杜山くんがヤンデレロリコン先生に目を付けられたようです
「おかえりおねーちゃん! ケガだいじょうぶ?」
「何で知ってんの」
夕方七時ごろ、だいぶ暗くなってから帰宅すると糾子が包帯と消毒液を持ってスタンバイしていた。
理由を問いただした所、『お兄さん』から電話がかかってきたらしい。先生いわく「やえさんが大けがしたのに無理して帰ってしまったので手当てしてください」とのこと。電話番号まで知られているなんて、いよいよ住居を移さねばならないかもしれない……が、私と糾子の慎ましくも幸せな二人暮しは、親戚が遺したこの家に落ち着いて、昔に母が助けた友人に生活を援助して貰っているからこそ。月に何万円もする家賃を払うのはとてもじゃないけど無理だ。
「おねーちゃん、ケガ見せて」
「はいはい」
血に汚れた制服を脱ぎ、タンクトップ姿になる。右の肩には生々しい傷があった。出血は止まっているが、かなり痛い。
脱脂綿をちょんちょんとくっつけられて、ぴりりと痛みが走る。その上に慣れない手つきで包帯を巻かれる。
……今、思ったんだけどさ。
可愛い可愛い私の妹が、私の怪我の看病してくれてる……ちっちゃくて可愛い指で……私のために……くそっ、天使か……。
「わわっ、おねーちゃん鼻血! 鼻血出ちゃってる!」
生ぬるい感覚に気がついて、左手で拭うと鮮やかな紅。急いでティッシュを鼻に詰め、治療の終わった右肩をさすりながら血が止まるのを待った。
すると、玄関のチャイムが鳴った。糾子が出ようとしたが、何かあっては困る。糾子にはこたつに隠れていてもらい、私は適当に部屋着を羽織ってドアを開けた。
「……杜山くん、無事だったんだ」
「どうも、えーと……児囃さん、でしたっけ」
来客は補習常習犯、杜山くん。ありがたいことに私の鞄を届けに来てくれたらしい。
「わざわざありがと、折角だから上がってって」
「あ、はい……」
杜山くんを居間に通し、お茶とたまたま家にあったバームクーヘンを出す。
「災難だったね、あの後何かされた?」
「……床の掃除をさせられました……部活の顧問には遅いって怒られるし、散々です。ついでに、この鞄を届けろって言ったのも先生です……帰る方向、逆なのに」
「だよな。ところで、どうしてあそこにいた訳?」
少し口籠った後、杜山くんは口に出す。
「……その、二人が何を話してるのか……気になって」
「え?」
「ほら、俺が補習に来るとき、よくああやって追い出される事が増えたんで……その、教師と生徒の禁断のアレなのかと思って」
冗談じゃねーよ。
「あっ、でも、失礼だとは思ったんですけど、盗み聞きしてて、そしたら乱闘が始まったので……様子を見たら思った以上に修羅場で」
バームクーヘンを食べ終わった杜山くんは、
「ごちそうさまでした、そろそろ俺帰りますね」
と言って立ち上がった。
「杜山くん、夜道には気をつけてよ」
「はい。ありがとうございました」
「やー、こちらこそ……あ」
こたつから、糾子が「ぷはぁ」と顔を出した。
杜山くんと糾子の目が合う。
「……わー! この子が糾子ちゃん?」
「こんにちわ、ええと、おねーちゃんのお友達?」
……。
「ええ、まあ」
「うん! えっへん、わたしは『鬼の末裔』、やえおねーちゃんの妹! きゅーこだよ! よろしくね!」
……。
「『鬼の末裔』……? えーと……うん、よろしく」
……向こうの窓から、すっごい視線感じるんだけど……。
駄目だ、これって何処かで聞いたことのある「ああ! 窓に! 窓に!」ってやつなのか。たった今、杜山くんに最凶の死亡フラグがぶっ刺さるのが見えた気がする。さよなら杜山くん。来年から今日の事を忘れないために、糾子とバームクーヘンを買って食べる事にするからさ。どうか安らかに眠って。