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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
6話・生きる理由は
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(3)

 コンコン、とノックの音がして目が覚めた。

 ソファから起き上がって窓を外を見ればうっすらとは空は白み、もうすぐ陽が昇る時間だと気づく。

「はーい」

 まだ少しだけ掠れているけれどちゃんと声が出た。すると遠慮がちにゆっくりと開かれる扉。

 現れた金髪頭に内心で笑みが漏れる。

「イヴ、入っても大丈夫?部屋の用意ができたんだけど・・・」

「うん」

 一応と渡された黒いローブを羽織り、しっかりフードまで被ると立ち上がる。ディーノに手を引かれて部屋を出ると、導かれるままに歩を進めた。

 ディーノは時折ちらちらと何かを確かめるかのようにこちらに視線を寄越す。

「どうしたの・・・ん゛んっ」

 やっぱりちゃんとまだ声が出ない。痛みはないけれど話すといつもと声が違うし、タンが絡まっているかのような違和感がある。

「大丈夫?無理に話さなくていいから」

 へらっと優しくほほ笑むディーノ。私は久しぶりに見たその笑みに感動しながら頷いた。本当に戻って来られてよかったと心から実感する。

 階段を降りていくとだんだん辺りは暗くなり照明は松明だけ。部屋に入れば壁の質感や家具は前の部屋とそう変わりはないのに、暗くて窓がないというだけでずいぶん雰囲気が違って見える。ゆらゆらと揺れる炎の淡い光に、なんとなくノスタルジックな気分になった。

「急いだからこんなものだけど、何か欲しいものがあったら用意するから」

「うん・・・っ」

 急に渇きを覚えて喉を手で押さえる。血が欲しくなったらこうやって耐えていたから、いつの間にか癖になってしまったようだ。

 きまりが悪くってディーノを見れば、彼は特に驚いた様子もなく私の手を引いてソファに座らせた。

「やっぱり喉が渇くよね。俺の血で良ければ飲んでも大丈夫だけど・・・」

 飲んでみる?と言われて目を丸くする。なるほど、ディーノはヴェルデンモーテに血を飲まれても死なないんだ。人間のように美味しそうには見えないんだけど、血は血に変わりはない。

 だけどディーノに痛い思いをさせるのは嫌だし、発情したら実地経験のない私はどうしたらよいのか・・・。何もせずにあんな辛い思いは絶対させられないし。

 困っているとディーノは顔を少し近づけて小首を傾げた。

「大丈夫、魔の者の血を飲んでも支障はないし発情もしないから」

「そっか。んー・・・」

 ディーノの提案はとても魅力的だ。けれども、このまま血を貰ったらまた前の与えられるだけの関係になってしまう。

 一言好きだと言えば解決するんだけど、こんな声で愛を囁くのはちょっと・・・。

 気持ちばかりが先行して肝心の告白プランについては全く考えてなかった。どうしよう、もういっそのことここで押し倒してしまう?

「・・・やっぱり重いよな」

 私が考え込んでいると、項垂れてそう呟くように言うディーノ。

「ん?何が?」

「前にヒースに言われたんだ。お前の愛は重すぎるって」

 いかにもヒースが言いそうな言葉だ。ディーノには悪いけどちょっとだけ笑ってしまった。

 確かにディーノの気持ちの大きさに躊躇はしていたし、決心するまでにすごく時間がかかった。でもその お蔭で私は最後までディーノを信じられたし、どんなに辛い時も私の心を守ってくれたんだと思う。発情してダウィードに助けを求めそうになったときも、ディーノの暗い過去を知ったときも。

「じゃあ、逆の立場だったら?私が魔王で、ディーノが呪われた泥棒なの」

「・・・可愛い」

 私が魔王でいったい何が可愛いんだろう。期待してた言葉とちょっと違うけど、まあいいか。

 ディーノは目線を逸らし、困ったように眉を八の字にする。

「そんなの絶対に俺の役得じゃん。呪いを口実にしてキスするに決まってる。同情を煽って迫って、吸血鬼になるときだって・・・」

「いや、その場合私の片思いだよ。逆の立場なんだから」

「それはない。そんなのあるわけない。片思いなんてさせない」

 ディーノがきっぱりと言い切って、私たちの視線は交わる。青い瞳は切なさに揺れながらじっと私の姿を捉えていた。

 ドキドキとうるさいくらいに鳴り響く心臓。私は緊張を誤魔化すかのように何度も熱い息を吐く。

 するとそっと被っていたフードを後ろに払われて、より視界が広くなる。

「イヴ」

「ん」

 徐々に近づいてくるディーノの顔に、私は顎を少しだけ上げて視線をそっと下へ向けた。

「嫌だって言わないのか?」

「・・・私、嫌だって言ったことあった?」

 今言わずにいつ言う。死に直面したとき、私は自分の気持ちを伝えなかったことをすごく後悔した。今ならきっと言えるから、頑張れ私。

 また視線を上げて、今にも唇が触れてしまいそうなほど近いディーノの顔を見つめながら口を開く。

「酷いよね、私。ずっとディーノを利用してた」

「それは、俺が望んだから・・・」

「あのね、今まで言えなかったことがあるの」

 私、今すごく緊張してる。

 こんな声だけど伝えられるものは全部伝えたい。心からこの人を幸せにしたいと思うから。

「ディーノの気持ちはきっと真剣で、だから私にちゃんとその想いに応えられるのかずっと悩んでた。しかもディーノは魔王で、私はただの盗むしか能がない小娘。私にはあげられるようなものが何もない」

 ディーノは口を開いて何かを言おうとしたけれど、その前に私が手でその口を塞いだ。

「悩んでいたから、私はまたディーノに甘えていたんだと思う。私が何を考えているのか言わないで、勝手にディーノと距離を置いて、有耶無耶にしたままだったんだから。

これも今考えると結構酷いよね」

 口を塞いだ手の上からキスすると、ディーノの目は大きく見開かれる。今すぐにでもキスを返したそうにしていたけれど手は放してあげない。まだ言い終わってないんだから。

「吸血鬼になるとき、記憶が無くなるとしても男の人に触られるなんて怖くて嫌だった。だから初めてのときはディーノに傍に居てほしいと思ってた。これもずっと言わなかったけど・・・。

しかもその後は攫われて心配かけるし」

 喉が痛くなり、咳払いをしてまたディーノに向き直る。もう少しだから、どうか最後まで頑張って。

「ねえディーノ、私、前にディーノのことが好きだって言ったでしょ。他意はなかったんだけど、ディーノがすごく困ってて不思議だった。困る理由がわからなくって。

でも今ならわかるよ、あれも私が酷かった。ごめんなさい」

「イヴ・・・」

「監禁されている間はずっとディーノに会いたかった。ディーノと一緒に居る時間が一番幸せだって気づいた。何を言われてもディーノを信じられたのは、あんなに大切にしてもらったから。

だから私もできることがしたい。何も持ってないけど、私があげられるものは全部ディーノが貰って」

「イヴ・・・!」

 耐え切れないといったように手の下で叫ぶディーノ。ごめんね、でもあと一言だけ言わせて。

 涙が一粒だけ零れた。泣くのは嫌いだけどこの涙は嫌いじゃない。悲しいんじゃなくて、愛しくて流れる涙だから。

 好き、と呟いた言葉はちゃんと声になっていなかったかもしれない。

 だけどちゃんと伝わったのか、口を塞いだ手を無理やり外されて唇を奪われる。すぐにも舌が絡まって、何度も角度を変えながら深く口付けを交わす。

 吐息はどんどん熱くなって、それにつれて熱を持ち始める身体。肩も背中も腰も、ディーノに触れられた場所は甘く痺れて熱を高めるだけ。

 もっと触れたくてディーノの足の上に乗り、身体を擦りつけるようにして密着させた。私たちを隔てる布さえ邪魔に感じて、乱雑にローブを脱ぎ捨てる。

 気持ちが良くてただ幸せで、ディーノも同じように思ってくれているのかと思うと、心の底から愛しくて仕方がなかった。





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