ヤンデレロリコン先生と隣のクラスの女子の関係が気になる杜山くん
今日もいい天気だ。
電車に乗り込むと、窓の外には秋の街並みと日本刀片手にダッシュで突っ走る先生。
今更だけど人間にしてはよくも電車と並んで走れるものだ……あ、足踏み外して線路脇の川に落ちた。この川って確か流れが速かった気がする。
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久々に早く帰れると思ったのに、補習の呼び出しを喰らった。
指定の教室はカーテンが閉め切られ、教卓のそばにはいつものスーツと違って上下のジャージセットを着ている先生がいた。教室の奥には補習常習犯の杜山くんが机にへばりついてうんうん唸っている。癖毛がなかなか可愛いんだよな。しかし先生が私を見るや否や、
「杜山さん、そろそろ部活の練習試合もあるでしょう。今日はこの位にして、明日僕に直接提出しに来て下さい」
と言ったので、杜山くんはガッツポーズと共に出て行ってしまった。
「……さて、児囃さん」
「先生、生きてたんすね」
「ええ勿論。糾子ちゃんが僕の物になるまでは、そうやすやすとは死にませんよ」
先生はスマホをいじり出し、それから気味の悪い笑みを浮かべた。
「どうですか? なかなかいい写真が撮れたと思うのですが」
見せてきたのは糾子の写真……あっこいつ、いつの間に糾子の寝顔撮りやがったな。私の手が端に映っているのを見ると、どうやら昨日の晩の物らしい。その前にどうやって家に入った。不法侵入だろ。
「おいしく頂きましたよ」
「死ね変態」
「このまま連れ帰って監禁してしばらく鑑賞したのちに剥製にしてしまおうと思ったのですが、あなたと手を繋いでいて、手をほどこうにも握力が強すぎましてねぇ。あなたという怪力女のオプションは必要無かったので、断念しました」
「失礼な。っていうか糾子の方が怪力ですよ。うちの近くの公園に糾子が壊したジャングルジムがありますよ。今の時期はイルミネーションが綺麗です」
「話の経緯が読めないのですが」
まっとうなツッコミありがとう。
「で、先生。今日は何の用ですか」
「……児囃さん、僕は今日、とても体の調子がいいんです。山の恵みを受けた川を思う存分泳いで、体中に力がみなぎっているんですよねぇ」
「へぇ」
「という訳で」
一瞬にして、冷たい金属の刃が空を切り裂いた。
日本刀を目の前に突きつけ、先生が笑う。
「今日こそは、あなたを殺したいと思うんです」
「奇遇ですね、私もです」
一歩下がり、壁を蹴って殴りかかる。
それをひらりとかわした先生の日本刀を避け、腹部に拳を叩き込む。
「ははっ、先生言う程みなぎって無いじゃないですかぁ!」
「……いえ、まだまだこれからです」
先生は、懐から更にもう一本の刀を取り出す。二刀流だ。当たり判定の増えた攻撃をかわしきれず、冷たい感覚の後に肩に焼けるような痛みを覚えた。
動けない。そう思った途端に体の血の気がサッと引いた。寒気と嫌な汗が私を苛み、脳内で危険信号がしきりに点滅し始める。
「おや、児囃さん。もう終わりですか?」
「……っ」
紅く染まった刀が振りかざされる。
「ご安心を、糾子ちゃんは死の直前まで恐怖を覚えないよう、丁寧にお世話いたしますから……そうですね、ジル・ド・レのように優しく抱きしめながら、首を切り落としましょうかね。糾子ちゃんならきっと、素敵な剥製になるはずです。そうです、あなたにお見せできないのが残念な位に」
「させ、るか」
ふらつく足で立ち上がる。幸い出血は酷くない。簡単だ、そう暗示を掛けさえすれば。致死の傷ではない。私の体なら、すぐに塞がる傷だ。右手の拳の傷より、きっと浅い。
しかし相手も容赦は無い。笑みと共に刀は振り下ろされ、避ける事には成功したものの再び体制を崩す。
……ここは、逃げるしかない。
そう思った瞬間。
教室の扉がゆっくり開き、一人の生徒がこちらを覗き込んだ。
杜山くんだ。まだここにいたのか! 視線が合うと、杜山くんは血みどろの私に驚いたのか目を見開き、その場にへたり込んだ。
それに気付いたのか、先生は私に向けていた刀を懐にしまい、返り血のついたジャージのまま教室の入り口に歩き出す。
「おやおや、杜山さん」
「っひいいいっ!!」
教室に引きずり込まれた杜山くん。恐怖のあまり気絶寸前のようで、可哀想な事にされるがままで動けずにいる。
「好奇心は猫を殺す、ということわざがイギリスにありましてね。何故そこにいたのですか?」
「……お、お願い、です……もう、もうしませ……だか、あ、殺さ、ひ……」
「もうしない? 一度見られただけでも十分重罪ですよ」
今だ。
私は立ちあがって窓際に飛び乗り、カーテンを思いっきり開ける。そして、窓から身を投げた。
着地したのは綺麗に刈り込まれた植木。枝が刺さる事も無く私を受け止めた。そこからどうにか地面まで下り、猛ダッシュ。
まずは人気の無い場所に逃げて、安静にしよう。杜山くんの事は心配だけど、仕方が無い。
忘れてきた鞄も諦め、私は肩から血を垂らしつつ、一時撤退する事を余儀なくされたのだった。