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優しい魔王と泥棒娘  作者: 伊川有子
プロローグ
1/28

(1)

 カチリカチリとダイヤルが回る心地よい音が響く。この音が少し重みのある音に変わったとき、私はついに獲物を手にすることができる。

 少し古いが大きなお屋敷。目の前の金庫に入っているのは金か宝か。静寂の中に漂う緊張感に、息を殺しながら集中を切らすまいと必死に音に耳を傾けた。

 頑張れ、イヴ。もう少しでアンタは今晩のおかずを手に入れるんだから。そのためにも集中を欠いてはいけない。――――たとえ背後に胸を揉みしだく変態がいたとしても。

「開いた!」

 カチャッと軽い音を立てて開いた金属製の扉。中には念願のお金かと思いきや、よくわからない書類や本が乱雑に積み重ねられていた。

 はずれかと落胆しつつも中を漁るのを忘れない。意外と値打ちものというのは素人に区別がつかなかったりする。ただの壊れた花瓶でも、目玉が飛び出る金額になることだってあるんだから油断は禁物。

 ちなみに物色している間も無言で胸を揉んでいる男については無視を貫く。輝く金髪が少し視界に入って鬱陶しいが見えないふり。どうせ手を払ったところで彼はめげずに何度だって手を伸ばしてくる。

 というもの私が金髪の変態男を無視するのはふかーいふかーい事情がある。一番最たるものは、彼が泥棒を捕まえる“兵士”だから。

 もみもみもみもみ・・・・・

「いい加減にしろ変態!!」

 物色が終わると我慢ならずに叫んで身を捩った。即座に手は胸から離れて、彼は非常に惜しそうな声で文句を唱える。

「ええもう終わり?」

 整った顔立ちで眉尻を下げる、その残念そうな表情は普通の女性ならば庇護欲をそそられるだろう。だがこいつが兵士の風上にも置けない男だということを知っている私は騙されない。

「終わり?じゃないでしょ!どこに盗み働くところを見ながら胸揉む奴がいるんだドアホ!」

 普通兵士って泥棒を捕まえる立場でしょーよ。

 そうそう、私は泥棒のイヴ。たった今盗みを働いたところ。そして変態兵士の名前はディーノ。この男はなぜか私の後を追いかけ続けている。それも捕まえるためではなく、胸を揉むためだけに。

 切っ掛けはいつだったか、たぶんこの国に入ってからだったと思う。偶然盗みを働いているところを彼に見つかって捕えられたのに、何故かすぐに解放してくれた。それ以来の縁だ。

 ディーノのおかげで命拾いしたし、変態行為に苦情を言える身分じゃないのはわかってる。だけど何年も何年も追いまわした挙句、私の盗みを許容して胸を揉みまくるのはどうかと思う。ただのストーカーじゃん。

 いっつもへらへらへらへら笑ってて、何考えてるんだか。

「兵士の名前返上して“パイ揉み士”を名乗りなよ!」

「なにそれ変なの」

 アンタのことだよ!!

 ディーノはへらへらと邪気のない笑顔を浮かべる。見た目だけならとても素敵な兵士様なのに、中身がコレじゃどうしようもない。

 サラサラな金髪にアイスブルーの瞳。誰もが好む涼やかだけど少し甘い顔立ちは、変態行為のせいで台無しだ。

 胸を触られるのはもちろん気分のいいものじゃないけど生活が懸かってる。盗まなきゃ明日の命はない。捕まっても命はない。ただ胸を触られるだけで見逃してもらえるなら万々歳だ。天国のパパ、ママ、どうか親不孝な娘を許して。

「おい、誰かいるのか?」

 扉の向こうから声が聞こえて大きく体を震わせた。

 やばい!見つかる!

 部屋には扉以外の手口はなく、私は拳を握った手で顔を覆い、勢いよく窓に向かって体当たりした。

がっしゃーんと派手な音を立てて砕けるガラス。身体が浮遊感に包まれた後一気に落下する。

 2階から飛び降りた私に目を丸くする警備のオジサマたち。慌てて捕まえようと走ってくる彼らとは逆の方向に向かって全力逃走。

 風を切って逃げる、逃げる。










 少し廃れた路地裏。本日の収穫がゼロだった私は大きく項垂れながら歩いていた。

泥棒なんて実入りの不規則な仕事をしていたら、食事抜きなんて日も珍しいことじゃない。だけど辛いもんは辛い。お腹すいた。疲れた。眠い。

 この国はそこそこ豊かなので、商店の立ち並ぶ場所は人通りも少なくない。魔王が治めてるけど国民のほとんどは人間だ。もちろん中には魔の者もいるけど、和を乱すような行為をしたら魔王に追い出されるから、周辺国家よりよっぽど平和。

 私の生まれは隣国。ヴェルデンモーテという吸血族が治めていた国だった。だけど7年前に魔王国との戦争で滅んでしまい、元々豊かではなかった国がさらに困窮してしまった。盗むなら盗むものが豊富な土地の方がいい。切羽詰まった貧乏家族からなけなしのお金を盗りたくないし。だから魔王の国にやってきて、私は細々とした盗みを繰り返しながら毎日を生きている。

 くるるるるるとお腹が鳴いて空腹を訴えた。

「・・・お腹すいた」

 声に出すとさらに空腹感が増してしまった。こういう時、虚しさとか不安とかが一気に押し寄せてくる。

 私はこんな生活してて、いつまで生きてられるんだろう。元気に動く手足がある今はいい。だけどもし大怪我をしたり病気になったりしたら・・・。

 駄目だ、考えれば考えるほど思考が暗くなってしまう。

 とにかく眠れそうな場所を探そうと、町のはずれにある農場へ向かう。農家は陽が落ちると作業を止めるから泥棒にとって有難い寝床だ。農具を仕舞う小屋とか、家畜を飼っていれば藁がある。ものすごーく運がいい時はミルクや収穫物が保管されてたりすることも。

 既に月が真上に昇った時刻。農場へたどり着くと慎重に人の気配がないか確かめながら前へ進む。今は人っ子ひとりいないけど、暗闇の向こうから見回りの兵士が来るかもしれない。

 自然に息を潜め、足音を立てないよう小石ひとつにも気を払った。

 ここの農場の小屋はとても小さい。一応中を覗いてみたけど、思った通り農具がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、人が横たわれるスペースはない。

「あーあ」

 今日も野宿かと落胆と不満の声が漏れる。

 もう他の寝床を探しに移動する気力は無くて、私は小屋に背中を預けて座った。そのまま横に倒れて寝転がると、土の冷たい感触に身震いを起こす。

 明日はちゃんと食べ物を盗って、身体を洗おう。できれば少し深い滝壺や湖で洗濯もしたい。新しい服を調達できればいいんだけど、それは食料を確保できてから考えようかな。

「おやすみなさい」

 誰の返事も返ってくることのない言葉。自分の言葉は静かに闇に溶けて、同じく私の意識も溶けるように闇に消えていった。





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