相手がヤンデレロリコン先生であれ奇襲なんて卑怯だぞ
「やあ、こんばんわ」
私が振り返ると、ガラスの破片が散らばった床の上、月光を背にした少年がいた。
短めの黒い短髪、ダウンジャケットにマフラーという普通のいでたちで、顔かたちは先生を十歳くらい幼くしたようなそれだ。既視感があるような、そんな気がして、しばらくそいつに目を奪われる。
「久しぶり、十一月生まれの霜月兄貴」
「……八雲。何しにここへ? あと窓の弁償お願いしますよ。この人怒らせるとまずいので」
「オレ? そりゃ白菊姉貴に頼まれたからさ。『このあたり一帯の鬼を滅ぼせ』ってね」
鬼を、滅ぼす? あれ、これってただ私と糾子を狙ったんじゃなかったのか? そしたら……杜山くんも狙われるってことか。どうでもいいけど。
「じゃあ手始めに、そこの小鬼ちゃんを貰っていこうか」
いや、よくない。
そう思った時には、奴を床に組み伏せていた。
「……糾子に、何する気」
「そりゃ家主の言い付け通り、殺すなり何なりだよ。キミは八重だっけ? 鬼子の七恵と、鬼才の芸術家阿弥重から生まれたっていう、『鬼の末裔』」
「私のお袋と親父の名前、知ってんのか」
「キミのこと調べる過程でね。児囃八重、十六歳、家族構成は妹と二人暮らし、恋人いない歴イコール年齢」
「十六年しか生きてない奴を恋人いない歴とかでおちょくるのって馬鹿のやることだと思うけど」
「ちなみにスリーサイズは分からなかったけど、オレが見た感じだと大きい方から胸、尻、ウエストって感じかな」
「殺すぞ」
ぐぐ、と床に奴の顔を押し付けると「ギブギブ!」と声が上がる。
「たんまたんま! 平和的にいきましょうや、ね? ねぇ霜月兄さん、兄さんがおとなしく帰って来さえすればいいんだよ。どうする?」
「……」
先生は黙り込む。
……畜生、白菊さんが起きてくれればいいものを。早くこいつら何とかしろよ。
「あら、皆さんお揃いですの?」
パジャマ姿の白菊だった。
「八雲、到着が遅いですのよ」
「はっ、申し訳ありません」
私の腕からすり抜け、八雲は白菊の前にひざまずいた。
「白菊は言ったはずですの。霜月兄さんに近付く不埒な輩を家族諸共滅ぼしなさい、と」
「はい……」
「それが、小鬼一匹どうにも出来ないだなんて、どういうことですの?」
……え?
「あれ、私のシチューに心酔して仲間になったんじゃ……」
「馬鹿ですわね」
白菊は、三日月スマイルを浮かべた。
「白菊は、兄さんを諦めた訳ではありませんのよ? そんな簡単に騙されるなんて、滑稽ですの」
「……っ!」
白菊に掴みかかろうとすると、突如体が硬直した。見ると、左肩に、白い札。
……『鬼封じ』……?
なんだか、眠く……。
やっと修羅場に……。




