統領、お願いがあるんです。」
ㅤそんな話をしていると、唐突に岸田は言う。
ㅤ「岸田……?ㅤ」
ㅤ俺はそう声を掛ける、しかし岸田はそんな事には目もくれず、こう言った。
ㅤ「……日本に、連れて行ってくれませんか?ㅤ」
ㅤ……と。
12
ㅤ「それは……出来ない。」
ㅤ大統領は即答した。……まあ、当たり前だな。それを聞いた岸田は口を開く。
ㅤ「……確かに、俺たちを逃せばアメリカが……非人道的な実験を行っていた、という事がバレる可能性もあるでしょうし……俺たちはそれを話すつもりです。」
ㅤそこで彼は言葉を切った。拙い英語……だが彼は必死に自らの想いを──伝えていた。
ㅤ「けど……もうそれを指揮した大統領は居ません。大統領……今の大統領である貴方が、その事実を公表し、謝罪する。……ヒーローですよ。本当の事をきちんと伝える、そして……国が犯した罪を償う。それが……あなたのやるべき事だと思います。」
ㅤ大統領は暫く無言で岸田を見つめ──それから俺と本田を見た。そしてゆっくりと……こう言った。
ㅤ「……君達は何故、日本に行きたいのかね?ㅤ」
ㅤ……と。
ㅤ「自由になる為です。」
ㅤそう本田は即答する。
ㅤそしてそれから、1分の沈黙の後──。
ㅤ「……部屋に、戻ってくれ。」
ㅤ少し疲れた様な顔で、大統領は言い……顔を伏せた。
──────
ㅤ「大統領説得。ダメだったな。」
ㅤ部屋に戻った俺は二人にそう言う。すると本田は、
ㅤ「説得というか……ずっと震えてました。」
ㅤと苦笑しながら言う。そしてそれを聞いた岸田は、
ㅤ「これ、見ろよ。」
ㅤと言って手のひらを見せてきた。
ㅤ──指先はヒズメの様になっており硬い、そんな手は、グッショリと濡れていた。
ㅤ「汗だ……ある意味、戦地よりも緊張した。」
ㅤそう言って岸田はヒヒッ、と笑う。
ㅤそれが可笑しくて、俺と本田は笑う。その時──。
ㅤ──ガチャリ。
ㅤ「入るぞ。」
ㅤそう言って軍人──クリストファーが入ってきた。彼はニヤニヤと笑いながらこう言う。
ㅤ「とりあえず荷物をまとめろ。これからハワイの海軍基地へと向かう。
ㅤ「海軍基地……?ㅤ」
ㅤ本田はそう言いながら首を傾げる。恐らく"何故移動するのか?ㅤ"とでも思っているのだろう。
ㅤそんな俺たちを見たクリストファーは笑って、
ㅤ「……行くんだよ。日本へ。」
ㅤと言ったのだった。
Chapter.7 end