捏造とキモさと誤爆に定評のあるヤンデレロリコン先生
解説回。あんまりギャグ濃くない。
糾子は私のスマホの通知音が鳴り響いた途端に、宿題を放り投げて目を輝かせながらスマホに飛びついた。
「『きゅーこちゃんの好きな食べ物は?』だって! うーん……梅干し!」
私が課題を片付けている横で、愛しの妹は本性を隠したヤンデレロリコン先生と楽しく文通しているのだ。
腹が立たない訳が無い。現に、シャーペンが既に三本も駄目になっている。
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私は確かに昨日、私のスマホを介した糾子と『お兄さん』の文通を許した。
だが夜中に二人の会話を盗み見したところ、ヤンロリ先生が稀少種かってくらいとんでもない好青年を装っていて、しかも私との仲良しエピソード(捏造)をペラペラと喋っているのだ。
これはその一例。
『やえさんは高校でもがんばっていますよ。高校生のころの僕に見習わせたいくらい(笑)』
こないだうっかり数学で赤点取った時にゲヒャゲヒャ笑ったくせに。っていうか先生、高ランク進学校卒だったはずだけど。何なのこれ嫌味?
『昨日はやえさんと散歩をしました。森林浴は楽しいですよ』
どっちかっていうと私は先生の鼻血を浴びた記憶しかないんだけど。
そして極め付けに、糾子の『デートだ!』というメッセージには、
『そんなことじゃありませんよ、おはずかしい(笑)』
と答えている。そういえば「(笑)」って最近見かけないな。今はだいたい「W」や「わら」が主流だ。その辺時代を感じる。
またシャーペンが折れた。どうやらプラスチックの破片が指に刺さったらしく、鋭い痛みが走って思わず声を上げた。糾子は私に駆け寄ってきて「だいじょうぶ?」と聞いてくる。
「大丈夫、すぐ治るから」
「そういえばそうだった! へへー、きゅーこもおねーちゃんも『鬼の末裔』だもんね!」
「……うん」
糾子はスマホをいじるのをやめ、先程投げ出した宿題を再び片付け始める。
鬼の末裔。
私と糾子の母親は鬼の血を引く女だった。そのために恐ろしく怪力だった、らしい。というのも私と糾子以外の児囃家の人間は、決まった家の人間とだけ子孫を残していたせいで、五年前の流行り病でサクッと滅んだ。まあ、生物多様性だとかその辺の本を読み漁って「当然だろ」という結論に辿り着いたけど。
例え鬼でも、所詮はこの世を支配している「人間」に馴染むか、居心地のいい場所を確保しなければ滅ぶのは当然の流れなのだ。実際、一族の中で最後に死んだ私の祖母は頭に角が生えていて、そのせいで表の世界では生きてゆけなかった。
ちなみに私と糾子が生き残ったのは、父親から異なる血を得たおかげだ。だが父も既に死んでいる。人間でさえも簡単に死ぬのだ、姉妹だけでこの先も鬼として生き延びようなど無理に等しい。
糾子も私と同じく、いやそれ以上に怪力だ。幼稚園の頃、公園で転んだ友達を慰めるために、あのよくあるジャングルジムを素手で怪獣の形に改造してしまった。ジャングルジムは使い物にならなくなったが、今も名物として公園に残されている。そういやもうすぐ周辺住民の厚意によるイルミネーションが始まる時期だ。意外と愛されまくってるらしい。
人間の器用さと、鬼の強さを併せ持って生まれた妹。
私はどちらかと言うと、人間の非力さと鬼の粗暴さを持ってしまった感じだが。
私はスマホを部屋着のポケットにしまい、寝室に戻ろうとする。もう時刻は十時だ。糾子も「いっしょに行く~」とついてくる。するとまたスマホの通知音。奴だ。そしてメッセージは糾子ではなく私とのグループに届いている。
開いてみると、
『おやすみなさい、ゆめであいましょう』
ひらがなだらけの文面は、どうやら糾子宛に送ったものらしい。
送り間違いなだけに余計腹が立つ。私の糾子を口説きやがって! よし、殺そう。
「……『はぁい、変態お兄さんおやすみなさぁい(笑)』っと」
糾子用のグループで送信。
「何送ったのー?」
「何でもないよ、ほら、一緒にお布団で寝よ?」
数秒後に鳴った通知音を無視して、私はるんるん気分で糾子と一緒に布団へ潜り込んだのだった。