さよなら凶暴シスコン女子高生
狙うべくは、シャツの下の腹部。
セクハラではなく、呪術解除。多少のことは致し方ない。
多少のことは。
などと言っている場合ではなく、目標を僕に変えた八重さんは僕に襲いかかる。それをかわし、チェーンソーの切っ先で制服を掠めた。
露わになる、呪符の貼られた腹。肉は切らずに済んだようだ。
僕はそのまま、その呪符に右手を伸ばし、
「がうっ」
激痛。気付けば、右腕は馬鹿になっていた。
「ぐっ……ぐあぁ……」
「がうっ、がうっ、がうっ」
背を腹を、何度も蹴られる。また口の中に鉄の味が広がり、本格的に死にそうだ。
僕はチェーンソーを投げ捨てる。そして残った左手でどうにか八重さんの足を掴んだ。
そのまま手前に引く。
ばしぃ、と鳴った体の上に、僕はのし掛かる。
「ぐるるっ、がうっ、がうっ!!」
べり、と一枚剥げば、抵抗は少し薄くなった、がすぐ吹き飛ばされる。
顔の赤味が、薄れたような。
右手をついて立とうとして、強い刺激に襲われる。そうそう、確か骨折していた。でもあとは背中だけ。
背中だけなんですけどねぇ。
どうもふらふらして、うまく立てないんですよ。
「ぐるる……お前、見てるとイライラする……糾子を守るために、邪魔」
迫り来る赤鬼の影が、僕を覆う。
「糾子……たった一人の、妹」
「八重さん」
口から出た声が、思ったより掠れていて自分で驚く。
僕はもう死ぬ、と思っているのに、何故かこの心は穏やかだ。ああ、今まで味わったことのない不思議な感覚だ。今までの記憶が脳内でちらついて、それは全て彼女と過ごした放課後の記憶で、今更消えるのが怖くなった。
怪力で乱暴な八重さん。
シスコンの一言で片付けられないくらいに深く糾子ちゃんを愛する八重さん。
ちくわきゅうりが大好物の八重さん。
なんだかんだ、僕にも優しかった八重さん。
……僕が死んだら、誰が彼女を止める?
「せんせー」
その瞳に、僕はえもいわれぬ感情を見た。
「……消えてくれ、私の、前から」
天井から、コツコツと音がする。
「あのー! すまぬ、入れてくれ!」
聞き覚えがありますね……。
「私だ! 八雲もいる! 気絶してるけど!!」
「……初霜ですのね」
「入れてくれって……ひいいいいいい!! おおお鬼が! 鬼がすぐそこに!!」
慌てた声に、白菊は仕方無しに指を鳴らす。
落下してきたのは顔面涙でぐちょぐちょの初霜と、泡を吹いている八雲だった。初霜の右手の小指には小さい添え木がくっついている。骨折か? かなり腫れている。
「……あ、お、あぁっ、助けてくれ……」
しばらく突然の来訪者に、八重さんも目を奪われているようだ。すると天井からこれまた聞き覚えのある声。
「きゃはははははは!!」
「ぐるっ、糾子っ」
ぴょん、と降りてきたツインテールの少女に、初霜は恐れおののいて逃げ惑う。それを追う、満面の笑み。
「糾子……糾子!」
「あっ、おねーちゃん。大丈夫?」
八重さんは糾子を見ると満面の笑みを浮かべ、めきっと嫌な音がするくらい強く糾子ちゃんを抱き締めた。
「きゅーこぉ……!」
「いたたたた! もーいたいってばぁ」
ちら、と糾子ちゃんと目が合う。
に、と笑ったので、僕も少し口を歪めた。
「ねーねーおねーちゃん?」
「何?」
「あのね、この人、きゅーこのことまた誘拐しようとしたの! 一緒にお仕置きしてくれる?」
「合点、承知の助……ふーっ」
いまや八重さんの視界から、僕の姿は消えている。頭の弱い八重さんでよかった。
「おねーちゃん! 行くよ!」
「おう!」
それは同時に僕への合図でもあった。
僕は今度こそ立ち上がる。
走り出す彼女の背中に、チェーンソーを這わせ、
振り返らせる間も無く、
果てしなく長い一瞬の末に、
僕は意識を失った。




