(3)
刺した場所から滲み出る黒っぽい液体がディーノのシャツを濡らしていく。ブルブルと大きく震える手を外しても、短剣は胸を貫いたまま動かない。
ああ、本当にやってしまったんだ。私はディーノを殺してしまった。
死んだ姿を見るのが怖くて目を瞑ったが、いつまで経っても彼の身体が倒れる気配がなくて再び目を開ける。
ディーノは座ったまま微動だにせず、目を開いて自分に刺さった短剣をじっと見つめていた。もしかしなくてもまだ生きているらしい。
絶命して倒れるその時を待てど、何も変わらないまま静かな時間だけが過ぎていく。
「・・・・」
「・・・・」
あれ?と2人して首を傾げた。会話はないけれど、ぱちりと目が合ってお互いに疑問を投げかける。
おっかしーなあとディーノが呟いた。
「痛くないの?」
「あんまり・・・。心臓はここで間違いないんだけどな」
「魔の者になったから心臓が必要なくなったとか?首切り落とした方がよかったんじゃ・・・」
「うーん、首とられたことあるけど元に戻ったから意味ないだろうし・・・」
うーんうーんと唸りながら死ぬ方法を議論している2人は端から見れば変な構図だろう。ディーノに至っては剣を胸に突き刺したままだ。
彼がすごく困った顔をしていたから、気まずさと申し訳なさに頭を下げる。
「あの、ディーノ、ごめんなさい」
「いや、なんか・・」
こっちこそごめん、と見たことのない弱弱しい笑顔で謝るディーノ。
「どうしてディーノが謝るの」
「なんか俺、かっこ悪い」
しゅんとして大きな身体を小さくするけど、恰好つかないのは私の方だ。
驚きや罪悪感などいろいろな感情が渦巻いていたが、とにかく剣が刺さったままでは死体がしゃべっているみたいで私の心臓に悪い。
「それ抜こうか」
「だな」
再び短剣を2人で握りしめ、せーので一気に引き抜く。さっきの地味な出血とは打って変わり、派手に血飛沫が舞った。
顔にモロに浴びた私は慌てて離れると服の袖で生暖かい血を拭う。
「ディーノっ、大丈夫?」
とっさに口にしてしまったけど、さっき殺そうとしていた相手の心配をするなんて変な話だ。
傷口を見ればいつの間にか血飛沫は治まっており、しかし出血自体は続いているようでシャツのシミはさらに大きく広がっていた。当の本人はケロッとしている。
「うん、なんともない」
「そう・・・」
困った。
そう思ったのはディーノも同じらしく、彼は一人でうんうん唸りながら考え込んでいる。
結局私に魔王を殺すことはできなかった。呪いを解けなかった焦りもあるけれど、何故か私の心の中の大半は安堵で包まれている。
これでよかった、なんて言ったら今更だと怒られるだろうか。ううん、ディーノはきっとちょっとだけ困った顔で笑ってくれるだろう。
ディーノはふう、と大きく息を吐いて頭を掻き毟った。
「とにかく、俺が死なないんじゃどうしようもないよな・・・。他の方法で呪いが解ける可能性も捨てきれないし、こういうのに詳しい奴に話を聞くかな」
「詳しい奴?」
「ヴェルデンモーテに詳しいのは同種の吸血鬼だろう。城にいるから、次の町に着いたらそいつを呼ぼう」
吸血鬼に会うなんて吃驚したけど、よくよく考えてみたら大して驚くことでもなかった。だって私は吸血鬼よりも前にもっとすごい人物に会ってるんだから。ディーノがあの世にも恐ろしいと言われる魔王だって、何度考えてもしっくりこないけど。
実は心臓を刺して死なないところを目撃していながら、未だディーノが魔王だなんて嘘だと疑っている自分がいる。変態ストーカー兵士として接していた期間が長いから、すぐに信じられないのは仕方のないことだと思う。
へらっと笑うディーノの人畜無害そうな笑顔。見慣れているこの表情が今ではとても特別なものに思えた。
「大丈夫、絶対なんとかするからな」
「・・・うん」
何度も大丈夫だと言われると本当に大丈夫な気がしてくる。私は頷いて、止血の為にディーノの傷口にそっと触れた。