決してこれはヤンデレロリコン先生とのデートではなく妹の警備だ
小学生のうちから男女交際だなんて、おねーちゃん許しませんっ!
糾子と友達の男の子が手を繋いでいるのを、現在私は電信柱に隠れて監視中。
「僕も許せませんねぇあのガキ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
私服姿の先生も一緒で。
糾子が「黎ちゃんとお買い物に行く!」と言いだしたのは昨日の晩。
黎ちゃんとは、可愛い女の子と思いきゃ可愛い男の子である。娘ではなく子である。要するに無自覚。特にそれ以外は普通の男の子だけど。
可愛い小学二年生の黎ちゃん(男の子)は、糾子のクラスメイトで趣味がちょっぴりフェミニンな男の子。好きな食べ物はいちごパフェ(糾子情報)。最近のブームは従姉妹のお下がりの猫耳パーカー。その翔ちゃんが、放課後に友達の誕生日会のプレゼントを一緒に買おうということで、糾子を誘ったらしい。
……はぁ。糾子も、もう同い年の男の子と二人で買い物に行く歳になったのか。おねーちゃん寂しい。
「児囃さん、糾子ちゃんが動きましたよ」
「分かってますって!」
ちなみに先生は何故か私服で私の後を追ってきた。時折、いやさっき糾子と黎ちゃんが手を繋いだ時から禍々しいオーラを放ち続けている。
という訳で、商店街。
手を繋いで楽しそうに歩く二人を、数メートル離れて尾行。やけに楽しそうだ。たまに会話の内容も聞こえてくる。
「……でね、おねーちゃんが……」
「……なぁ、ぼく……いないから」
「こと……じゃないよ……」
「……らやま……な」
ちらりと見えた笑顔が愛くるしく、幸せそうだ。
……頭にぬるい感覚を感じるが。
「先生、また鼻血ですか」
「ふふ……可愛い…可愛いふふふ……殺してやる……あのガキ……僕のきゅーこちゃん……ふふ」
駄目だ、こいつ恍惚と憎悪の表情を繰り返しながらお花畑を舞い踊っている。仕方なくハンカチで自分の頭を拭きつつ、先生の鼻の穴にティッシュを突っ込む。じわりと紅い液体が染みて、先生はようやく正気に戻る。
「おや、僕は何を……って児囃さん、置いて行かないでくださいよ」
「は? 最初ッから先生を連れてきた覚えもありませんけど」
+++
時刻は午後四時を回った。黎ちゃんと糾子は買い物を終え、何を思ったか道端の可愛いカフェに入店した。当然ながら私たちもその後を追いたい訳で。
「先生、ちゃんと転ばないように気をつけてくださいね」
「……ううん……めがみえません、ここはどこですか」
先生はニット帽を被って眼鏡を外し、私はその眼鏡をかけて金髪のカツラを装着。私は目の筋肉くらい自在に操られるから、眼鏡を掛けてもそれほど苦痛じゃない。ただし先生は眼鏡を外すと何も見えないらしく、私はやむなく先生の手を引いて歩く。
「こばやしさん……んー、どこいくんですか」
「アイスクリーム食べるんですよ」
「え? どーしてそんなこと?」
「糾子が黎ちゃんと一緒に店へ入ったからに決まってますよ」
「きゅーこちゃんが? おとこと? それはほうっておくわけには」
「おい待てやめろチェーンソー出すな!」
人間は外界の情報のほとんどを視力に頼るという。先生をこの状態で放っておくなんて、下手すりゃ猛獣が動物園から逃げ出すより危険だし。そんなことより何食べようかな。
店に入ると、可愛らしくカラフルな装飾。メニュー表を渡されたので抹茶パフェを選ぶ。先生は今季限定のカボチャパフェ。しばらくして運ばれてきたパフェは、メニュー写真どおりの豪華さで、普段こういうのと無縁な私でも少し頬が緩んだ。
「いっただっきまーす」
「……こばやしさん」
「あ?」
最初の一口を食べる前に、先生の声に遮られる。
「何すか」
「やっぱり、ぼくのめがねかえしてください」
「えー……」
「なにもみえないです。ぼく、しりょくがれーてん……えーと、いくつだったでしょうか」
目をぎゅっと細める先生。心なしかいつもの魔物のような禍々しさも影を潜めている気さえする。
「んー……こばやしさん、それともたべさせてくれるんですか?」
「はぁ? それは絶対嫌です。地球がひっくり返っても絶対」
「あのですね児囃さん、地球含む宇宙全体には本来上下など無く人間が自分の感覚器官によって上下を決め付けているだけなのです仮に重力が無くなればあなたの仰った『地球がひっくり返っても』という状況にはなるのでしょうが宇宙空間に投げ出された時点で上下は無くなるということをお忘れなく」
いきなり意味不明な宇宙のこと語りだしやがった。
「あーもう鬱陶しい……分かりました、バレないようにお願いしますね」
「……ん、視界良好」
眼鏡を外して先生に返すと、先生はすぐにそれを掛ける。いつものヤンロリ先生だ。
「ところで児囃さん、糾子ちゃんの様子は」
「ほら、一番奥の席ですよ」
二人でそっと振り返ると、そこにはミニパフェをつつく二人の姿。何やら楽しそうに話している。
「……憎いですねぇ僕の糾子ちゃんと仲良く語らって」
「私の糾子ですし。あっ、糾子ったらあーんしてる!」
「よし、殺しましょう」
「待ってください先生、黎ちゃん照れて断ってます。糾子がからかっただけみたいです」
店員からの視線が若干痛いが、なおも監視を続行する。少しうるさくしすぎたか、と思って今度は聞き耳を立ててみることにした。
「もー、黎ちゃんってば」
「じゃあ、ぼ、ぼくの……食べる?」
「え、くれるの? やったぁ! ん……もぐもぐ」
「おいしい?」
「うん! これすっごくおいしい! 黎ちゃん、よくこんなお店知ってたね」
「うん、前にお母さんに連れてきてもらったから」
「……お母さん、かぁ」
「あっ! ごめん……」
「ううん、いいの。きゅーこには一応おねーちゃんいるし。ぼっちだけど」
「『ぼっち』?」
「うん、ひとりぼっち。家にお友達呼んだこと、一度もないんだから」
「へー……」
「児囃さん、糾子ちゃんがあなたのこと『ぼっち』ですって」
「別にいいですし。『妹護衛型殺戮マシン:八重』の名を欲しいままにしてきたんですから、今更」
「……ぷっ、さ、さつりくましん……!」
「先生にだけは笑われたくありませんね……あっ! 二人が店を出ようとしてます!」
「まずいですね、ああそうだ」
先生は千円札を財布から取り出し、二枚私の目の前に叩きつける。
「これ」
「え、ちょっと!」
「僕が尾行してきますんで」
そう言うと、先生はさっさと店から出て行ってしまった。店に残された私と、パフェ二つ。どうしよう、まだ一口も食べてないし、残していくのが惜しい……! 哀しいかな貧乏人の性。
「あのー、店員さん! すぐ戻ってくるんでパフェそのままにしておいて下さい!」
「かしこまりました」
よっしゃ! すぐに糾子を連れ戻すぞ。抜け駆けなんてさせるか。
意気込んで店を出る。すると先生が駐車場の隅にいるのが見えた。
「児囃さん、ほらここ」
先生と共に覗き込んだのは路地裏の公園。ブランコに腰掛けた二人が、空を見ている。
「ねぇ、きゅーこちゃん」
「なぁに?」
「……その……」
「?」
「……すき! ぼくとつきあって!」
はぁ!? あんのガキぃ……告白だと!?
「児囃さん、あいつ頭高くありません?」
「どうする先生、処す? 処す?」
黎ちゃんは頬を赤らめ、パーカーの裾をぎゅっと握り締めている。どうやら本気らしい。しかし。
「……ごめん、黎ちゃん」
「えっ」
眉を八の字にした糾子の顔と、その言葉で私は舞い上がった。思わずジャンプしていたかもしれない。隣を見れば同じ顔をした先生。先生もジャンプしていた。
「でも児囃さん、まだ続きがあるようです」
「え? もういいじゃん」
「いえ、よく聞いた方がいいかと」
赤らんでいた頬は落胆の色に変わり、黎ちゃんは泣きそうな顔をする。
「そっか……ごめん」
「でもね、おねーちゃんが彼氏作るまで、きゅーこが面倒見なきゃいけないから……だから、それまで待てる?」
「……え!? ほんと?」
「うん! おねーちゃんのことがほっとけなくなるまで、待っててくれたら、だよ?」
「約束するよ! ぼく、待ってる!」
「えへへ、きゅーこうれしいな。ありがと……今日はもう帰ろう? おねーちゃんが心配するから」
先生は無表情で「ずいぶんと慕われてますね」と零す。
糾子……そんなこと思っててくれたのか。
私、今まで自分ばっかり、糾子を守らなきゃって思ってたけど、それで自分の交流関係を二の次三の次にしていたのを、逆に糾子が心配してただなんて……ん、待てよ。
ってことは、私が彼氏を作らなければ、糾子も他の男や先生とくっつくことは無くなる訳で。
……つまり、先生は糾子に必要以上の干渉が出来なくなる訳で!
「ざまぁ先生! これで糾子は私の物だっ」
先生に言い放つと、返ってきたのは冷笑。
「……いいでしょう、ならば無理矢理あなたと他の男をくっつけるか、もしくは殺すまでです」
「先生も同理論で考えたんすね」
「ええ、僕とあなたは妙なところで考えが一致しますから」
私と先生との間に火花が散るのを見た気がした。そう、これからが本当の戦いだ。
「先生、私まだ抹茶パフェ残ってるんで食べてきまーす」
「僕もカボチャパフェを残してありましたね、残っているでしょうか」
「私が店員さんに、片付けないように頼んでおきました」
「よし」
何だか最初より随分緩くなった気もするけど。