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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
プロローグ
2/28

(2)

 一日ぶりの食事は露店で盗んだパンだ。通り抜けざまに2・3個掴んで走って逃げた。このやり方は確実だけど、顔をしっかり見られるからもう二度とその付近を歩くことができない。同じ町で数回繰り返せば次の町に移動しないと危険だから、昨日警備のおじさんに顔を見られた私は今日中にここを発つつもり。

 その前に旅支度をと新しい獲物を探す。理想は人通りの少ない路地の一軒家。もしくは出入りのしやすい窓がある、集合住宅の一番上の階。

 パンを咥えて歩きながら探しているとなかなか良さそうな一軒家があった。そこそこ大きく、でも警備はなし。鍵はかかっているだろうけど、慣れている私には鍵なんてなんの意味もない。30秒もあれば完璧に開けられる。

 住人が出ていればここにしようと柵によじ登って庭へと降りた。だけど何故だ、何故こいつがいるんだ!

「おはよう、イヴ」

 さも当たり前のように手を上げて挨拶をしてくるのは、兵士の固い制服を着たディーノ。パンおいしい?と訊かれて、反射的にうんと頷いた。

 ってそういう問題じゃない。

「なんでここにいるのっ」

 小声で尋ねると彼は不思議そうに首を傾げる。不思議なのはこっちだ。なんで私が目を付けた町や家にディーノが先回りしているのか、切に教えてもらいたい。こうやって行き先が簡単に予測できるから、ディーノは私のストーカーができるんだろう。

「今日も可愛いな」

「はいはい」

 もういいや、早く町を出たいし無視しよう。

 ディーノの社交辞令を流し、家の中に人がいないかを念入りにチェックする。音や空気の流れ、戸締りの具合を見れば分かるのは、長年泥棒をやって身に着いた勘だ。

 浴室の窓が一番壊しやすく、道路に面していないからここに決めた。さっそく手をかければやっぱりディーノが私の背中に張り付いた。胸に大きくてごつごつした手が当てられて、数秒もしないうちに好き勝手に揉み始める。

 動揺はしない、明鏡止水。今はとにかく早く鍵を開けて中に入らないと。

 手に持っていた最後のパンを口に放り込んだ。腰に巻き付けたホルダーから透明な薄いフィルムを取り出し、鍵の位置に貼ってから拳で何度か殴る。ほとんど音もなく硝子は粉々にヒビが入り、フィルムを剥がすと手を突っ込んで鍵を開けた。

 できるだけ静かに窓を開け、窓枠に登ると足から浴室の中へ。

 狭い窓なのに大きな身体をしたディーノもあっさりと入って来た。しかも足音ひとつなく。いつかアンタの天職は兵士じゃなくて泥棒だと言ってやろう。

 咀嚼していたパンをすべて呑み込むと、辺りを見回しながら家の造りを頭に入れる。まずは旅に一番重要な食糧から。こういう保管場所はそれぞれきちんと決まった場所がある。食べ物は一番風通しが良くて日差しの少ない一階の北側だ。

「ごっはんー、ごっはんー」

 食料の詰まった大きな籠を発見。今回は長旅だから少し多めにいただく。リンゴと、じゃがいもと、チーズと、少し日が経って固くなったパンももらおう。

 ちなみに後ろには胸を揉む変態がいるけどスルーするよ。仕事が進まないからさ。

「いい匂いする」

「いや、昨日身体洗ってないんだけど」

「じゃあイヴの匂い~」

 さすが変態。・・・浴室の石鹸も盗っていこう。

 大きな布で盗んだ食料を包み、傷めないよう大事に持ち上げる。後は着替えの服と、少しでもお金があれば嬉しいんだけどな。ただしお金を探すのは一番難易度が高いから、換金できそうな物でもいい。

 一階のエントランスにでっかい毛皮の絨毯があったけど、持ち運びが大変な物はダメ。あと希少すぎて足がつきやすいのもダメ。そして家のものを根こそぎ持っていくってのもダメだ。要は兵士に目をつけられない、適度な質を量を守らなければならない。手配書でも作られればこの国では生きていけないから。

「イヴ、イヴ」

「んー?」

 2階の洋服タンスを漁っている間、無意識に返事を返せば胸からすっと手が離れていった。代りにディーノの手はなぜか私の額に当てられて、ぎょっとした私は後ろを振り返る。

「え、え、なに」

 今までは絶対に胸以外は触って来なかったディーノ。一度だけ腰に手が回ったこともあったけど、本当に一度きりのことだ。

 まさか寝室のベットを見て興奮したとか?いや、でもそのつもりがあったらとっくに脅されて身体を要求してきただろうし。

 ディーノの顔を見ればなんとも言えない表情で私を見下ろしていた。

「イヴ、なんか今日熱い」

 言われてみれば身体が熱いような気もするけど大した不調はない。頭もお腹も平常運転、盗みに差支えが無ければそれでよかった。

「なんともない」

「ほんとに?」

 上目遣いで心配そうに顔を覗き込んでくる様子は、子犬がくうんと鳴いているかのように愛らしい。変態でなければ、という但し書きが付くけれど。

 そもそもディーノに心配される謂れはない。何度も言うけれどこの人兵士だからね。

「なんともない、すっごく元気」

 少し身体が熱いことは言わない。言ったところでどうにもならないし、私は今物色するのに忙しい。

 服を適当に見繕うと、食糧を包んでいる布の中に無理やり突っ込んだ。ちょっと衛生的にどうかなって思ったけど、後で一度洗濯すればいい。

 服が終わったら貴金属とお金を探し始める。もちろん周辺の気配に注意しながら、いつ人に見つかっても大丈夫なように逃げ道を考えながら物色した。タンス、ベットの下、テーブルの裏側。そして椅子から天井裏によじ登って何もないか確認する。暗くて見難いけど、札束のようなものを見つけて精いっぱい手を伸ばした。

「やったね!」

 大当たりだ。大収穫。

 200枚はありそうな札束から5分の1程度を抜き取り、残りは元の場所へ戻す。いただいたお金は肌身離さず身に着けているホルダーの中に突っ込んだ。

「あげないからね」

 これは私の獲物。念の為にディーノにそう言うと、彼はへらへらといつもの邪気のない顔で笑った。

「いらないよ。それはイヴのだから」

「そうよ。私としては胸を揉んだ分の料金を請求したいところなんだけど」

 えー、と不満そうな声が上がる。そもそもこのお金も私のものではないってつっこみは無しで。

 盗むものを盗んだらさっさと退散するに限る。もうこの町に用はないから顔を見られたってあまり気にしない。それでも見られないに越したことはないから、できるだけ足音を立てないように階段を駆け下りる。

 今度は狭い浴室ではなく、大きめのベランダの窓から。

「ちょっと、ついてこないでよ」

 当たり前のようについてくるディーノに文句を言うと、彼はすごく心外だという表情をした。

「一緒に行くんじゃないのか?」

「私が、いつ、アンタと約束したわけ」

 少し油断するとコレだ。胸を揉む以外に害はないけれど、ちょっと距離が近いというか、彼はもう私のことを友達か仲間だと思っている節がある。ストーカーの兵士と友達だなんて、絶対に御免こうむりたい。

 えー、と再び不満を漏らすディーノを置いて私はさっさと退散した。





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