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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
2話・命を守るための選択
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(3)

 結局その後ディーノと顔を合わせることができず、無理やり部屋から追い出してしまった。一人きりになった空間で先ほどのことを考える。

 優しかった、と思う。まるで壊れ物を扱うかのように、優しく丁寧にキスしてくれた。まだ柔らかい唇や舌が触れた感覚は残っていて、枕に顔を埋めてうめき声を出す。意味不明な行動だったけれど、こうでもしなければ自分がどうにかなってしまいそうだったから。

「・・・もう」

 脳内で何度も何度もリピートされるあの長いようで短かった瞬間。確かに私にとってのファーストキスだったけれど、ただの体液摂取の行為でしかないのに忘れられない。

 考えたらダメだ。無になろう。無に。

 目を閉じると頭を空にして、視界に広がる暗闇を見つめる。

 しかしやはり脳内でチラつくのはあの金髪頭で・・・。

「・・・・だあああ!!」

 勢いよく身体を起こすと、再びバタンとベットに沈み込むようにして後ろ向きに倒れた。

 寝よう。そしたらきっと少しは忘れられるはず。無理やり目を閉じ深呼吸を繰り返す。


―――――そしていつの間にか朝になっていた。


 重たい眼を擦りながらぼーっとした頭で辺りを見回す。ちゅんちゅんと小鳥が鳴く声、薄暗い空、ひんやりとした新鮮な空気。まぎれもなく“朝”だ。

 あれだけ困惑したり叫んだりしていた後に、赤子もびっくりの超長時間睡眠をしたらしい。

 図太すぎやしませんか、私。

 自分の可愛げのなさに少し落胆しつつも、平常心を取り戻したことに安堵する。一晩ぐっすり寝て心はしっかりと落ち着きを取り戻していた。

 もちろんまだ思い出すだけで赤面してしまうが、昨日のようにうめき声を上げるほどじゃない。

 とりあえず顔を洗おうと洗面台へ向かう。

 安い宿だったがきちんと個室にシャワーやトイレが備え付けられているのは有難い。歯を磨きシャワーを浴びると、だいぶ目が覚めてくる。

 短い髪は乾くのが早いので、タオルで軽く拭くだけで盗んだばかりの新しい服に袖を通した。ちょっとだけ丈が短いが気にならない程度。

 そして唐突に気が付いた。お腹が全く空いていない。昨日は朝食にリンゴを1つ食べたきり何も口にしていなかった。24時間近く食事をしていないのに、私のお腹はぐーのひとつも言わず沈黙を保っている。

 まさか体液の摂取に関係あるのではと、ディーノに会って確かめるため部屋を出た。

 ところが、扉を開けた途端に金髪が現れてぎょっとする。なんで人の部屋の目の前にいるの、この変態ストーカー兵士、もとい魔王様は。

「おはよう、イヴ」

「お、はよう・・・」

 へらへらの笑顔につられて返事をする。昨日の今日だから若干の気まずさは感じるが、ディーノは至っていつも通りだ。自分だけ意識するのも癪なのでできるだけ平静を装った。もちろん内心は思い切り動揺していたけれど。

「あの、聞きたいことがあるの」

 入って、と部屋の中に促すと、ディーノはすたすたと迷いなくベットまで進んで腰かけた。他に座るところがないから仕方ないんだけど、昨日のことを鮮明に思い出してしまうから更に気まずい。

 後ろ手で扉を閉めたままもたれ掛るようにして立つ。

「ディーノって食事してる?」

「いや、必要ないよ。のどは乾くから水分はとるけど」

 やはり思った通りだった。

 なんて便利なんだろうと羨ましく思う。食事が無くても生きられるなら、生活費の大部分を食費が占めている私の生活は格段に楽になるはずだ。

 一方で少し可哀想だとも思った。だって空腹時の食事の感動を味わえないなんて人生の一部を損してる。あの感動は他ではなかなか味わうことができない。

「そっか・・・。食べる必要がないなら、しばらくは盗みも減らせそうだね」

 必要なのは衣服や日用雑貨の細々としたもののみ。そう考えると現金だけど、肩の荷が下りたというか、飢え死にという一番恐れている事態は起こらないので安心した。

 うんうん、と頷くディーノ。

「でもしばらく俺と一緒に行動するだろう?」

「え?」

「イヴは頻繁に体液を摂取しなきゃいけないんだから」

「・・・・ああ」

 そういえばそうでした。ディーノと一緒にいなければ提供者がいない。体液を保存しておくという手もあるけれど、衛生的にどうなんだろうか。やっぱり本人から直接もらうのが一番。

「それで今後はどうする?血液?唾液?」

 言われてから目の前の問題に気が付いた。前にもらったのは昨日の昼過ぎだから、だいぶ時間が経ってしまっている。クリスさんに頻繁に摂取するよう言われたので、たぶんそろそろ体液を摂取しなければならない。

「え、えっと」

 キスの方が抵抗はないが恥ずかしさは格段に上。血は生理的に拒否したいところだけど、恥ずかしくないし手軽だ。

 昨日ディーノが手首を切って血を出すところを思い出して、あれ、と別のことを考える。

 そもそも体液を提供するのはディーノだ。なんで私が摂取する方法を選ぶんだろう。そういうのは、本来ならボランティアとして強力してくれているディーノが決めることなんじゃないのか。

 血を飲むのもキスするのも、私一人でできることじゃない。ディーノにだって希望があるはずだ。それを一切無視して私が決めていいはずがない。

 殺そうとしたり相手の意思を無視して体液を要求したり、私ってとんでもなく自分勝手で酷い女なのでは・・・。

「ディーノはどっちがいい?」

 反省した私は笑顔のまま返事を待っているディーノに尋ねると、不思議そうに小首を傾げられる。

「俺はもちろんどっちでもいいよ。イヴは?」

 聞き返されてしまった。結局私が決めることになるのか。

「私は、・・・・うーん」

 どちらかを選ぶとしたら、取捨選択でキスにする。血の不快感は相当なものだった。だけどそれをディーノに伝えなければならないのは勇気がいる。キスしてくれ、だなんてなかなか言い出せない。たとえそれが間接的な表現だったとしても。

 しかしいつまでも無言では話が進まないので、ぽつりと、蚊の鳴くような小さな声で言った。

「だ、・・・・唾液・・・?」

「じゃあキスしてもいい?」

 言い淀んでる間にディーノが目の前に来ていて、顔を手で固定された。彼の表情は悪戯っ子のようなしたり顔。

 返事をする前に唇を塞がれて、いきなり舌が無防備だった口内へ潜り込んできた。一歩後退しようとしたのに、後ろは扉で身動きがとれない。しかも顔をディーノにがっちりと掴まれているから、顔を逸らすこともできなかった。

 舐めとられて吸われて、翻弄されすぎて上手に息をすることもできない。キスってこんなだったっけと疑問に思うほど、昨日したものとは違う気がする。優しくないわけではないけれど、今日のキスはちょっと意地悪な感じ。

 何度も舌が出たり入ったりを繰り返すと、唾液の摂取にここまでの行為が必要なのか疑問になる。少しだけ目を開いてディーノを見れば、彼の口角は器用にも上へ持ち上げられていた。なんだかその表情は嬉しくて堪らないと言っている様。こんな唾液提供の為のキスも楽しめるなんて、さすが変態だと関心する。

 まあ、提供者が楽しいならそれでいいけど。こっちはタダで体液をもらっている身だから文句は言うまい。

 流し込まれたものを何度か小さく飲み込んでいく。やりやすいように舌で動きを誘導され、タイミングややり方に困ることはない。ただされるがままに、抵抗しないでディーノの動きを受け入れた。

 心臓がどうにかなってしまいそうなのは、やっぱりこの行為に慣れないからだろう。それでも初めて程の緊張はなく、ディーノの服を握りしめて耐える。

 身体が熱くてしょうがない。しかもなんだか変な気分になってきたような。

「・・・ねえ」

 ・・・さすがにちょっと長くない?もう昨日の3回分くらい時間が経ってる気がするんだけど?

 一瞬唇が離れた隙に声をかけると、最後にちゅっと吸われて唇が離れていく。

「へへ、ご馳走さま」

 体液をもらったのは私の方なのに、ディーノはそう言ってすごく満足そうにほほ笑んだ。よっぽどキスできたのが嬉しかったらしい。さすが変態。

 真っ赤になった顔を誤魔化すために身体ごと後ろを向く。この行為に慣れる日が来るなんて想像できないけど、せめて赤面しなくてもできるようにはなりたい。

「イヴ、そういえばそれっぽい情報が入ったよ」

「それっぽい情報って?」

 何事もなかったかのように話しかけてくるディーノ。首だけ回して彼をちらっと見れば、うんうんといつものへらっとした笑顔で答えた。

「前の魔王が死んだのは勇者が倒したかららしい」

 魔王を倒すのは勇者。物語の定番中の定番だ。むしろ決まり事と言っていい。

 不老不死の魔王であっても物語では必ず正義が勝つ。ディーノも魔王である以上、勇者ならば倒せる可能性は高い。

「その勇者が近くの町に滞在してるって話だ」

 行ってみようよ、と誘うディーノに頷く。そしてまた彼は満足そうに笑うんだけど、私の心にはもやもやとした霞がかかっていた。

 今から自分が死ぬ方法を探そうとしているディーノ。そしてそれをさせているのは私。彼はまた、簡単に死を受け入れて自分の命を差し出すんだろう。

 呪いが解けるかもしれないというのに、普通の人間に戻れるかもしれないのに、何故か今は全く嬉しく思えなかった。




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