Chapter.6ㅤ狐
1
ㅤ「……それは一体、何者なんですか?ㅤ」
ㅤ──防衛省大臣専用応接室。
ㅤそこには、一人の軍服を着た女がソファに座っていた。そして彼女に対面する様に座っているスーツ姿の老人──防衛大臣の稲葉総一郎である。
ㅤそして女の着ている軍服は日本防衛軍の物であり、その階級は少尉であった。
ㅤ「……彼らは、非人道的な行為によって誕生した獣……B兵器だ。元は人間だが、かなり野蛮。……我が国もその研究には加担していたが……おっと、これは重要機密だから、他言無用だ。」
ㅤそんな軍人に向かい稲葉は言う。そしてそれから、彼はこう付け足した。
ㅤ「……君の恋人を殺したのも、そいつらだ。」
ㅤ──一瞬、女の顔はこわばる。
ㅤそんな女を見つめながら、彼は立ち上がり棚の上に置かれていた部屋の落ち着いた雰囲気とは少し不釣り合いな銀色に輝くジェラルミンケースを取ると、机の上に置き、開いた。
ㅤ──中には、弾倉三本と変わった形をしたハンドガンが入れられていた。
ㅤ「……これは?ㅤ」
ㅤそう彼女が聞く、すると稲葉は、
ㅤ「対B兵器専用ハンドガンだ。通常のハンドガンよりも威力、発射速度を上げてあり……近い場所で心臓を撃てば……必ず死ぬ。……資料は秘書に渡させる、さあ……行きたまえ。」
ㅤと言った。
ㅤそれを聞いた軍人は、ゆっくりと立ち上がるとジェラルミンケースを持ち、一礼をして部屋を出て行く。
ㅤ──独りきりになった応接室。
ㅤ彼は懐から一枚の写真を取り出し、それを見つめる。
ㅤそして。
ㅤ「……すまない。」
ㅤ──そう、呟いた。
2
ㅤ「変わったな……この街も。」
ㅤ──K県Y市、現在は軍港や軍事施設が多いその地に、俺たちは居た。
ㅤ「……ここで仲間の一人の……西沢と会う予定だ。」
ㅤそう吉永さんは言った。
ㅤ……今日の夜、とある海辺の公園でその人と会うらしい。
ㅤ「……それじゃあ、行くか。」
ㅤ──夕暮れ時、狼は立ち上がり、言った。
──────
ㅤ──「血中酸素濃度、心拍、血圧、脈拍正常。」
ㅤ「体組織変換、順調です。後半月もあれば完成します。」
ㅤ「……。」
ㅤ──とある施設。そこのとある部屋では何人かの白衣姿の人間が"何か"を行っていた。
ㅤ部屋中に配置されたモニターには様々な情報が映し出され、部屋の中心には銀色の巨大な筒が設置され、機械音を出していた。
ㅤそしてその様子を冷めた目で見つめている男。
ㅤ彼の表情は、フードを深々と被っており、伺い知ることは出来ない。
ㅤ──ふと、彼は言った。
ㅤ「……これがあれば、隊長に……勝てる。」
ㅤ……と。
3ㅤ夢
ㅤ──夢を、見ていた。
ㅤ……最近はよくこの夢を見ていた。
ㅤ五歳の頃の話だ。彼女と初めて出会った日の、事。
ㅤ彼女の事はパートナーとして好意を寄せていたし、信頼もしていた。それに……ニンゲンが"愛"と呼ぶものも……感じていた、と思う。
ㅤずっと一緒に居たいと思っていた。彼女に忠誠を誓っていた。彼女は厳しく、優しく……私を、見てくれていた。
ㅤ悪人の臭いを私が嗅ぎ、彼女と共に追い詰める。それを繰り返した。
ㅤ彼女は褒めてくれて……私は、嬉しかった。
ㅤだが、私はある日……彼女と引き離された。
ㅤ私が入れられている鉄の檻ごと車、とか言う物に乗せられ、連れて行かれたのだ。
ㅤそしてそこで──私は注射器、とか言うなんの意味があるのか分からない物を刺され、それからは──覚えていない。
ㅤそれからずっと、夢の中に居る。
ㅤいつ目覚めるのかは分からない。いつ彼女に会えるのかは分からない……だが私は、彼女にまた……会いたい。
ㅤ私の名前は疾風号、警察犬……だった。
ㅤ
4
ㅤ「……来ないですね。」
ㅤ「まあ……状況が状況だったし、時間ピッタリに来る方が……無理があるだろ。」
ㅤハァ……そんな溜息を吐きながら西野さんは言った。
ㅤ例の待ち合わせ場所である公園、昼間は子供達が騒いで遊んでいるのだろうが……夜になると近くには民家も街灯も無く、また公園内にも殆ど、と言っていい程無い為、暗い場所でも見る事が出来る吉永さんは良いが……俺には真っ暗で、殆ど何も見えていなかった。
ㅤ──キィ、キィ……。
ㅤそんな音を立てながら彼の座っているブランコは音を立てている。俺の方は身体を動かして居ないからなのか殆ど音が鳴っていないので、多分……身体を揺らしてるんだろう。
ㅤ──キィ、キ……。
ㅤ「……誰か、来た。」
ㅤ唐突にブランコの軋む音が途絶え、入れ替わりに彼の声が聞こえる。
ㅤ「え?ㅤ足音なんてしませ「伏せろ!ㅤ」」
ㅤ俺の声と彼の声が重なる。
ㅤ次の瞬間、俺は誰かに頭を掴まれ、地面へと突っ伏す様な体勢になる。これは誰なのかは……簡単に分かった。
ㅤ「ちょっ!?ㅤ吉永さん何を……。」
ㅤ──バゥーンッ!
ㅤ聞きなれない、重い銃声が響く。
ㅤそして次の瞬間──光が俺たちを包み込んだ。
5
ㅤ「とっ、投光器!?ㅤ」
ㅤ光に慣れ、目を開けた俺は──唖然とした。
ㅤそこには、俺たちの正面に投光器が設置され、俺たちを照らしていたのだ。
ㅤ「……成る程。お仲間さんと一緒って訳ね。」
ㅤそう言ったのは、投光器の横に立っており"日本防衛軍"の軍服に身に纏い、その小さめの体には不釣り合いな大きさをした──拳銃を持った女だった。
ㅤ「……ぐっ。」
ㅤ吉永さんは──うずくまっていた。
ㅤ地面には、どんどん紅色の液体が流れている。鉄の錆びた様な臭いがする。
ㅤ「な、なんなんだ……ッ!?ㅤ」
ㅤ突然の事で、俺は何も考えられない。
ㅤそして俺達の事を冷めた目で見ていた女は、
ㅤ「……日本防衛軍少尉霧里凛。上層部からの指令により──。」
ㅤそう言って、銃を俺たちに向ける。
ㅤ「──貴方達を殺す。」
ㅤカチリ、と言う音と共に拳銃の安全装置が外される。
ㅤ「……ッ。」
ㅤ俺はせめて──吉永さんを守れる様に吉永さんを背にして立つ。
ㅤ「にげ……ろ……ぉ。」
ㅤ背後で、消え入りそうな声で彼は言う。
ㅤ「……さようなら。」
ㅤそう言って女は拳銃の引き金に手を掛けた──瞬間。
ㅤ「どうやら……俺が遅刻した所為で大変な事になってるみたいだな。」
ㅤ「……え?ㅤ」
ㅤ女は声がした方を見た──瞬間。
ㅤ「あああああああああッッッ!?ㅤ」
ㅤそんな叫び声と痙攣を起こし、女は倒れる。
ㅤ「……うわ、スタンガン強い。」
ㅤ少し驚いた顔で、スタンガンを持った──狐と人が混じり合ったような男は、言葉を発した。
6
ㅤ「んじゃ、改めて自己紹介。僕の名前は西沢悠里。昔は第参次世界大戦で兵士として活躍して、彼……吉永隊長の仲間だよ。」
ㅤ遅れてごめんね、と狐の彼は付け加えると、狼……吉永さんの傷の手当てをしていた。
ㅤ「……お、俺は佐藤充って言う名前で、新聞記者をやってました。吉永さんとは……一緒に行動してて。」
ㅤ吉永さん以外に初めて出会う、"獣人"に……やはり緊張してしまう。
ㅤ「そんなに怖がらなくてもいいよ?ㅤ取って食いやしないから。」
ㅤそんな俺に対し、へへッと笑いながら西沢さんは言った。
ㅤ──あの軍人が気絶した後、西沢さんは気絶してしまった吉永さんと俺を連れて公園を出た。
ㅤ──公園の周りには警察や……軍用車らしき車が何台か停められていたけど……彼はそんな警備の隙間をぬって脱出させてくれた。そして今は公園から離れた場所に停められていた車で、吉永さんは手当てを受けていた。
ㅤ「……よし、これでもう大丈夫!ㅤ……結構血が流れちゃってるけど、弾は貫通してたし、傷口も塞いだから……一週間くらい安静にしてれば、大丈夫でしょ。」
ㅤそう言って西沢さんは俺の方を見て口を開く……少ししてそれが、俺に笑みを浮かべているのが、分かった。
──────
ㅤ「……取り逃がした。」
ㅤ同じ頃、あの女は軽装甲車の後部座席に座り込み、俯いていた。
ㅤ「……あいつらは、彼の……仇なのに。」
ㅤそう呟きながら彼女は自らの手に握られた拳銃を見つめる、そして、
ㅤ「……殺してやる。悠……貴方の仇……取るから。」
ㅤそう呟き、車両のドアを開け、外へと出て行く。……外の光に反射して、首に掛けられた半分に割れたドックタブが……光った。
7
ㅤ「ふんふん……。」
ㅤ鼻歌、題名は忘れたけど……確か何処かのクラシックだった気がする。
ㅤそんな鼻歌を歌いながら、車を運転しているのは西沢さん、顔はマフラーと帽子でで隠してる。……暑そうだ。まあ、隣に座っている俺もメガネと帽子で隠してるけど……。
ㅤ「……いつも明るくて、口笛吹いてる……変わらないな。お前は。」
ㅤそう苦笑混じりに後部座席の吉永さんは言う──最も、顔色は悪く、少し辛そうに横になっていたが。
ㅤ「ははは、まあ、俺も大分変わったッスよ?ㅤ……ま、あんま変わってないって自分でも思いますがね。」
ㅤ口笛を止め、西沢さんは苦笑混じりに言う。
ㅤ(仲、いいんだなぁ。)
ㅤ2人が楽しそうに会話しているのをボンヤリと聴きながら、俺はそんな事を考えていた。……その時。
ㅤ「ねえ、佐藤君。」
ㅤ「は、はい!?ㅤなんですか西沢さん!?ㅤ」
ㅤ唐突に声を掛けられ、ビックリしてしまう。そんなビックリしている俺の事を横目で苦笑しながら見て、彼は
ㅤ「んー、とね。さん付けとか……やめてくれないかな?ㅤ俺そういうの苦手でさ。」
ㅤと言う。
ㅤ──うーん。な、なら……。
ㅤ「……なら、西沢……先輩、とか?ㅤ……年上、ですし。」
ㅤ──な、なんで先輩なんだよおおおおもっと別の言葉あっただろ!?
ㅤ俺は心の中でそう叫ぶ。
ㅤそんな悶絶している俺の姿を見て、二人は笑う。
ㅤ「わっ、笑わないで下さいッ!ㅤ」
ㅤ俺はそう叫ぶ、すると西沢先輩は、
ㅤ「いやぁごめんごめん。んじゃ、これからは西沢"先輩"って呼んでね?ㅤ」
ㅤと言って笑った。
8
ㅤ「バイタル正常。」
ㅤ「……細胞固定、完了しました。」
ㅤ「……完成か。……よしじゃあ、開けろ。」
ㅤ研究員達の言葉を聞いたフードを被った男は、ニヤリ、と微笑む。
ㅤそして、研究員の一人に何かの指示を飛ばす。……そしてそれから数分後、あの銀色の筒が……ゆっくりと開いたのだ。
ㅤ──中から出てきたのは、膝立ちの状態で全身にコードを繋がれた、裸のジャーマン・シェパードの獣人で……。
ㅤ「……あ、あー。」
ㅤ声を出す事に慣れていないであろうその濡れた獣人を見て、彼は笑みを浮かべた。
──────
ㅤ唐突に俺は……目覚めた。
ㅤ──寒い。
ㅤ久々に感じた感覚。
ㅤ体の感覚が違う、動かしにくいし……全身に何か、紐みたいなのが付けられていて……体のカタチが、違う?
ㅤ目覚めた時には腰の辺りに緑色をした液体があった。けど……今はそれが無くなっている。何故だ?
ㅤ──プシュー……。
ㅤそんな音を立て、俺の周りにあった銀色の壁が消え、広い部屋に居た。
ㅤ白衣を着た、消毒液の嫌な臭いのする奴が遠巻きに俺を見てる。
ㅤ……なんだ、こいつ?
ㅤふと、俺は猫の臭いがした気がして……部屋を見渡し、頭を止める。
ㅤ臭いの元は、深々と頭に布を被った、変な奴だった。
ㅤ……とゆうか俺、今までぼんやりとしか見えなかったのに……いつの間にハッキリ見える様になってるんだ……?
ㅤ──何もかもが分からない中、分かった事はもう彼女に会えないかもしれない、という事と……寒さ、だった。
Chapter.6 end